プラス10!
智也の望み通りの姿で登校した愛美。
それに対する智也の反応は―――。
一ノ瀬が前髪を上げて学校に来てくれた。
その事実だけを見れば、俺との関係を築いてくれることを了承してくれたようなもので、本来なら飛び上がるほどうれしいはずなのに。
どうして俺は後先考えずに、あの手紙にそんなことを書いてしまったのだろう。
ちょっと前まで、彼女の素顔を知っているのは俺を含めたったの3人だったのに。
今となっては、この高校のほとんどの生徒が、一ノ瀬愛美の存在を再認識してしまったのだ。
彼女が学校に来た時の、みんなの反応を見れば一目瞭然だった。
もちろん中には、ずっと地味だった子がここにきていきなり目立っていることに対して毒づく人(主に女子)もいたが、ほとんどの人は一ノ瀬が実はすごく可愛いという事実を、いい意味で受け止めているようだった。
せっかく一ノ瀬が望み通りの姿で学校に来てくれたというのに、俺は一ノ瀬を訪ねることもなく、再び屋上に来ていた。
今は昼休み。昼飯の菓子パンをかじりつつ、俺はある人を待っていた。
「あら、今井君もお昼はここで食べるんだ?」
やっぱり来てくれた。
「・・・こんにちは、工藤先輩。」
そう、俺が待っていたのは工藤楓先輩だ。
一ノ瀬に手紙を出すというアドバイスをしてくれたのは他ならぬこの人であり、俺はまた彼女に話を聞いてもらいたかった。
「今日の朝はさわがしかったわねぇ。一体なんの騒ぎなの?」
「実はですね・・・。」
俺は、今までの経緯を説明する。
一ノ瀬に手紙を出したこと。
その手紙の大まかな内容。
彼女が望み通りの姿で学校に来てくれたこと。
その行為の意味する事等。
そして――――――。
「君は、うれしいはずなんだけど、同じくらい後悔もしている、と。」
「そうです。」
「ものすごい勝手だね。」
ククッ、っと先輩が笑う。
「おっしゃる通りですよ。俺は本当に勝手だ。自分で望んでいながら、いざ望み通りになった時に、どうしていいかわからなくなってしまって。」
「そしてその上私を頼る、なんてね。」
まったくですね、先輩。
「すみません。身勝手なのも承知で来たんです。」
他に頼れそうな人はいなかった。それに彼女なら、俺の悪いところを突いて、的確なアドバイスをしてくれると思ったのだ。
「一ノ瀬・・・どっかで聞いた名ね・・・。」
「知りあいなんですか?」
先輩は首を振り、なんでもないわ、と言った。
「そうねぇ、とりあえずは君の望み通りになったんだから、今度は彼女の望みをかなえてあげるっていうのはどう?」
「それがわかれば苦労はしませんよ・・・。」
「だから・・・なんでわかんないのかなぁ。」
先輩は頭をくしゃっとかきむしる。
「君の手紙、自分で書いたんだから詳しい内容くらい覚えてるでしょ?」
「そりゃあ・・・。」
当然、俺の言葉でつづったのだから、全て覚えている。
「だったら話は簡単じゃない。今井君は、彼女に望み通りの姿で来てもらうことで、どうするって書いたの?」
「え?」
「つまり彼女は、今井君の何かしたいことに対しての返答として、今の姿になって学校に来たわけでしょ?」
そうか!
俺は・・・ほんとバカだ。
「だったら、その返事に、あなたは応えてあげるべきなんじゃないの?」
何が全部覚えている、だ。
今の俺は、自分の言葉の意味がわかっていないのと変わらないじゃないか。
「・・・ありがとう、先輩っ!」
それだけ言って俺は走り出す。
「礼には及ぶよ~」
俺は背中に受けた言葉に苦笑する。
結構面白い人だよな、工藤先輩。
お礼に今度、菓子パンでも持っていこう。
俺は息を切らしながら、とある教室に向かって走り続ける。
もう言うまでもないだろう?
一ノ瀬と、話をしにいくのさ。
階段を一段飛ばしで駆け降りる。
昼休みだけあって、教室はどこも騒がしい。
ははっ、それでもこれからする事は目立つだろうなぁ。
俺はずっと無口なイマイチ君って呼ばれてきたのだけれど。
そんな噂や印象なんて、覆してしまいたいと思うほどに。
君の存在は、今の俺にとってすごく大きいんだ。
目的の扉を、俺は勢いよく開けた。
ガララッ
席に座っていた彼女が、Dクラスの生徒が、突然開いた扉に驚いたようにこちらを向いた。
「い、今井、君?」
よかった、いてくれた!
他のやつの視線なんて、どうでもいい。
「・・・一ノ瀬っ!」
「は、はひっ!」
彼女はお昼ご飯が済んで一息ついていたのか、健人の彼女である千夏さんと話していたところだったようだ。
よほど驚いたのか、この間手紙を渡した時と全く同じ噛み方をする一ノ瀬を見て、俺は笑ってしまう。
「・・・ごめん、今、時間いい?」
「え、えっと・・・」
彼女は千夏さんの方を見る。
千夏さんは手首を振って、いっといで、と小さな声で言った。
それを見てほっとした様子の一ノ瀬。
「あの・・・うん、大丈夫。」
どうやら親友にも了承してもらえたようだ。
俺は彼女に向かってそっと手を出す。
それを見た彼女は、顔を真っ赤にして俯きながら、同じようにそっと手を重ねてきた。
Dクラスの教室が、異常なほどに鎮まる中。
俺はほんのりと熱い彼女の手を引いて、ゆっくりと歩き出した。
to be continued.
工藤先輩。謎多き女性は美しい・・・かも。
とりあえず、智也君って結構大胆なのね。って話。