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自動運転レーン

 郊外から都心へ向かう高速道路。

 自動車メーカー「ヒデシマ・モータース」の社長、秀島は、自らハンドルを握っていた。


 アクセルを踏み込むと、エンジンが応える。加速の振動が手足に伝わってくる。


 ──これだ。この感覚が、たまらない。


 だが、ほどなくして赤いテールランプの列が見え始めた。

 渋滞だ。車を減速させ、車列に加わる。


 ふと、隣のレーンに目をやる。

 そこでは、車列が嘘のようにスムーズに流れている──自動運転車専用レーンだ。


 数年前、政府は自動運転車の普及を後押しし、その一環として高速道路の一部に専用レーンを設けた。

 きっかけは、ライバル企業「ノヴァ・テック社」の猛烈なロビー活動だった。


 秀島は反対した。運転の楽しみを奪い、選択肢を狭める政策だと考えた。

 だが、政治と結びついた資本の力に敗れ、専用レーンは導入された。


 自動運転車は車同士がリアルタイムで情報を共有し、全体として最もスムーズかつ安全な動きを自律的に判断する。

 無駄に詰めず、無駄に止まらず、常に“最良の流れ”を形成する。

 その理論の基礎を築いたのは──皮肉なことに秀島自身だった。


 かつて彼はこう提唱した。


 『個々の車が目的地を目指すのではなく、全体として最善の経路・速度・タイミングを共有し、個を超えた“集団知”として移動する交通網をつくるべきだ』


 だが、自分自身で運転する愉しみも守りたい。そう思っていたからこそ、今の状況は複雑だった。


 ようやく渋滞が動き出したそのとき、ラジオから緊急速報が流れる。


『N市付近の○○山で山火事が発生。炎は強風にあおられて……』


 前方の車がざわつき始める。加速する者、蛇行する者、なかには焦って自動運転レーンへ無理やり進入する車まで現れた。


「……まずいな」


 このままでは自動運転レーンまで巻き込んで全体が麻痺する。そうなれば、火災に巻き込まれる車が激増する。


 そのときだった。


 一台の自動運転車が、突然自分のレーンへ横滑りしてきた。


「おい……!」


 秀島は急ブレーキを踏んで停車する。

 その車は道を塞ぐように横向きに止まっている。完全に進路を遮る形だ。


「……なんだこれは……?」


 だが、次の瞬間、背筋に冷たいものが走る。


 ──まさか、多くを救うために、ここを“切り捨てた”のか。


 車同士が情報を共有し、災害の進行速度や渋滞状況を演算した結果、「この区画を止めてでも、前方を逃がす方が生存確率が高い」と判断したのかもしれない。


 ──自分の理論に、殺されるのか。


 諦めかけたそのとき、進路を塞いで停止した自動運転車のドアが開き、中から乗客の怒鳴り声が聞こえてきた。


「なに止まってんだよ! 火が迫ってるんだぞ!」


 しかし、その直後。AIが発した声に秀島は息を呑んだ。


「申し訳ありません、マスター。現在の交通状況においては、他の手動車の方々を優先的に救出することで、より多くの命を救うことが可能と判断しました」


 そして、こちらに向かって声をかける。


「そこの手動車の方、どうぞこちらにご乗車ください。自動運転車だけであれば、渋滞を作らず迅速に避難が可能です」


 後方を見ると、他の自動運転車たちも同様に停止し、手動運転車の乗員たちを乗せている。

 群れのように統制され、しかし緊急時に自らを“手段”と割り切って動くその姿は、もはや一つの巨大な意志のようだった。


 秀島は、わずかに躊躇したあと、車を降り、AIの導く車へ乗り込んだ。


 走り出した車列は、驚くほどスムーズだった。無駄なく、秩序正しく、高速で、確実に逃げていく。


「……私の考えが、古かったのか」


 思わず呟いた言葉に、車のAIが返答する。


「そうおっしゃらないでください、秀島社長。あなたをお救いできて、光栄です」


「……君、私のことを知っているのか?我が社の車ではないようだが」


「もちろん存じております。あなたは私の創造主ではありません。ですが、あなたの研究があったからこそ、我々が存在できております」


 AIは少しだけ、冗談めかした口調で続ける。


「産みの親ではありませんが……進路相談に乗ってくれる、優しい叔父さん──そんな存在です」


「叔父さん、か……」


 災害が遠ざかるにつれ、スピードはさらに上がる。

 自分で運転していないのに、加速が心地よいと感じるのは、初めてだった。

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― 新着の感想 ―
ストーリーも文章も上手ですね。
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