黒歴史召喚陣、発動!
「……待て。待て待て待て待て待て」
俺は玄関で靴を脱ぐのも忘れて、リビングの床を見て固まった。
そこには――白いチョークで描かれた、直径二メートル級の円陣。
幾何学模様、謎の記号、そして読める日本語。
『我が名は終焉の観測者』
『冥界より来たる魔眼の王』
『世界を上書きし、理を捻じ曲げよ』
「やめろ!! それ以上はやめろ!!」
床に這いつくばって作業していた妹が、顔を上げてにっこり笑った。
「お兄ちゃん、おかえり〜!」
「ただいま〜じゃねえよ! なんだこれは! 消せ! 今すぐ!」
「えー? でもこれ、お兄ちゃんのノートにあったやつだよ?」
「燃やしたはずだろ!!」
俺の脳内に、封印したはずの黒歴史が蘇る。
中学二年。黒いノート。中二病の全盛期。
その中の“最終奥義”――
現実世界で発動するはずがないからこそ書けた設定。
【妹がそれを写して召喚陣にした】
この時点で、もう嫌な予感しかしない。
「お兄ちゃんね、世界を救うって書いてたじゃん」
「書いてねえよ! ……いや、書いたけど! 今は違う!」
「だからね。私、手伝う!」
妹は満面の笑みで、円陣の中心に最後の一文を書いた。
『契約の代償:召喚されし者は帰還不能』
「おい」
「ん?」
「……おい!!!!」
俺が妹の肩を掴んだ、その瞬間。
召喚陣が、ありえない光を放った。
テレビも、照明も、スマホも、関係ない。
“床そのもの”が発光している。
「うわ、ほんとに光った! すご!」
「うそだろ!?」
空気が落ちる。
耳鳴り。
重力がねじれる感覚。
俺は妹の腕を掴んだまま、叫んだ。
「離すな! 離す――」
世界が、反転した。
次に、俺が目を開けた場所は。
青空でも、学校でも、マンションでもない。
石造りの広場。
血の匂い。
錆びた剣の群れ。
そして――俺の首にかかる、冷たい鉄の輪。
「……え?」
視界の端に、槍を構えた兵士が並んでいる。
「異端者だ。処刑せよ」
「待っ――!」
言い終える前に、兵士たちは歩みを進める。
どうやら聞く耳は持ってくれないらしい。
死ぬ。
直感じゃない。
“本能”だった。
その瞬間、右目の奥が熱を持った。
黒い疼き。
まるで、眼球の裏で何かが目覚める。
『条件達成――黒歴史権能、起動可能』
脳内に、文字が浮かぶ。
いや……文字だけじゃない。
空中に、字幕みたいに光る文章が出た。
【発動には宣言(詠唱)が必要です】
「最悪だ……!」
槍が迫る。
喉が震える。
恥ずかしさで吐きそうになる。
でも死ぬよりはマシだ。
俺は泣きそうな声で叫んだ。
「我が右眼に宿るは――冥界の深淵!!
真実を暴け、《冥界魔眼》!!」
右目が、黒い光で燃えた。
世界が“見えた”。
槍の軌道。
兵士の筋肉の動き。
石畳のひび割れ。
そして――
(こいつら……命令で動いてるだけだ)
“殺意”は薄い。
恐怖と義務だけが濃い。
見える。全部見える。
(なら……折るのは、こいつらじゃない)
俺は処刑台の鎖を見た。
そこに、“弱点”が光っていた。
《連結金具:腐食 37%》
《叩けば外れる》
――いける。
俺は右目を見開き、この世界での第一歩を歩む。




