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シンデレラ、あるいはロドピスと云う女

作者: 藤岡ブライ
掲載日:2025/12/25


欠けた月が輝く夜、()る王族の城内では多くの貴族や令嬢が集まり…音楽と共に社交の場を楽しんでいた。

絢爛豪華な装いの中、令嬢たちの目を引く存在がひとり、この城の主たる王子は今宵の相手を探していた。

一方で、貴族たちの話題の中心にはひとりの女性が居た。彼女の顔を見た誰かが驚きの表情で彼女を"シンデレラ"と呼んでいた。


王子には令嬢が、シンデレラには貴族が、社交の挨拶と称して意地汚く名乗りを上げる。

その喧騒の中で二人は目が合い、そして王子は口を開いた。

「私と踊っていただけますか?」

シンデレラは答える。

「…よろこんで。」

その夢のような舞踏(ひととき)は、まるで崇高な絵画を見ているようで、貴族も令嬢もそれらの従者さえも二人の姿に目を奪われていた。


ゴーンゴーンゴーン…

23時を告げる鐘が鳴る。社交の場は幕を閉じ、貴族や令嬢はそれぞれが帰路へついていた。

「貴女は美しい。今宵、私の傍に居てはくれまいか?」

「…よろしいのですか?素性のわからぬ(わたくし)なんかが…」

「私は構わない。身分などは些細なものだ。」

「嬉しいです。王子…」


ゴーンゴーンゴーン…

24時を告げる鐘が鳴る。社交の喧騒はすっかり鳴りを潜め、(ふくろう)の鳴き声が聞こえて来るほど城内は静まり返っていた。

しかし、暫くすると城内を駆け回る具足の音がし始め、それは次第に大きくなっていった。

「大変です!王子!」


──(ラハム)の年、柊の月、木星の日、0:45

東方の帝国、王子の居城

────────────────────


「被害者の名前は不明、性別は女性、推定年齢は10~20代前後…えー…死因は、頭から血を流している事から~…そこの階段を踏み外して転落した、と思われます。推定される死亡時刻は第一発見者の衛兵(みまわり)の証言から0時以前となります。」

城内に常駐している医師が検死の結果を王子へ報告した。

「では、事故なんだな?」

「恐らくは。しかし妙な点もございます。」

「…妙な点?」

「まず服装です。足首が見えている事から誤って踏むような丈では無いと云うのがわかります。故に足元が見えず…と云う事もありません。」

「…なるほど。」

「次に場所です。ご覧の通り、この階段は転落死防止の為に踊り場で折り返す造りになっています。廊下から駆けてきて転落したならば壁に頭を打って出血の(のち)に死亡する事もあるでしょうが、その場合は踊り場で発見されます。そして踊り場で(つまず)くなどした場合ですが、頭から床へ叩き付けられない限り出血するような高さではありません。ですので…」

