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第6話 爆弾とタップダンス

廃墟と化したデパートの吹き抜け。  

天井のガラスドームは割れ、雨が滝のように降り注いでいる。  

俺はその中央、エスカレーターの残骸の影で、膝を抱えて震えていた。

「……なんで、こんなところに来ちまったんだ」

俺は濡れたウィンドブレーカーを握りしめる。  

さっきの公園で、不自然な「直感」が俺をここへ導いたのだ。

「安全な隠れ家がある」という脳内の甘い囁きに従った結果がこれだ。  

ここは隠れ家じゃない。

処刑場だ。

カツーン……。

上の階から、硬い靴音が響いた。  

俺は息を殺して見上げる。

三階のテラス部分に、派手なオレンジ色のジャケットを着た男が立っていた。  

顔にはガスマスクのような防具。手には無骨なリモコン装置。  

クセノン。  

組織きっての爆破狂であり、破壊工作員デモリッショニスト

あいつは「芸術」と称してビル一つを瓦礫に変えるイカれた野郎だ。

「見つけたぜぇ、J! 随分と綺麗になったじゃねぇか!」

Xの声が、廃墟の反響音と共に降り注ぐ。

「ボスがお冠だぜ。花束なんて送るからよぉ! お返しに、俺特製の花火ファイアワークスを見せてやるよ!」

Xがリモコンのスイッチに指をかける。  

俺の心臓が早鐘を打つ。

逃げなきゃ。

でもどこへ? 

出口は?  

俺がパニックになりかけた瞬間。

ザザッ!

脳内でノイズが走る。  

今度の感覚は、鋭く、リズミカルだった。

まるでメトロノームのような正確な刻みが、俺の三半規管をジャックする。

――三秒後。右前方、柱の裏。  

――爆圧、および破片の飛散角度を計算。  

――跳べ。

「ひっ!?」

俺の意志を無視して、足がバネのように弾けた。  

俺は悲鳴を上げながら、何もない空間へ向かって飛び出した。

ドォォォォン!!

直後、俺がさっきまで隠れていたエスカレーターが、爆音と共に粉砕された。  

コンクリートの破片が散弾銃のように飛び散る。  

だが、俺はすでに空中にいた。  

まるで体操選手のような軽やかさで身をひねり、爆風に乗るようにして、数メートル先の太い柱の裏へと着地する。

「うわぁぁぁッ! 死ぬ! あんなの死ぬって!」

俺は頭を抱えて叫んだ。  

だが、体は止まらない。

着地した瞬間、次のノイズが脳髄を叩く。

――次は左。五歩進んで、伏せろ。  

――テンポを遅らせるな。ワン、ツー、スリー。

俺の体は、まるで糸で操られるマリオネットのように動いた。  

左へダッシュ。一、二、三、四、五。  

その場でスライディングするように伏せる。

ズドォォン!!

頭上のシャンデリアが爆破され、巨大なガラスの塊が落下してきた。  

それは俺の鼻先数センチの場所――俺がもし立ち止まっていたらいた場所――に突き刺さり、砕け散った。

「ハハハッ! すげぇダンスだなぁJ! いつからそんな芸を覚えた!?」

上の階でXが狂ったように笑っている。  

あいつは俺を狙っていない。

このフロア全体に仕掛けた爆弾を、ランダムに起爆して楽しんでいるんだ。

ここは奴の遊びダンスフロアだ。

「ふざけんな! 助けてくれぇ!」

俺は泣き叫びながら、爆炎の中を駆け回った。  

右へ左へ、前へ後ろへ。  

傍から見れば、俺は爆発を予測して華麗に避けているように見えるだろう。  

だが中身は違う。

俺はただ、脳内で鳴り響く「リズム」に合わせて、無様に踊らされているだけだ。

――ブラボーの爆破予測。  

――タンゴの身体制御。

この二人の死者のスキルが、俺という「器」を使って即興のダンスを踊っている。  俺の運動神経じゃ不可能なはずのバク転や、壁を蹴っての三角飛び。  

関節が悲鳴を上げている。

筋肉が断裂しそうだ。  

だが、止まれば死ぬ。

「くそっ、ちょこまかと……! なら、これでどうだ!」

Xが舌打ちし、リモコンのレバーを最大まで倒した。  

廃墟の支柱に仕掛けられたメインチャージ(主要爆薬)が一斉に起動する音がした。  

建物ごと俺を押しつぶす気だ。

ピーン!

