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鬼畜チェイス  作者: 風癒
魔術師、もふもふ北上す   【ティーリス動乱編】
14/27

chase-13:悪いコにはおしおき

 昨日の夕方にティーリスへ向けて旅立ってから、おおよそ半日が過ぎていた。

 夜通し走り続けた列車は、道中、特に大きな問題に遭遇することもなく、北への旅は順調に進んでいる。

 

 客室の窓のカーテンを開けると、さぁっと朝の日差しが部屋の中に差し込んでくる。

 昇ったばかりの太陽の眩しさに、思わずラグナは顔を背けてしまった。

「……今日も、良い天気でごぜぇますね」

 呟いた時、後ろのベッドから呻くような声が聞こえてきて、思わず笑みが零れた。同じようなことを感じたのは、ラグナだけではなかったらしい。

「っ――なに。眩しい、ラグナ」

「スイート……朝でごぜぇますよ?」

 呆れてラグナが言うと、スイートはベッドから起き上がって眠そうに目を擦っているところだった。

「あー……背中痛い。きっとベッドが硬いんだね、これは」

 盛大に寝乱れた髪を掻き上げて、彼女は言う。寝心地の悪さに何度も寝返りを打ったのはラグナにも覚えがあったので、苦笑しながら頷いた。

「――にしても。今日でようやく逃走六日目、か」

 独り言のように呟いたスイートは、ラグナに蒼い瞳を向けた。

「ねぇラグナ。アルスミード少将に王犬の選定を解除させる方法は思いついた?」

「あー……まだ、でごぜぇますが、」

 言われて、ラグナは顔から表情がなくなっていくのが分かった。答えに詰まり、床を見下ろす。

「…………結局、どうしたって問題はそれなんでごぜぇますよね」

 頭を抱えたくなった。

 追いつかれれば捕まる。しかし逃げ続ければ、魔連からの依頼を果たすことができない。

 シグマと距離を離す絶好の機会だというのに、どころか接触しなければならないという問題。ぶち当たった壁は大きかった。

 しかも、シグマが軍事衝突の件で指揮を取っているのは、ラグナの師が住んでいるトラクだ。いろいろな不幸が重なるというのは――まず、滅多にないと信じたいが、起こり得ないことではない。