「つまり、不審な点が多くて事故と断定できるには到っていないと言うのだな?」

「はい。そう云う事になります。」

「衛兵。」

「ハッ!なんでしょうか?」

「今宵、この城に泊まっている者たちを起こしてきてくれるか?まずはこの者の身元を特定せねばなるまい。」

「承知致しました!」


──あぁ…ロドピス…なんてこと…」

連れて来られた女性は遺体を見ながら静かに震えていた。

「貴女の従者で間違いありませんね?」

「…はい。確かに、この者は(わたくし)の従者で…あぁ…」

目眩がしたのか足元がフラついている。

「シンデレラ…ッ!」

王子の腕が優しく抱き締め、彼女を支えた。

「ありがとうございます…王子。」

「酷なものを見せてしまったね?」

「いいえ…彼女は(わたくし)の従者、(わたくし)以外には証明できませんもの…」

「協力に感謝するよ。(みな)も、わざわざ起こしてしまって済まなかった。」

遠方からやってきた貴族や令嬢についている従者たちは各々に王子やその場にいた者たちへ一礼し、主人が眠る部屋へと戻っていった。


「シンデレラ、ツラいとは思うが彼女の事を教えてくれるかい?」

「はい…わかりました。彼女の名前はロドピス。北方の国の出で、三月(みつき)程前から(わたくし)の身の回りの世話をしてくれている者です。」

「それは最近になって雇ったと云う事ですかな?」

この場の責任者である衛兵長が問い掛ける。

「そうです。元は(わたくし)の友人だった者の側仕えをしていたのですが、その者が亡くなり、それで…」

「なるほど。では詳しい素性などはわからぬと云う事ですかな?」

「先程も言いましたが、この者は北方の出、西方(さいほう)との戦火を免れて東方(ここ)へ流れ着いたのです。それを根掘り葉掘りと踏み入るような事は、(わたくし)にはとても…」

「ふむ、ありがとうございました。ご協力感謝致します。王子も、あまり無理せずお休みください。」

「そうだな。ではそうするとしよう。さぁ、シンデレラ。」

「はい…」


──衛兵長と医師の指示で遺体は保全され、現場には安全確保と保全の為に監視がつく事になった。

「傭兵長。」

医師は通り掛かった傭兵長を呼び止めた。

「おぉ、検死報告書の方はいいのか?」

「そんなものは後でできますよ。」

「…正直、どう思う?」

衛兵長は一息ついていた。

「どう、とは?」

「彼女の事だ。シンデレラ。」

「従者が亡くなったのだから反応は自然だと思いますが?」

「そう云う事を言っているのではない。王子との関係だよ。」

「また下世話な…」

「それ以外に話す事があるか?事故か事件か、そういう話でもある。」

医師は城の貯蔵庫からワインを持ち出していた。

「中々いいものがあるではないか。」

「医師の特権ですよ。薬品を取りに行くついでで拝借しました。」

「お主も(ワル)よの。」

二人はワインを口にしながら今宵の事を振り返っていた。

「事故にしては不自然な点が残りますよ。」

「そうは言っても、あの場ではお主も転落死だと報告していたではないか。」

「状況では、と云うだけです。あの場でもそう言ったでしょう?」

「なんだ、他にも気になる点があるのか?」

「あります。まず従者と云う点です。なぜ主人が居る王子の寝室から遠く離れたのでしょうか?」

「アレの声が大きく聞いていられなかったのではないか?私だったら逆に耳を(そばだ)てて聞き入るがな。」

衛兵長はガハハと汚い笑い声を上げる。

「あなたは、本当に…」

「なんだ?」

「いえ、相変わらずですね。」

医師はワインと一緒に出そうになった言葉を飲み込んだ。

「他にはあるのか?」

「あの服装です。あの場へ赴いたならば従者と云えど、もう少し整った服装をするでしょう?()してやここは王子が住まう城です。知り合いの貴族や商家から借りてでも身形(みなり)調(ととの)えるでしょう?」

「確かに、あれでは掃除婦だな。」

衛兵長はグラスのワインを飲み干し、再び並々と注いだ。

「…珍しく飲みますね?」

「こんな日は飲むに限るだろう?」

事件か事故か、いずれにしても城内で人を死なせてしまった事は衛兵長と云う立場に重く()し掛かっていた。

「会場ではどうだったのです?」

「ん?どうって?」

「被害者の服装ですよ。主人にしろ従者にしろ、あの成りなら目立っていたはずでしょう?」

「あー…確かにな。主人の方は目立っておったよ。貴族だけでなく、その従者すらも目を奪われていたように見えたな。」

「で、貴方も奪われていたと?」

「ハッハッハッ。抜かしおる。」

ぐいっとグラスを傾ける。

「しかしな、あの会場に不相応な格好をした者は居なかったはずだぞ。()れば門番が止めただろうしな。」

「では被害者は、何故あのような格好だったのでしょうか…?」

「わからん!そもそも主人の方もどこの誰だかわかっておらんし。」

「それ、大丈夫なのですか?」

「仕方あるまい。王子がアレなんだからな。逆らえんよ。」

「首は繋がってる方が良いですからね。」

「それにな、仮に従者の件が殺人だったとしてだ。王子の隣ほど強固なアリバイは無いだろう?『その時、(わたくし)は王子の御心を一身に受けておりました。』なんてな。ハッハッハッ!」

