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鬼畜チェイス  作者: 風癒
魔術師、もふもふ北上す   【ティーリス動乱編】
11/27

chase-10:ラッピングは天使の羽根

「……え? ちょっと待って。今、何て言ったの、ラグナ」


 目を剥いたスイートを余所に、ラグナは無心に目の前のこんがりとしたウインナーにかぶりついた。

 たった二口で指一本程のそれをまとめて二本食べきると、フォークをスイートにすっと向ける。


「ふぁはは、ふへふっへふぃっふぁんへほへぇへふほ」


「……『だから、受けるって言ったんでごぜぇますよ』って……本当に魔連の命令受けちゃうのかい!?」


 スイートの翻訳に、ラグナは黙って頷き、次いでサラダへと手を伸ばした。


「王犬をリディンスへ送り届けるだけなら、帝国を通ろうが何だろうが、別に大丈夫でごぜぇますよ? 魔術師には国境なんてあまり関係ねぇでごぜぇますからね」

「……いや、そうじゃなくて。あのね、レディ。目を覚ます数時間前のことを君はちゃんと覚えているかい?」

 ん、とラグナはフォークを(くわ)えたまま止まった。

「……何でごぜぇました?」

 スイートは、肩を落とさなかった。

 代わりに、ゆっくりと眉間を揉みこみ、彼女は溜息を吐く。

「やっぱり、ああなると覚えてない、か。……君ね、王犬と共鳴現象を引き起こして、もう少しで倉庫街一帯を吹っ飛ばすところだったんだよ?」


 …………吹っ飛ばす?


 身に覚えのない言葉に、寝起きでゆっくりとながらも回っていたラグナの頭は空転する。

「じゃあ、あれだ。シグマ・アルスミードに羽交い絞めにされた所までは覚えているんだね?」

 今度は確かに覚えていたので、ラグナは頷いた。


「ラグナ。君が依頼を受けるなら、彼『も』リディンスに向かわなければならないんだよ。そこの辺り、分かってる?」

「?」

 言われて、ラグナはゆっくりと瞼を瞬いた。


 

 ――起きてからスイートに聞いた話だと、二頭は魔術師らによってしかるべき措置を施され、現在はペンネ家で預かっている。

 だが、シグマに殴られ、(ぼこ)られ、啼き啼き彼の下に(くだ)った方の王犬は、本来の主と引き離された状態のはず。

 王犬を二頭ともリディンスへ連れて行って、そこで選定を解除して終わりとはいかない。

 魔法を学んだことなどシグマにはないだろう。何せ軍人であるのだから。

 つまり、彼に仮に選定を解除してもらおうとするなら――。

「う、嘘でごぜぇましょう?」

 へなっとラグナはテーブルの上に崩れた。

「私が立ち会うんでごぜぇますか!?」

「だって、それしかないでしょ。同族に選定を受けている君ぐらいだよ、王犬を二頭解放しても無事に生きて帰ってこれそうなのって」

「……ぅう。これは盲点でごぜぇました」

 そのまま突っ伏すと、幼馴染はふむ、と肘を抱いて考え込んだ。

 ややあって、二本の指を立てる。

「……そんな君に良いけど悪いニュースがある。どっちから聞きたい? ちょっと良い方よりと悪い方より」

「……悪い方よりで」

 良い方は後にとっておいた方が、少しばかり傷が浅く済みそうだった。

 ラグナの言葉にスイートは軽く頷き、口を開いた。


「――一時間ぐらい前かな。ティーリス帝国とミゼットがトラクで軍事衝突を起こしたそうだよ。今の所、トラクに住んでいる魔術師が君の師匠を含めて三人、市民の安全確保に尽力しているらしい」


「…………っ!?」


 椅子が転がった。


 愕然とテーブルに手をついたラグナを見て、スイートは「落ち着いて」と呟いた。

「君、鬼畜将軍に会ったせいか知らないけど、ちょっとどうかしてるよ。あの人はラグナの師匠でしょ? ――たとえ魔連から除名処分を受けていたとしても、彼は魔術師だ」

「……あ」

「どれだけ馬鹿力を振り回せるかは、君の知っての通りじゃない」

 一本残った指を、スイートは振る。

「で、もう一つのニュース。アルスミード少将は、軍部に帰るんじゃなくて、そのまま前線に向かったみたいだ。……ついでに、ボクを撃ったジェス・カリス准将も。彼らの実力は、ボクらにとっては厄介でこそあれ、この国の人間全員が信頼している。だから、数週間もしない内にこれは平定されると見ていい……けど、」

 ぷぷ、っとそこでスイートが口を覆ったので、ラグナは首を傾げた。

「何でごぜぇますか?」

「ううん、何でもない。ただね、准将は……妹の中佐に絞られて、そのあと荷物の中に入れられたんだって。これを聞いたら、怪我させられたことなんてどうでも良くなっちゃったよ」

