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鬼畜チェイス  作者: 風癒
逃げ出した鳥は自由を得るか。悪徳の男は最後に笑うか。 【逃亡編】
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chase-03:将軍閣下の腹の中

「ペンネ家の詐欺姫ですね。間違いないでありましょう」


 シグマが差し出した写真をちらりと見やっただけで、アイネ・グレイス副官は示された人物の正体を看破してみせた。


 聞いたことのある名に、シグマはじっと副官を見た。

「ペンネの?」

「はい。ご説明しましょうか?」

「いや、いい。誰か分かれば十分だ」

 写真をポケットに収め、断った。

 彼女は頷いてから、再び口を開いた。

「アルスミード少将。畏れながら申し上げますが、精鋭隊を愛人殿の捕獲に用いるのはおやめ下さい。戻って来た様子を拝見いたしましたが、あれでは二週間近くは使い物になりません」

 それはそうだろう、とシグマは内心でぼやいた。――魔術師であるラグナが相手なのだから、アレが威力を惜しまなければ、今頃焼死体が二十は出来上がっていたところである。

 しかも、例え威力を加減したとしてもすぐに動かれていては意味がない。二週間動けない程度に消耗させるというのは、妥当な線だと思った。


 自分が彼女の立場なら、無論全て殲滅だが。

 彼女は全く甘い。自分を真に脅かす相手であるとシグマのことを認識していたなら、あそこで兵士らを殺すべきだったのに。


「そもそも魔術師などを囲おうとなされた事が間違いなのであります。検査なども受けさせる必要があるので、任務失敗の処罰と称して訓練を課すのもしばらくお控え頂きたいのですが」

 言われて、シグマは目を細めた。

 火器等の武器と共に人類の知によって発展してきたものの、軍団とは明らかに一線を隔してしまった技術を扱う者たち、それが魔術師だ。

 彼らは描き出した具体像の中に抽象を見出し、さらにそこへ世界と自らの精神を交わらせることで不可思議な現象を行使する。詠唱一つ、図画一つで様々な現象の実現を可能とするも、大なり小なりの精神感応のセンスが影響するために、使える人間は世界全体で見れば少数だ。

 そんなただでさえ希少な存在を、一国の将軍が国力として利用するどころかただの愛人として囲ったのだ。事実を知った時、グレイス副官が頭を抱えたのはまだシグマの記憶に新しい。

 訓練の中止を求めた副官に、シグマは投げやりに返事をした。

「第一隊はおまえの管轄だ。……好きにすれば良い」

 事務机から腰を浮かし、扉に向かう。

「少将」

 呼び止められて、シグマはグレイス副官を振り返った。

「……ラグナ殿をあまり(さいな)まれませぬよう。堪りかねたからこそ、彼女はお逃げになったのであります」

 彼女の言葉に、すっと腹の中が冷える。

 口角が音もなく吊り上がった。

「では、おまえが代わりをするか?」

「っ……。それは、」

 露骨に肩を跳ねさせた部下を、冷えた目で一瞥し、


「冗談だ」


 言い捨てて、シグマは副官の事務室を後にした。

「おまえは安心してその椅子にでも座っていろ、グレイス」


 ――自分に痛めつけられるのは、愛玩具(ラグナ)だけの特権だ。


 休憩室に向かおうと、回廊を歩く。

 今頃どこぞでぶるりと身を震わせているだろう少女のことを考え、くつくつと喉の奥で笑った。

 荒れ地で銃器を向けた時の、あの青ざめた顔。

 少女の怯えと恐怖が伝わってくるようで、思い出しただけでも身体の芯をたまらなく刺激してくれる。


 アレが泣く姿を見てみたい。

 彼女が許しを請うて、顔を歪めて見上げてくる様子を想像する。ああ、きっと美しい眺めなのだろう。

 踏みつけて()(つくば)らせても、極上の顔が見られるに違いない。


「ラグナ。私から逃げられるとでも?」


 否。――逃がしはしない。


 そう、おまえは、この私からは逃げられない。


 執着? 妄執? いいや、違う。

 これは言うなれば、一つのシグマの“愛”なのだ。


 ラグナを捕らえた後の予定を考えていると、不意に背後から声が届いた。

「少~将っ。よっ、意外と機嫌良さそうだな」

 耳に飛び込んできた良く知る者の声に、シグマは緩んでいた口を引き結ぶ。「鬱陶(うっとう)しい奴が来た」と独りごちて、振り向いた。

「何の用だ、カリス准将」

 ジェス・カリス――狙撃兵出身の戦友は、無邪気な笑いを浮かべてシグマの肩にがっちりと腕を回してきた。

「いやぁ別に。何か飼ってたペットに逃げられたっていうから……慰めに?」

 問答無用で肩の拘束を外した。

「いらん。帰れ」

「帰らん。絡む」

 半目を向けると、ジェスは大真面目な顔で腕を組んでこちらを見ていた。

「暇だ。付き合ってくれよ」

「……訓練はどうした」

「おぉ、そりゃもちろん副官共に任せてきたぜ。おまえじゃないからな、サバイバルなんてやらせんよ。おかげで第九師団の人気は前からずっと鰻上(うなぎのぼ)りだ」

 ジェスはこう語るが、シグマ率いる第八師団への所属も兵によってはそれほど嫌厭(けんえん)されていない。訓練は確かに地獄だが、確実に実力をつけて上へと上がれるというメリットがあるからだ。