 もし、シグマとラグナが王犬騒動の時のようにごたついている場面に、あの師が乱入したら――、


「考えたくもねぇでごぜぇます」

「え゛?」

「あ、いえいえいえいえ」

 ふるふる頭を左右に往復させると、ラグナはふと、その動きを止めた。

 ……そう、だが、やろうと思えばやれないこともないのは確かだ。

 そのための権限を、ラグナは持っているのだから。


 だが――もしこの依頼を完遂したら。その後、自分は一体どこに行くというのだろうか。


 思いながら、ラグナはスイートに告げていた。

「一応、当てはあります」

「……あるの?」

「あい」

 頷いた。

「ただ、それには少しだけ時間が必要でごぜぇますがね。すぐにでも、ある程度までできないことはねぇんでごぜぇますが……やっぱり、時間はかかります」

「そっか……じゃあ、全部の準備にどれくらい必要なの?」

「二、三日程度です」

 ラグナは宙に視線を投げて、少しばかり計算した。例え今頭に浮かんでいる手段を講じるにしても、自分一人だけではできないことばかりだ。

「魔連と話をつけて、そこから遣り取りを幾つかして、さらに魔連が動いてくれるのを待たなければなりませんから」

 話を聞いていたスイートは、ん、と眉を寄せた。

「魔連が出て来るってことは……ひょっとしてそれって?」

「あくまで最後の手段です。使わないに越したことはねぇんでごぜぇますよ。後は、使うのを私が想像したくないと言いますか――」

 ラグナは肩をすくめてみせた。

「でも、奴に会わなければならないのは、確定なんでごぜぇますよね」

「……会いたくない気持ちは、この前の件で十分に理解できたよ。あれは確かに面倒だね」

 はっとラグナは顔を上げた。スイートが同情の眼差しで痛々しげにこちらを見てくる。

 やはり、スイートは分かってくれるのだ。

「やっぱり、末期でごぜぇますよね?」

「うん。ロリコンのね?」

「いえ――」

 思わず肩が落ちた。

 少し前にも、似たようなことを言ったはずなのだが。

「アレは、ただの鬼畜です」

 再度訂正してから、ふと、気付く。

「そういえば、王犬(アークハウンド)たちはどうしたんでごぜぇますか? 昨夜寝る時は一緒だったと思ったのですが」

「ああ……」

 スイートはあくびを噛み殺しながら、


「夜中に廊下に出ちゃったみたいでさ。添乗員に回収されて、今は家畜の車両に檻ごと突っ込まれてるって」

「……それは……自業自得というか、何というか」


 外に出るなと注意したはずなのだが。


 ―― ラグナァー ――


 くぅん、と遠くから、助けを求める切なげな鳴き声が聞こえた気がした。


「……鳴いていますね」

「分かるの?」

「まぁ、一応は」

「ふぅん……。……。……?」

「どうしたんでごぜぇますか、スイート」

 急に枕の下をまさぐり始めたスイートは、ラグナをちらりと一瞥する。

「何か変だよ、ラグナ。今、小さな物音がした」

「え?」

 聞き返した時、スイートが小さな回転式の拳銃を枕の下から抜き出した。

 列車の揺れをものともせずに、音もなく彼女は窓に寄った。

「……外?」

「たぶん」

 ラグナも自分のベッド脇に紐で吊ってあった紳士用ステッキを手に取って構えた。

 目の遣り取りだけで、タイミングを見計らう。

「おかしいと思ってたんだよ……前々から視線を感じていたもの」

 スイートが呟いた。

 彼女が窓を勢いよく開け放つと、風が勢いよく部屋の中に雪崩れこんできた。

 構わずに上体を乗り出して、スイートが列車の屋根に向かって拳銃を構える。ラグナも拘束の魔法を宙に描き、窓の外へと投げた。

「――っ!」

 だが、手ごたえがない。

「……逃げられた!?」

「父が言っていた通りだ」

 風に紛れて、スイートが体を戻しながら声を漏らした。

「……相当に逃げ足が速いね、あれは。影すら見えなかった」

 窓を閉めると、スイートは腕をこまねいて嘆息した。

「全く。あんな不安要素を抱えたまま国境まで行くなんて。……それでなくても、アルスミード少将のことだけで先が思いやられるっていうのに」

 ラグナは、スイートの言葉に黙って頷いた。

 姿の見えない追手。一体、どこから、何のためにやってきたのだろうか。


 その後は、朝食の時間になっても、昼を過ぎても、夜になってベッドに潜り込んでも、追手の存在のことが常に頭を離れなかった。

 結局、国境が近づいた夜更けまで、二人で浅い眠りを繰り返すことになった。





「つ、疲れた……」

「夜中までがさごそしてたよね、例のヤツ……鬱陶しいったらないんだけど」

 朝方、ようやく終点に着いた列車を降りて、ラグナとスイートは運良く一つの食堂に入ることができていた。

 テラスでふわふわと温かい日差しを浴びながら、軽食をとる。

 時折足元でじゃれてくる王犬らにハムなどを与えていると、『ラグナスキー』やら『ニクー』やら可愛い思考が聞こえてきて、半分徹夜明けながら、思わず笑みが零れた。

 昨日からささくれ立っていた気分は、気持ち程度にはましにはなっていたと思う。

 ただ、目の前の光景を見ると、それも綺麗さっぱり吹き飛びそうだとラグナは感想を抱いた。


 原因はスイートの奇怪な行動だった。


 甘酸っぱそうな果物のジュースには目もくれず、旅の相棒は物々しいマスクとサングラスをして、綿を巻きつけた木の棒片手に、無心に銀のロケットの中へ何やら黄色い粉を詰め続けていたのである。

