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鬼畜チェイス  作者: 風癒
魔術師、もふもふ北上す   【ティーリス動乱編】
13/27

chase-12:萎れたくなるサファイアローズ

少し切れが悪かったので長め。女装表現が文中に入ります。苦手な方は注意。

「お金」

「あるね」

「旅券」

「ある」

「水筒」

「ある」

「お弁当」

「あるよ」

「日用品」

「揃ってる」

「着替え」

「大体五日分」

「防寒具」

「こんな分厚いコート入る?」

「入らなくても入れてください。王犬(アークハウンド)

「そこにいる。あ、そうだ」

「何でごぜぇますか」

「うん。魔術師(ラグナ)の杖」

「…………ああ、」

「ないの?」

「いえ、あります」

 スイートに聞かれ、背中側から『杖』を取り出した。

「今回はちゃんと、スパナとかじゃなくて杖ですよ」

 大きなスーツケースの前で、スイートは唖然としてラグナを眺めた。

「……それ、確かに杖だけどさぁ」

「何か不満ですか?」

 杖を軽く掲げると、きらり、と銀の持ち手部分の鷲が目を光らせた。丁寧に作られた石突きも眩しい。


「……紳士用ステッキって、やっぱりちょっと違うと思うよ?」


「良いんでごぜぇますよ。使えれば」

 わふっ。

 銀色の犬二頭が、ラグナの隣で頷くように吠える。

「まぁ、それなら……でもやっぱり間違ってない?」

 まだ納得できなさそうな顔で、スイートはスーツケースの蓋を閉めた。

「さて。最後の確認もできた事だし、行こうか」

「……そうでごぜぇますね」

 軽く首を縦に振る。

 そうして目を窓の外へやると、もう空の端が赤くなり始めている所だった。

 ティーリス方面へ向かうためには、鉄道を利用する。とはいっても、彼の帝国との衝突によって、民間の利用は一気に減った。軍用車両が発車する合間に一本あればいい方だ。

 その一本ですら、夜も遅くから出発する。

 ティーリス帝国とミゼットの国境周辺から、早々に退避を求める人々を迎えに行くためだ。一日半をかけて、二日後早朝にようやく到着するのである。


 スイートと黙って顔を見合わせ、二人で部屋を出ると、夕日の中、静かにペンネ家宅を後にした。


 ディートとは、既に別れを済ませてある。




「……行った?」

「の、ようでございますよ、御頭」

 斜陽の光が目に痛い。カーテンの影から窓越しに、出て行く二人の様子を眺めると、ディートは頷く。

「そう……でも、無事にティーリスを通ってリディンスまで行けるかしらねぇ? 一応、我らが誇りの詐欺姫(スイッティシャ)がいるけども」

「……それは、どういう意味で?」

 一緒に見守っていた部下の一人が、そう不思議そうに声を上げる。

 ディートは決してスイートの実力を過大にも過少にも評価していない。正しく娘にできる事を推し量る技量を持っている。

 そして、スイートが一緒ならば、治安の悪化が懸念されるティーリスを渡っていくにしても、十分に用は足りる。

 だが、そのディートでも、何やら胸騒ぎをさせるものがあった。

「なーんかねぇ……臭いのよ。王犬二頭を故郷へ放しにいくのはね、魔術連盟からの要請だから分かるわ。でも、その二頭を運び入れたのはティーリス、そしてそれを奪取した、私たちペンネ家の人間だった」

