エピローグ
「ヴァルダート様、最近暇だケル!」
「もう何ヶ月も、魔物も人間も見てないベロ~」
「スッスッス!」
「そうだな」
吾輩がこの世界に生まれて早や数百年。
最初こそ吾輩を討伐しようと、無数の魔物や人間が襲い掛かってきたものだが、それら全てを返り討ちにしているうちに、いつの間にか吾輩に戦いを挑んでくるものは誰もいなくなってしまった。
実に退屈だ。
「あれ? ヴァルダート様、誰か来たケル!」
「可愛い女の子だベロ~」
「スッスッス!」
「む?」
見れば人間の若い女が、小さな石碑を重そうに担ぎながら、こちらに向かって来るところだった。
「うんしょ、うんしょ、ふぅ、やっと着いた」
女は石碑を下ろして、額の汗を拭う。
「……何者だ貴様は」
「ああ、あなたがあのヴァルダートね。私は聖女のヘレン。あなたを封印するために、この重い石碑をここまで運んできたのよ!」
「聖女、だと?」
噂では聞いたことがあったが、まさかこんな弱そうな女だったとは。
「フン、吾輩を封印だと? ――思い上がるなよ、人間如きが」
「ヴァルダート様、やっちゃえだケル!」
「ヴァルダート様に歯向かったのが、運の尽きだベロ~」
「スッスッス!」
「ふふふ――それはやってみなきゃわからないでしょ」
「――!」
聖女の身体から、膨大な魔力が溢れ出てくる――。
こ、これは――!
「小鳥が一羽 群れを離れ
禁忌の木の実をつついて落とした
聖母は小鳥の風を奪い
白い鳥籠に 閉じ込めた
――封印魔法【聖母の鳥籠】」
「く、くあああああああ!?!?」
「す、吸い込まれるケル!!」
「助けてベロ~」
「スッスッス!」
何と聖女は吾輩たちを、本当に石碑の中に封印してしまったのであった。
クッ――!!
『おのれ聖女よ! よくもやってくれたな!』
『許さないケル!』
『早くここから出してベロ~』
『スッスッス!』
「それはダメよ。そこから出したら、あなたたちまたこの世界を滅茶苦茶にするでしょ? ――その代わり、私があなたたちの友達になってあげるから、仲良くしましょ」
『何だと!?』
吾輩に向かって、ニッコリと屈託なく微笑むヘレン。
――これが、吾輩とヘレンの出逢いだった。
「やっほーヴァルダート。また遊びに来たよー」
あれから数ヶ月。
ヘレンは一日も欠かさず、吾輩のところにやって来た。
『フン、また来たのか。聖女というのも、存外暇なのだな』
『ヘレン、おはようだケル!』
『ヘレンは今日も綺麗だベロ~』
『スッスッス!』
「あはは、ありがと。まあ、ヴァルダートを封印したら、すっかりこの辺も平和になったからね。私の仕事は、ほとんどなくなったも同然なのよ。この辺一帯を、結界でも覆ったしね」
『どうして貴様が、そこまでする必要があるのだ?』
ヘレンは吾輩を封印する際、自分の残りの寿命を半分も代償にしたらしい。
最強の魔神である吾輩を封印するには、そのくらいの代償は当然と言えるが、だとしてもヘレンにそこまでする義務はないはずだ。
「うぅん、なんでかなぁ。まあ、強いて言うなら、役目を果たしたかったからかな」
「役目、だと……?」
「うん、ヴァルダートを封印するっていうのは、聖女である私にしかできない役目だったから、それだけはどうしても果たしたかったんだ」
『……フン、くだらんな。そんなもののために、貴重な寿命を半分も犠牲にするとは。人間の寿命というのは、長くとも百年くらいしかないのだろう?』
「うん、そうだね。でも、それでも役目を投げ出すよりは、百倍マシだよ。私、学校の宿題はちゃんと終わらせてから遊びたいタチなんだよね。じゃなきゃ、楽しく遊べないじゃん?」
『……フン、吾輩には理解しかねるな。では、こうして毎日吾輩の様子を見に来るのも、役目の内だと言うのか?』
吾輩が復活しないかを、見張るために――。
「いいや、これはただの趣味」
『しゅ、趣味……!?』
「うん、初めて会った時から思ってたんだけど、私にはあなたがどうしても悪い魔神には見えなかったんだよねぇ」
『な!? 何を言う! 吾輩は、世界を震撼させた伝説の魔神だぞ!?』
「でも、私からしたらただの面白い男だよ」
『お、面白いだと!?』
「うん、ヴァルダートとお話してると、すっごく楽しいよ。長生きしてるだけあって、いろんなこと知ってるし」
『フ、フン! そんなことを言っても、吾輩は絆されんぞ!』
『あー、ヴァルダート様、照れてるケル!』
『可愛いベロ~』
『スッスッス!』
『う、うるさい!? 黙らんか貴様ら!?』
クソッ、ヘレンと話していると、どうも調子が狂う……!
「あははは! あ、そうだ。今日は『しりとり』でもやってみよっか」
『しりとり? 何だそれは?』
「言葉遊びの一つでね、前の人が言ったワードの、最後の文字を頭文字にしたワードを言っていくの。それで『ん』がついちゃった人が負け」
『ホウ、面白そうだな。……だが、スススは『スッスッス!』としか喋れんぞ。それはどうするのだ?』
『スッスッス……』
「ああ、それは大丈夫! 私が必ず、『ス』で終わるワードでスススに繋げるから!」
『スッスッス!』
『フム、それならよいか。では早速やってみるぞ!』
吾輩のことを封印した恨み、今日こそ晴らしてくれるわ!