「…もしかして、酔ってます?」

「あー…ワシも一度で()いからあのような美人を抱きたいものだ。あの深く切り立った渓谷に顔を埋めてだな…」

「…ハイハイ。」

二人はワインを嗜みつつ、夜は更けていった。


──翌朝。

「イタタ…飲み過ぎたな…」

医師が目を覚ますと扉の隙間から朝日が差し込んでいた。

「眩しっ…」

医師は肩をバキボキと音を立てて(ほぐ)すと、医務室を出た。


「どこだッ!どこへ行ったのだッ!」

薄着姿の王子が慌てた様子で駆けてきた。

「王子!?一体どうしたと云うのです!?そのような格好で…」

「シンデレラだッ!目覚めたら彼女が隣に居なかったのだッ!」

「何ですって!?」

衛兵たちは王子の命令でシンデレラ捜索に城内を駆けずり回った。

「ハァ…ハァ…ハァ…なんで、私まで…」

その場に居た医師も捜索に付き合わされていた。


捜索は昼頃まで続けられた。

「…少し変だ。彼女はゲストだ。格好もそれなりに目立つ筈なのに見付からないなんて…」

医師の疑問は、そのまま彼女(シンデレラ)への疑念へと変わっていた。

「少し聞いて回った方が良さそうだな。」

医師は昨夜の会の担当だったメイドやバトラーに話を聴いた。

「やはり…(ここ)に泊まっていたのは以前にも同じ経験があった者ばかり。新顔も大抵はこちらと顔見知りの同伴者が居た。」

王子から直接誘いのあったシンデレラだけが他の誰とも面識が無く、そして被害者であるロドピスと面識がある。

「もし殺人であれば犯人は云うまでも無いな。そしてこのまま行方が知れぬままならば、事件は未解決と云う事になる。」

医師は推理ごっこでもするかのように思案していた。

「ん?そう云えば、あいつ…妙な事を言っていたな。」


──ハァ、ハァ…よかった。やっと見付かった。」

数刻が経過し、医師は衛兵長に声を掛けた。

「ん?何だ…お前か。」

「シンデレラが見付かった。来てくれ。」

「何だって!?すぐ行こう!」


二人は昨晩を共にした医務室へやってきた。

「それで?シンデレラはどこに()るのだ?」

「…そこに居るではありませんか。貴方ですよ。貴女こそがシンデレラ…いえ、ロドピスですね?」

「突然何を言い出すのだ。私がロドピス?ロドピスは昨晩殺されたではないか。」

「そこです。なぜ"殺された"と言えるのですか?昨晩飲んだ時も()も当然かのように事件として扱っていた。」

「そ、それは…単なる余興ではないか。酒の肴と云う奴だ。勿論、不謹慎だと言うのであれば謝るが…」

「他にもあります。あなた、私との会話の中で"アリバイ"と言いましたね?」

「…それが何だと言うのだ?」

「"アリバイ"と云うのは西方(さいほう)の言葉です。なぜあなたがご存知なのです?」

「そ、それは…」

「"衛兵長(あなた)"からその言葉が出る筈は無いんですよ。東方の出の貴方からはね。」

「…」

「西方の名である"シンデレラ"ならば"アリバイ"と云う言葉が出てくるのはおかしくないんですよ。もしくは"ロドピス"ならば、西方(さいほう)の属州となった北方の名である"ロドピス"ならば…不都合はありません。」

