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鬼畜チェイス  作者: 風癒
逃げ出した鳥は自由を得るか。悪徳の男は最後に笑うか。 【逃亡編】
2/27

chase-01:とにかく逃げよう

「てめぇら人間のクズでごぜぇますね」


 年頃の娘にあるまじきドスの効いた言葉が、潤った唇の隙間から漏れた――。


 しばらく前。

 自分のものではないベッドと掛け布の間に挟まって、ひたすら悶々としていたのは、数えて大体五時間ほど前のことだった。


 この状況をいい加減に何とかしないとと一大決心をしたのは、それから三十分後。


 思い立って即行動した自分は正しかった。あと数分あの部屋から逃げ出すのが遅ければ、きっとまた奴の思うままに部屋で侍女たちに囲まれていたことだろう。


 だが少し待とうじゃあないか、ラグナ・キア?


 果たして自分、今幸せか?


「――ふう、ぅ」


 吐いた息に無意識に力がこもる。

 とん、とん、と、リズミカルに肩を叩くのはそこら辺に転がっていた棒切れだ。

 しかし侮るなかれ。このラグナにかかればただの木の棒であろうが、一流の魔術師の杖並みに扱ってご覧に入れよう。最も、杖にするにしては底力からして低いので、やる気を出さない限りは魔法の威力は軽く相手をノックアウトする程度に留まるのだが。

 それでも、今回の使用目的の用は十二分に事足りた。証拠に、足下には倒れ伏した兵士がうず高く積み重なって山を為している。

 上官である“奴”の手によって、訓練が地獄に変わることが何よりも恐ろしいという彼らは、己の命と明日を守るためには手段を選ばない。それは、地獄を回避するためなら何をしてでも少女一人を捕らえて生け贄に差し出す、と言い切らせるほどのものらしい。

 これを聞いただけでも“奴”の外道の程が垣間見える。


 というより、どれだけ鬼畜なのだあのボケ。


 そんなやり方でも王国きっての精鋭部隊を生み出したというのだから腕は確かだろうが、間違いなくあまり尊敬したくはない部類のワースト3には入っている。現在その首位を強奪しようと、ラグナの脳内で虎視眈々と彼は目を光らせていた。


「……てめぇら全員の言い分は分かりました。が、」


 びくっ、と地面に熱い求婚をしている彼らの身体が恐怖に跳ね上がる。


 その様子をラグナは極めて軽い目で見下ろして、



「乙女一人の捕獲に大の男二十人がかりとは。……てめぇら、兵士と呼ぶ呼ばない以前に人間のクズでごぜぇますね」


 と、ここで冒頭のセリフに戻るのである。


「打ちのめした挙げ句に言うにしては、なかなか容赦がないね、レディ」

「ん」

 後方からの声に、ラグナは目だけを動かした。


 ――兵士がことごとく打ち倒された現場に、その人物は遅れてやって来た。

 品の良いライトブルーの服と見るからに高級なホワイトコートに身を包み、片肘を抱えてうっとりと微笑む“彼”のサファイアの目には、面白そうな光が灯っていた。

「同情ですか? スイート」

「いいや? それに、ボクは君に呼び出されてさっき来たばかりだから何も知らないよ。まぁ、事情は大体聞いて分かったけどね」

 スイートことスイッティシャ・イャル・ペンネは、オールバックにした淡い紫の髪の毛をかきあげると、薄い桜色の唇を引き延ばして笑い、兵士たちに言い放った。

「君たちホントに人間以下だね。畑の肥やしにでもなった方がマシなんじゃない?」

「それ、遠回しにクソって言ってやがりますね、スイート」

「うふふふふ。ボクのお姫様に手を出したんだもの、痛い目に合ってもらって当然だよ」

「……まぁ、土になれば人様の役には立てそうでごぜぇやすねぇ」

「ふふ、つくづく君もひどいねぇ」

 笑みを更に深めて、スイートはラグナに手を差し伸べた。

「で? 長い間行方を眩ませていたのが、またどうしていきなりボクの所に来る気になったか。こんな連中に追っかけられている理由も聞かせてくれるかい、お姫様」

 ラグナはすぐには答えなかった。

 くるりと後ろを振り向くと、はるか彼方からは土煙。


 乾燥地帯であるこの辺りは見晴らしが良すぎて、のんびりと立ち話をするにはあまりよろしくない。先ほども足元の彼らととっくりと話し合ったばかりなので、そろそろ失礼させてもらおうか。


 半目になりながらつらつらと考えたラグナは、スイートに向き直る。

 荒れ地の風が強い。視野の端では、自慢の髪が複雑に光を屈折させ、深緑、新緑の輝きを放って遊んでいる。

 からりと晴れた青空の下で、ラグナは犬歯を剥き出し、笑った。


「ええ。でも、とりあえずこの場からトンズラしやしょう、スイッティシャ嬢」

「確かに。この()の上にいたら、嫌ってほど厄介事がやってきそうだ」

 スイートは微笑んだ。


 棒切れを掲げる。

 奇跡のための模様を描く。


 こんな所で終わりじゃない。これから追いかけっこ(チェイス)は始まるのだ。

 逃げ出した鳥は自由を得るか。

 悪徳の男は最後に笑うか。


 ――ああそうだ。


 幸せじゃないよ、ラグナ・キア。



 とんでもなく不幸せだ。



 さて、転移の準備は整ったが……と、土煙の方を確認したラグナは、そこで恐ろしいものを目撃する。


 迫ってきたのは車だった。迷彩模様が施された外装は、軍用のそれであると示している。

 と、車の天蓋が開いて、気怠そうな顔で“奴”が身を乗り出す。

 肩に構えているのは――


「グレネードランチャー……って」


 無感情に蒼い瞳は言っている。


 待ったなしだと。


「……あの顔は……もしや……」


 流石にスイートも蒼褪(あおざ)めつつ、相手が誰かを悟ったようだ。

 その横で、ラグナは既に行動に移っていた。


 人差し指を銃器に向け、くるりと丸く円を描く。


弾けろ(bomb)!』


 発射された弾が空中で派手に爆発する。


「ラグナ!」


 スイートが絶叫する。


「どういう事か、絶対、絶対、教えてもらうからね!」


 被害が及ぶ前に転移は発動し、二人は辛うじて逃げおおせる。


 ここに来て、ついにラグナの世紀の大脱走劇は本格的に幕を開けたのだった。

12/09. 登場人物の容姿の描写を変更しました。

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