 とはいえ、職務怠慢だな、と溜息を吐きそうになったのをシグマは堪えた。

「て訳でまあ、暇だから暇なんだ」

「訳が分からんな」

「心配して来たのは本当なんだぜ? 慰めがいらんことは何となく分かったが。おまえ、ペット狩りで楽しんでるだろ」

「そう思うなら放っておけ」

「いやいやいや。こんな楽――面白そうなこと放っておけるか。俺とおまえの仲じゃないかぁ、少将」

 ぽん、と肩に手が置かれる。

「協力してやるぜ? その代わりそっちのグレイスちゃん俺のトコにくれ」

「……ほう?」

 シグマは片眉を上げる。

 一人分の人事異動で彼から長期の協力を得られるとは、ずいぶんと割の良い取引だが。

 思案する雰囲気を感じ取ったのか、ジェスは浮き立った声を上げた。

「いやぁ、俺の周りの部下が男くさい奴ばっかりでさ」

「おまえのところにもいるだろう、一人」

「いや、ありゃ俺の全生涯にかかっとる影だ。女と認める訳にはいかん」

 ジェスは首を振りつつ、真剣な表情でそう語った。

 (ちな)みに第九師団の紅一点と言われるリザ・カリス中佐は、その名の通りジェスの妹であり、大変な兄想いとして知られている(しかし愛が重すぎてろくに女と付き合いもできないとは本人の言である)。

「頼む、俺の軍に華と癒しをくれ。多少冷たくてもまたそこが良いんだ、妹より断然マシだ!」

「……グレイスをおまえの軍にやれば協力する、だったか?」

「そう!」

 シグマは声を落として、ゆっくりとジェスの手を掴んだ。

「そういえば、おまえは誰と誰の仲だと言っていたのだったか」

「だぁから――へっ!?」


 一本背負い。不意打ちに為す術も無くジェスの身体が宙を舞った。


「うぇぶしっ」

 その場に誰かが居合わせていたなら、まず間違いなく肩をすくめただろう。

 派手な音を立てて床に叩きつけられた准将の鳩尾に、(かかと)をはめた。

「グレイス副官は情を捨てきれん部分もあるが、おまえにやるほど無能ではない。慣れ慣れしさが相変わらずだな。いっそこの腹に風穴でも開けてやろうか? ん?」

「ははは……さすが鬼畜将軍。いつものドSっぷりで思わず安心しちまわぁな」

 足蹴にされたままジェスは空笑いをする。しかし次の瞬間には手品のようにシグマの足の下から抜け出て、ジェスは再びシグマと向き合う位置に立っていた。

「ふぅ、相変わらず技のキレが半端ないね。こっちは狙撃派で武術は得意じゃないってのに」

 あっさり踏みつけから抜け出した男の言うことではない。

 シグマは思いながら、もう一つ、別に働かせていた思考で答えた。

「協力はありがたくもらっておこうか」

「げぇ」

 途端にジェスの顔が(しか)められた。

「ち、結局タダ働きかよ」

「阿呆。誰がいつ報酬をやらんと言った」

 懐から取り出した物をジェスに投げ、(きびす)を返す。

「ん? …………? …………!? シ、シグマ待ておいこれはまさか!?」

 背後で放られたそれを受け取った彼は、しばらくしてから慌ててシグマを追いかけてきた。

「おまえ、何でペンネの詐欺姫の写真なんか持ってるんだよ!?」

「知りたければ手伝うことだな。その写真もくれてやる」

「手伝う、本気で手伝わせてもらいますっ! だから教えてくれっ!」

 シグマは歩みを止め、肩越しにジェスを見やった。

「ところでおまえ、詐欺姫といつ知り合った?」

「三ヶ月前、町で巻き込まれた事件でかちあって、そっから一目惚れだ! いやぁ、標的を万の手法で欺き下すというあの手練手管、まさに詐欺! まさに芸術! 是非妻にしたいね!」

「ああそうか」

 胸を張るジェスに一つ頷く。

 なら、一層こいつは扱いやすそうだ。

 そう判断したシグマは、彼に本人が一番欲しい情報をくれてやった。

「スイッティシャ・イャル・ペンネは逃げたラグナと一緒に行動している。ラグナを捕らえた後は、おまえにくれてやろう。煮るなり焼くなり好きにしろ」

「ぃやっほう、乗った! 約束だぜ? いやぁ、グレイス副官で諦めようかと思ったけどとんだ嬉しい誤算だ!」

「ああそれと、おまえの妹だが、こっちの軍に引き取ってやってもいい」

「ひゃっほう!」

「天使が微笑んでる気がする!」と狂喜乱舞しているジェスに、シグマはさらに付け加えた。


「その妹から逃げ切って、おまえに明日の朝日が拝めたらな」

「…………へ?」


 ぴた、と踊るのをやめたジェスは、突然ぶるりと震えた。然もありなん、直接受けていないシグマですら感じるほどの殺気が、気温が零下に至るまで場の空気を冷却していた。


「………………あ゛」


 ジェスの背後には、彼の可憐な天使(いもうと)、リザ・カリス中佐の姿がある。


 慈愛の微笑みを最愛の兄に向ける彼女の手中で、首用拘束具から伸びた鎖が、じゃらりと音を立てていた。

今までが短いのでちょっぴり長くしてみました(ざっと二倍ぐらい?)

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