「…あの時。」

「ん?」

「あの時、貴様が私に声を掛けて来なければ…ッ!」

衛兵長から光の粉が剥がれ落ち、みるみる内に初老の男性は気品のある女性へと姿が変わった。

「…ハァ。確かに、私がロドピスです。亡くなったのはシンデレラ。しかし、殺したのは私では無い。」

「…どういう事です?」

ロドピスと名乗った女性は淡々と話し始めた。


「私はシンデレラの目を気に入っていた。貧しく、そして厳しい立場に居ながらも決して挫けず、与えられた仕事に真摯に向かう姿はとても美しく見えた。実際の美醜よりも格段に価値のあるものだと私は思っていた。だから、大成できるチャンスをあげたのだ。魔法によってな。」

「どんな魔法です?」

「至極初歩的なものだ。纏う衣を美しきものへと欺く魔法。故に、王子は激怒したのだ。」

「どういう事です?」

「夜、王子はシンデレラを部屋から連れ出した。シンデレラも私に何も告げずに…そして、わかるだろう?脱がせようとすればどうなるか…!」

「つまり、元の服へと戻ったと…?」

「そう。そして王子は激怒した。自分を欺いたシンデレラ(おんな)が許せなかったのだ。私がシンデレラを見付けた時には既に遅かった。王子の部屋に続く廊下を調べるといい。ある筈の無いものが見付かるだろう。」

「貴女は、なぜシンデレラに姿を変えていたのですか?」

「王子を欺く為だ。そして、もう一度シンデレラを殺させようと思った。私であれば反撃は容易だからな。」

「なるほど…」

「しかし遺体を隠すのに失敗した。巡回の衛兵までは把握できなかったからだ。自分までもが見付かる訳にはいかず、()む無く気絶させた。」

「その衛兵は、今どこに?」

「階段横の物置に縛り付けて押し込んである。そして、シンデレラの遺体は従者(ロドピス)の転落事故として処理されそうだったから、今度はその男に化けて城から出ようと思ったのだ。」

「衛兵長…」

「しかし、暗がりで襲った男が衛兵長(あのおとこ)だったのは本当に誤算だった。ただの衛兵であれば巡回を理由にそのまま逃げられたが…」

「会場で見た時の態度からして真面目に仕事をするようには思えなかった?」

「フッ…やはり有名だったか。」

「まぁ、むちゃくちゃな奴ですが強い男ですよ。彼は。」

「さて、私は全てを話した。少し、貴様の姿を借りるぞ。」

光の粉が集まり、気品ある女性は医師と瓜二つの姿へと変わった。

「まだ貴女の言葉を信じるとは言ってませんよ。」

「信じるさ。貴様ならばな。」

気品ある女性はそのまま医務室を出ていった。


「さてと…仕方ない、探すか。」

医師は王子の部屋へと続く廊下を探索した。

そこには、ひとつの靴が置いてあった。

物語で知られているガラスの靴なんかでは無く、貧しい掃除婦が履くような…毛皮の靴が。


シンデレラの話を初めて聞いたのがいつだったか?なんてのは誰もが覚えていないと思います。

それほど皆さんに馴染みがある題材ですよね。

ストーリーも単純明快。古い題材なので勿論諸説はありますが、"美人だけど貧しい立場だったシンデレラが偶然出会った魔女を助けて、お礼に魔法で一発逆転ファイナルチェンジして王子様に見初められる"と云うもの。

でも本当の意味で見初めたのは魔女だと思うんですよね。シンデレラの、自分が苦境の中に立たされていても困っている他人(ひと)を決して見捨てないと云う黄金の精神を魔女は感じ取ったんだと思っています。

だからこそ魔法と云う力を使った。奇跡を起こしてみせた。


余談ですが…学生の頃、道に迷っていた私に親切な女性が声を掛けてくれた事がありました。逆だったら、たぶん通報されてますね。



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