脳内で、警告音が最大音量で鳴り響いた。  

回避不能。

逃げ場なし。  

だが、脳裏に浮かんだ「ソリューション」は、逃走ではなかった。

――突っ込め。  

――爆心地グラウンド・ゼロへ。

「はぁ!?」

正気か? 

爆発に向かって走れだと?  

だが、俺の足は命令に逆らえない。  

俺は涙と鼻水を撒き散らしながら、Xがいる三階のテラスへ続く階段へ向かって全力疾走した。

ドガガガガガッ!  

背後の床が次々と抜け落ちていく。

爆風が背中を押す。  

俺は崩落する階段を、まるで鍵盤の上を跳ねるように駆け上がった。  

熱い。

熱風で髪が焦げる。

「なっ……こっちに来るだと!?」

Xが狼狽える。  

俺は炎の壁を突き破り、Xの目の前に飛び出した。  

恐怖で顔を引きつらせ、奇声を上げながら。

「ひぃぃぃぃッ!」

俺は勢いのままXにタックルした……わけではない。  

直前で足がもつれ(脳内の計算通りに)、俺はXの足元へスライディングした。  

その拍子に、俺の手がXの足首に装着されていた予備の弾薬ポーチに触れた。

――ピンを抜け。

一瞬の早業。  

俺の手には、いつの間にかポーチから抜き取った手榴弾のピンが握られていた。  これもS(スリ師)の技か? 

それともT(曲芸師)か?  

分からない。

ただ、俺はピンを握りしめたまま、その場から転がるように離脱した。

「……あ?」

Xが自分の足元を見る。  

ポーチから、カチン、という信管の作動音がした。

「うそ、だろ……」

 Xの顔が絶望に歪む。  

俺は手すりを乗り越え、吹き抜けの空間へダイブした。

ドゴォォォォン!!

至近距離での爆発。  

Xの悲鳴がかき消され、オレンジ色のジャケットが炎に包まれて吹き飛ぶのが見えた。  

俺は爆風に背中を蹴られ、空中で放物線を描く。

――着地準備。膝を柔らかく。

二階の商品棚の上に、俺は猫のように着地した。  

衝撃で棚が崩れる。俺は埃まみれの商品の中に埋もれた。

「……ゲホッ、ゲホッ!」

静寂が戻った。  

雨の音だけが聞こえる。  

俺は瓦礫を押しのけて、体を起こした。  

全身が痛い。

あちこち擦りむいているし、ウィンドブレーカーは焦げて穴だらけだ。  

だが、生きている。

三階を見上げる。

テラスは崩落し、Xの姿はない。  

瓦礫の下か、あるいは吹き飛ばされて外へ落ちたか。  

どちらにせよ、あの距離での爆発だ。

タダじゃ済んでいないだろう。

「……はは、ははは」

俺は震える手で顔を覆った。  

笑いが出てきた。安堵の笑いじゃない。

恐怖のあまり壊れかけた精神の軋みだ。  

俺は爆弾のプロじゃない。

アクションスターでもない。  

ただのビビリだ。  

なのに、なんであんな動きができた?  

なんで「爆風の安全地帯」が見えた?

キーン……。  

脳内のノイズが、また頭痛と共に主張してくる。  

まるで、「次のステージへ行こうぜ」と急かしているように。

「……勘弁してくれよ」

俺はよろよろと立ち上がった。  

Xを倒した。

UもVも退けた。

Wの監視網も破った。  

組織の「四天王」クラスを、俺一人で壊滅させたことになる。  

いや、一人じゃない。  

俺の中には、もっと大勢の「化け物」たちが住んでいる。

俺は雨に濡れた廃墟を出ていく。  

タップダンスを踊り終えた道化師ピエロのように、足を引きずりながら。    これで終わりじゃない。  

ボスの切り札は、まだ残っているはずだ。  

最強のミサイラー、ゼニス。  

そいつが来る前に、俺はこの呪われた体の秘密を解き明かさなきゃならない。

四天王を退けたJの前に、ついに組織の最高傑作・ゼニスが降り立つ。

感情を持たない、完璧な殺人マシーン。

脳内の「達人たち」の技すら、奴にとっては学習済みのデータに過ぎない!?

「勝てない。殺される」 全ての希望が絶たれた時、Jが取った行動とは?

第7話「虚無のアルゴリズム」へ続く!

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