 そこで一息ついて、ディートは声を低くする。


「……どぉもどっかの誰かに程よく利用された感じが拭えねぇ」


 発言に、息を呑む気配がした。

「おまえら、一応(ウチ)の人間全員の素性を洗い直せ。新入りだけじゃねぇ、五年と経つ奴らもだ」

「黒は」

「吐かせて、潰せ」

 即答すると、ディートは懐から拳銃を取り出した。

「?」

 目を瞬かせた部下の横で、右手の壁に向かって発砲する。

 突然の破裂音に、全員が僅かに身を固くさせる中、壁の向こうがどたばたと騒がしくなった。

 時折飛び交う怒号は、全て聞き慣れたペンネ家の人間のものだ。

 いくらかすると静かになったが、しかし、いつまで経っても、報告は何も来なかった。

 部屋に立ち込める硝煙の匂いを吸い込み、ふぃー……と、空気の漏れるような音で、長く溜息を吐いた。

 くい、と銃を持った方の手で指を曲げると、心得た一人が部屋を出て、敢え無く沈められた彼らを回収に向かう。

 ドアが閉まる音の余韻も消え、静かになった時、呟いた。

「……まぁた逃げられたか。面白くねぇの」

 壁についた焼け焦げ穴を横目で睨み据える。


「ハエ風情がちょこまかと……家に喧嘩売るたぁ、とんだマゾ野郎だ、な」


 唸るような声に、背後にいた部下たちは黙したまま、それぞれに顔を見合わせた。





 ラグナとスイートが北に向けて旅立った頃――ミゼット王国軍少将、シグマ・アルスミードの姿は、トラク市内にあった。

 現地の軍司令部の一角にある空き倉庫の中で、シグマは腕をこまねき、とある巨大な木箱をじっと見下ろしていた。


 四方が二.五マート、高さ一マートはあるかと思われる正方形の、木箱。


 と、木箱と無言で向かい合う軍のトップクラスの司令官。

「取り合わせが不気味過ぎます」とは、誰の言だったか。

 とにかく、今回の軍事衝突といった非常時にとある条件がそろうと、現地ではこんな光景が必ずと言って良いほど目撃される。

 少将宛てに謎の荷物――しかも、かなり巨大な荷物が届き、それを少将は何の疑いもなく開封するのである。

 無警戒なのではなく、警戒する必要も無いと断定している様子で、今回も腰に携えた剣で厳重に巻かれていた縄を切断したシグマの姿を、ついてきた部下二人――つまり、シグマ付きの副官アイネ・グレイスと、第九師団所属のリザ・カリス中佐は――片や微妙な面持ちで、片や陶然とした顔でそれを眺めていた。

「ああっ、今回も無事に届きましたのねっ! 毎度お手数おかけしておりますわ、少将」

 胸の前で手を組んでいたリザは、さらに顔をとろかしてうっとりと美しい声を上げた。

「構わん。それで即使えるのなら何だろうが戦場に放り出す」

「ああ! 相変わらずの手厳しさ! 少将のようなお人に顎で使われて、兄も幸せ者でありますわ!」

「……役に立たなかったらどうするのでありますか」

 ぼそりと呟いたグレイス副官の呟きに、シグマは喉を鳴らして笑う。

「犬にでも食わせろ」

「ええ、どうぞ……ただ、その時は是非とも、このリザに兄をお預けくださいませ? 最高の形でうちのワンちゃんたちに食べさせてあげますから……!」

「さて。本人がそれを望んでいるかどうかは別問題だが、」

 言いながら、木箱の蓋を向こう側へ蹴り落として、シグマは箱の中に薄っすらと笑いかけた。


「どうする、ジェス?」

「……おまえが俺の名前をそうやってちゃんと呼ぶ時ほど恐ろしい時が他にあるだろうか。いや、ねぇよな」


 答えにならない答えがほとんど囁くように返ってきた。

 シグマは、それを鼻で笑う。

「似合っているぞ、青薔薇姫(サファイアローズ)

「今日もおまえは鬼の度合いが絶好調だよなぁ、鬼畜将軍サディスティクジェネラル。そろそろその頭を蜂の巣にしてもいーか?」

 散弾銃の銃口がにゅっと箱の縁から顔を出した。続いて出てきたのは白く粉をはたかれているものの、無骨な男の手である。その次に見えたのは、見事に自前のやや長めだった金髪を美しくシニョンに結い上げられて、盛大に不機嫌そうな色を蒼い瞳に浮かべているジェスのしかめっ面だった。髪飾りの青い薔薇が相当に鬱陶しそうだったが、他にも同じような青い薔薇が、ジェスに着せられた白いたっぷりとしたレースドレスに贅沢に飾り付けられていた。