 溜飲が下がったらしいスイートを眺めてから、言うに困って、ラグナは結局無難に言葉を選んでいた。

「…………相変わらず、傍から見ても見事な運ばれっぷりでごぜぇますね」


 実の妹から荷物扱い。


 軍にいた時のことを思い返すと、彼女のジェスへの愛は重いのだが、その方向は少々変わっていたはず、と、リザ・カリス中佐についての記憶が掘り起こされた。


 スイートから聞く限りでは、どうせまた肢体を綺麗に飾られて、ガラスケースに入れられ――相当美しくラッピングされているのだろう。おそらくは。


 前に見た時は純白の羽根で裸体の上半身を神々しくかつ(きら)びやかにデコレートされていたと思う。

 ジェスに『恥ずかしいと思わねぇのでごぜぇますか』と聞いたのだが、その時の答えがまた哀愁漂うものだった。

『なんか……もう、こうなって数分経つと悟りに達するようになるんだよ。むしろ俺を見てって感じ?』

『……変態でごぜぇますね?』

『違う!』


 以上、閑話休題。

 しかし、スイートを狙っていると知った以上、同情する気はラグナには皆無だ。


「それで、その二人の扱いについて、軍部でちょっと気になる動きが見られたんだよね」

「動き、でごぜぇますか」

 うん、と頷いたスイートの顔は、思案を重ねているように思えた。

「父さんが張りこませていた兄さんたちの話だよ。どうも軍部……、というよりは国の方からかな。今回の軍事衝突の背景に、ティーリスとミゼットの間で裏取引があったかもしれないって」

 それは、とラグナは目を見開いた。

「内容までは分からなかったそうだけど。……ティーリス帝国では、西方で内乱があったって噂も流れてきてる。もしそうなら、国力を内乱平定に傾けている今、ミゼットとぶつかるのは本来避けるべき事態のはずだからね。兄さんたちは妙だと思ったみたいだ」

「……では、あの鬼畜が、ひょっとすると乱の平定に動かされるかもしれない、と?」

「命令と、戦局次第では」

 スイートは頷く。その目はぼんやりと遠くを眺めていた。

「そして、ミゼットはティーリスから何らかの利権を受け取る……彼らにとっては断腸の思いだったはずだ。一部に喰いつかれれば、そこから一気に破られる可能性だってある。大博打を打ったね」

 事態の途方も無い大きさに、ラグナは小さく顎を落とした。


 しかし、スイートの話の展開はさらにその上を行く。


「けれどティーリスも黙ってはいない。……どうやら、ミゼットの牙を多少強引にでも引き抜く方法を探していたらしくてね。二週間ぐらい前に、将軍が異常な執着を見せる愛人の情報をどこからかもぎ取った」

 ぞくっと背筋を駆け抜けるものがあった。

 顔を強張らせたラグナに、同じように硬い面持ちでスイートは言った。

「という訳で、君はティーリスに狙われているし、少将引き抜きを阻止するミゼットも必死だ。リディンスに行くなら、戦火を潜っていくかもしれない上に、更に追手がかかる危険が出てきた。――ここまで来ると、出汁にされる君もいい迷惑だよね」

 スイートの薄い唇が、太い笑みを描く。

「……スイート」

「なぁに?」

「…………降りても、良いんでごぜぇますよ?」

「――、」

 スイートはしばらく無言でラグナを見つめた。やがて彼女の口は薄く、呆けたように開く。

 音もなく近づいてくると、おもむろに彼女の腕が伸びて、


「おバカ」

「あだぁっ!?」


 額に厳しい爪弾きを喰らった。


 スイートの爪は長くて手入れされている――それだけに、無駄に効くのである、これが。

 悶絶し、ぷるぷるしていたラグナの頭上に、更に呆れた声がかかる。

「一家の大恩だよ。軽く言い出したことじゃない……そのことぐらい、君も考えたら分かるでしょ?」

「……!」

 スイートの言葉に、ラグナは涙目で頷くしかない。同時に、ぼろっと、大粒のものがいくつも目から零れ落ちた。

 それが見えなかったはずもなく、俯いたラグナの頭上で、スイートが苦笑いをする気配がした。

「相当に追い詰められてたんだねぇ……本当、許せないね。君をこんな状況に追い込んで、あの将軍は何がしたいんだか」

 つっとスイートの指がラグナの顎をなぞり、顔を上げさせた。優しいサファイアの瞳で見つめながら、ラグナの(まなじり)に浮かんだ涙をもう片手の指で拭い去る。

「泣かないで、 “La miaボクの principessaおひめさま”。どんな迷路で迷ったとしても出口はあるよ。思いもしなかった抜け穴だって、見つかるかもしれないんだから」


「――まぁ、」


 しかし、スイートは最後が容赦がない。


「助けようとしているボクの目の前で、横から別の誰かにかっさらわれるのが毎度毎度のことだけどね?」


 少将もその亜種で数か月行方不明だったでしょ?


 ……事実である。だが、ここで持ち出されるのはどういう意味なのだろう。


「……別に狙ってはいねぇのでごぜぇますよ?」

「うふふふふふ。だろうね」


 つまり、言いたいのはこういうことか、とラグナは明後日へと旅立ちながら思う。



『今度間違ってホイホイ知らない誰かについて行ったら。――さすがにボクでもお仕置き決定だよ?』



 ――本音を敢えて言わないことが、これほど効果を発揮するという話術もそうそうないだろう。

 真に怖いのは、目に見えて感じられる鬼畜な行為ではなく、知覚外の何かであるのかもしれない。


 気分は蛇に睨まれた何とやら。ラグナはスイートの浮かべる完璧な笑みに少しだけ固まった。

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