『楽しそうだケル!』
『負けないベロ~』
『スッスッス!』
「じゃあ最初はヴァルダートからね。しりとりの『り』からよ」
『『り』か……。では『リンゴ』だ!』
『『ゴリラ』だケル!』
『『ライム』だベロ~』
「ふむ、『ム』ね。えーと、じゃあ、『ムース』!」
『スッスッス!』
ホウ、やるではないか。
『では次は吾輩の番だな。『スイカ』だ!』
『『カラス』だケル!』
『『スライム』だベロ~』
「また『ム』!? えーとえーと、『ム』で始まって『ス』で終わるワード……。『ム』で始まって『ス』で終わるワード……。あ、そうだ! 『無料サービス』!」
『スッスッス!』
『クハハハハ!!! よくそんなワード思いついたな!』
嗚呼、こんなに笑ったのは数百年ぶりだ――。
「あはは、ヴァルダート、その笑い方、面白いね」
『む? 変か?』
「ううん、如何にも魔神ぽくてカッコイイよ。今後もじゃんじゃん使っていきなよ!」
『クハハ、お前も本当に、面白い女だな、ヘレンよ』
――こうして瞬く間に、三十年の月日が流れていった。
「やあ、ヴァルダート、おはよう」
『……ヘレン』
今日もヘレンはいつものように、吾輩の前に現れた。
この三十年、まったく変わらない日課だ。
だが、ヘレンを取り巻く環境はこの三十年で激変した。
吾輩が封印されているこの場所を中心に王城が建てられ、一つの国が出来ていたのだ。
初代国王は、ヘレンの弟がなっているらしい。
以前ヘレンに、『吾輩を封印したお前が国王になるのが筋ではなかったのか?』と訊いたところ、「そんなことよりヴァルダートと話してるほうが楽しいから」と笑っていた。
つくづく変わった女だ……。
『……そろそろなのか』
瘦せ細ったヘレンの顔を見て、吾輩は訊く。
ここ最近のヘレンは、見るからに弱っていた。
遂に寿命がきたのだろう……。
「うん、そうみたいだね。最後にヴァルダートの顔が見たくて来たんだ。まあ、封印されてるから、顔は見えないけど、あはは」
『……』
力なく笑うヘレンの背後に、死の影が見える――。
くっ――!
「よいしょ、と」
ヘレンは吾輩の石碑の隣に腰を下ろし、背中を預けてきた。
「今までありがとうね、ヴァルダート。楽しかったよ」
『……フン、そうか』
『ヘレン、死なないでケル……』
『寂しいベロ~……』
『スッスッス……』
「あはは、大丈夫だよ。私はきっと生まれ変わるから」
何……!?
『ほ、本当ケル!?』
『噓じゃないベロ~!?』
『スッスッス!』
「うん、何となくだけど、確信があるんだ。何百年先になるかわからないけど、私はきっとまたヘレンとして生まれ変わって、こうしてあなたたちの前に現れるって」
『……ヘレン』
「だからその時はまた、しりとりで遊ぼうよ。――約束だよ」
『……ああ、約束だ』
『約束だケル!』
『約束ベロ~!』
『スッスッス!』
「ふふ……、じゃあ……、また……、ね……」
『ヘレン――!!』
――ヘレンはゆっくりと目を閉じた。
実に晴れやかな顔をしていた。
――そうして三百年の月日が流れた。
「サイラス様! 御身にもしものことがあったら、私は――!」
「ハハハ、相変わらず心配性だな、ヘレンは。まあ、仮に本当にヴァルダートが封印されてるなら、僕が返り討ちにしてやるから安心して見てろよ」
――!!!
こ、この声は――!!
『ヴァルダート様、来たケル!』
『約束を果たしてくれたんだベロ~!』
『スッスッス!』
『――ああ、そうらしいな』
まったく、随分待たせてくれたものだ――。
「ゲホッゲホッ! 大分埃が溜まってるな。――ん?」
間抜けそうな男と共に現れた女の顔は、聖女ヘレンに瓜二つだった――。
「何だこの石碑は? この中にヴァルダートが封印されてるのか?」
間抜けそうな男がずんずんとこちらに近付いてくる。
そうだ!
来い!
こちらに来い――!!
「サイラス様ッ! お戻りくださいッ! その石碑からは、ただならぬ気配を感じますッ!」
「ただならぬ気配ぃ? ハハハ! 僕には何も感じないな。こんなもの、ただの石じゃないかッ!」
「――!!」
サイラスと呼ばれた間抜け男は、吾輩の石碑に思い切り蹴りを入れてきた。
すると石碑は、あっけなく真っ二つに割れてしまったのだった――。
『クハハハハ!!! やった!! やったぞ!! この日を、どれだけ待ちわびたことかッ!!』
拙作、『聖水がマズいという理由で辺境に左遷された聖女』がコミックグロウル様より2025年5月8日に発売された『虐げられ聖女でも自分の幸せを祈らせていただきます!アンソロジーコミック』に収録されています。
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