 彼は今、木箱一杯に広がる青い薔薇の海の中に立っている。

 それはまさに、御伽話に出てくる幸運の王女、青薔薇姫(サファイアローズ)そのもの。

 白く透き通って、触れれば儚く解けてしまいそうな肌。ふわふわした頬には絶妙な具合で紅みが差し、唇は誰もが思わず口付けたくなるほどに紅くぽってりと、瑞々しく色づいているのだ。

「意地悪な魔法使いの老婆に育てられた絶世の美女は、やがて予言によって彼女を迎えに来た銀髪の王子と結ばれて、末永く幸せに暮らす……ああ、なんてロマンチックなお話なのでしょうか!」

 ジェスがいろいろと鬱屈した目でシグマの銀色の頭を見た。

「……誰が好き好んで嫁に行くか」

「確かに、貰ってやってもいい程度に美しいが、男の嫁は不必要だな」

「そろそろ黙れ本気で脳天揺らして破裂させっぞ」

「まあぁいけませんわお兄様!」

 悲鳴を上げたのはリザだった。

「私の幸せな夢が血塗れの惨劇になってしまうではありませんか!」

「しょっちゅうカリス准将に仇為す輩を端から沈めている貴女が言っても、何の説得力も持たないのでありますよ、中佐」

「いいえ、そんなことを言っては駄目よアイネ。私は美しいお兄様を、より美しく! 至高の耽美な世界へ! じわじわと堕落させていくのを使命としているのよ!」

「その使命からくる言動は、そろそろ国の命を実行するために切り替えてもらいたいのですが」

 頭痛を覚え始めたのか、こめかみを揉みながらシグマの副官は助けを求めるようにこちらを見やる。

 その視線を受けたシグマは、

「……とりあえず、おまえはもうそのままで戦場で暴れてもらおうか」

「シグマ。俺は准将だ」

「ああ。だから前線で士気を盛り上げてやれ」

「違っがぁあああああああああああうだろ! 俺=准将! 俺=司令官! 第九師団が俺の指示を待ってるっつのに、どこの世界にわざわざ将校が先陣切って向かってく戦場があるんだよボケ!」

 そもそも狙撃手が前に出てどうする!?

 ドレスをばさばさと宙へ捌いて暴れるジェスだが、リザがよっぽど計算して飾り付けたのか、それすら一種のダンスを踊っているようにしか見えなかった。



「……で? 結局俺もおまえも目当ての人間(オンナ)は手に入れられずってか?」

 ぐいぐいと頭のシニョンを解こうとして引っ張りながら、ジェスが聞く。

 副官に命じてリザ・カリス中佐を摘み出させたため、現在空き倉庫の中にいるのはシグマとジェスの二人のみだった。

 軍事衝突以後の事態の推移を報告する書類に目を通していたシグマは、その言葉で目線を上げた。

「ペンネの頭領にしてやられた。弾丸一発でああも呆気なく事の収拾をつけるとは、相変わらず食えない男だ」

「つか、間違っても俺たちは准将と少将だったんだぞ。普通にそれを蹴り倒すとかぶっ飛ばすとか、クソ強ぇよあのオッサン。あれで、あの顔でだぞ。もう成人した娘がいるとかって……幾つだよ」

「今年で四十三じゃなかったか」

 聞いた途端、「うわ、」とジェスの顔はさらに苦いものになった。

「やっぱ化け物だった……」

「夫婦揃ってあそこは厄介だからな。かといって犯罪ばかりを相手にしている訳でもなく、市民活動にも広く浸透している。治安部も相当手を焼いているそうだ」

「ひーおっとろしい」

「おまえはその『おっとろしい』相手の娘を狙っているんだろうが」

「それを言う資格はねぇぞ。おまえなんか(みどり)の魔術師なんて女を囲おうとしてたんだからな」

「…………」

「…………」

 互いにしばらく、顔を見合わせたまま沈黙する。

 先に顔を逸らしたのはジェスだった。

「よすか……今はこの謎の軍事衝突を何とかして、サービス休暇をもぎ取るのが先だ」

「だろうな」

 ジェスの言葉に、シグマは小さく頷いた。

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