 どこからどう見ても不審極まりないが、人気がないだけに、テラスで公然とやってのけている。

 幼馴染の豪胆ぶりに呆れ返ったものの、ラグナはスイートの集中を乱さぬよう、そっと尋ねた。

「……それは?」

「追手対策」

 スイートのくぐもった声が返ってきた。

「いい加減にムカついてきた。ボクのこの調合で骨抜きにしてやる」

「……ほどほどに」

 詐欺姫と謳われる彼女は、何も演技や言葉だけが武器ではない。銃も扱うし、ナイフだって振り回すし、立派にペンネ家のじゃじゃ馬気質を継いでいる。

 しかし、何が一番怖いと聞かれると、ペンネ家の皆が口を揃えて言う。


『いつの間にか姫の毒薬の実験台にされていること』


 致死の毒を扱うのではないが、『じわじわと来る』のだそうだ。何がと聞けば、全員が口をつぐんで黙秘を貫いた。

「……よし」

 いつになく低い声が聞こえて、別に試される対象になった訳でもないのに背筋が震えあがった。

 何だろう。怨念染みたものまで感じてくるのはなぜだろう。

 こつ、と、スイートが三脚の生えたロケットをテーブルに置く音すら、やけに静かな町に響いていた。

 蓋が開いたままだが、閉めなくていいのだろうか。

 ラグナが見つめていると、スイートは薄く冷笑した。

「いい、ラグナ? これを乾燥させて」

「……あれで湿っていたのでごぜぇますか?」

「最小限でないと駄目になるからね。ほら早く」

「……」

 大丈夫か、と心配しつつ、ラグナはステッキの鷲の頭で、さりさりと宙に魔法の紋様を描いた。


「――乾け」


 魔法が発動した。

 鈍い爆発のような音が響き、ロケットが淡い緑の炎に包まれる。

 しばらくして乾燥が終わり、何事もなかったかのように静かになったテーブルの上には沈黙が落ちた。

 何も言わずに、スイートがジュースのグラスを取り上げて、ラグナの方へと移動する。さり気なさ過ぎて、その行動が何を意図してのものなのか、全く見上げたラグナには分からなかった。しかし、王犬らも何らかの気配を察してか、スイートの後方へと二頭そろってちんまり座っている。

 困惑してロケットを見下ろすと、中の粉はじんわりと、黄色から刺激的な赤色へ変わっていた。

 何も起きないまま十秒が経った頃、さらっと風が吹いた。

「あ」

 水分を失くし、砂漠の砂のように軽く乾いた粉が、ロケットの中から舞い上がった。

「…………え」

 風に乗って飛んだ粉は、それこそ町中に行き渡る。

 スイートがあれだけ息巻いていたのだから、有害でないはずがない。

「今日は良い天気だねぇ」

 焦るラグナの後ろで、スイートがずらしたマスクの間から、ずずっ、と呑気にストローを啜った。

「知ってた? ラグナ。この間のティーリスの襲撃で、それこそ蟻の子を散らすみたいに、北境からあの列車で人が出て行ってね。今じゃ町には、駅が直接運営しているここぐらいしか人が残ってないんだ」

 それも今日の昼にはいなくなっちゃうらしいよ、とスイートは淡々と言う。

 しかし。

「だから別に、町に今毒を撒き散らしたって問題はないんだけど、」

 にやっと笑う音が聞こえた気がした。

 ラグナが軽く戦慄したその時、やや離れた町角から絶叫が上がった。


「  ――        !? 」


 言葉にならない苦悶の声にぎくっとしたところで、スイートの、楽しそうな、楽しそうな声が聞こえたのだった。

「風下で盗み聞きしていた悪いコは、大変なことになっちゃうよねぇ?」


 スイートが言って、問題の町角から人影が悶えるように転がり出てくるまで、それほど時間はかからなかった。

薬物・劇物に関してはスイートの独壇場!?

黄色い粉については黄リン・赤リンがモデルです……安全性が逆じゃないかと。ちなみに空中で酸化によって炎上したりはしません(笑)

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