第5話:公爵令嬢とドラゴン
「クハハハハ!! どうだヘレン、楽しいだろう?」
「うわわわわわ!?」
物凄い速さで風景が流れていく。
下に見える羊の群れが豆粒みたいな大きさになっていることからも、相当な高さを飛んでいることが窺える。
こ、こんなの、落ちたら一溜まりもないわ……。
「ねえヴァルダート! もっとゆっくり、低い位置を飛んでちょうだい! これじゃ危険だわ!」
「クハハ! 吾輩と一緒にいる限りは、世界一安全だから心配は無用だ」
「そ、それはそうかもしれないけど……」
でも怖いものは怖いのよ!
「ひゃあ~、風が気持ちイイケル!」
「空気も美味いベロ~」
「スッスッス!」
このスピードについて来られるあたり、ケルルとベロロとスススも、可愛い見た目に反して相当な力を持ってるみたいね。
流石伝説の魔神の使い魔だわ。
「ゴガアアアアアアアアアアアアアアア」
「――!?!?」
その時だった。
突如視界が暗くなったかと思うと、私たちの目の前に、全身が赤黒い鱗に覆われた、巨大なドラゴンが出現した。
えーーー!?!?!?
ドラゴンはその雄大な翼を羽ばたかせ、優雅にホバリングしている。
こ、この容姿は、まさか――!!
「これは――伝説の魔獣アブソリュートヘルフレイムドラゴン!」
「ホウ? 知っているのかヘレン」
「ええ、その口から吐く灼熱の炎は、如何なるものも灰燼に帰すと言い伝えられている、極めて凶悪な伝説の魔獣よ。……でも、生息地はもっと山奥だったはず。それが何故、こんな国境付近に……」
「クハハ、大方吾輩の膨大な魔力を察知して駆けつけたのだろう。所謂縄張り争いだ」
「そんな――!?」
じゃあヴァルダートと一緒にいる限り、ずっとこんな危険な目に遭うということ!?
「ゴガアアアアアアアアアアアアアアア」
「――!!!」
アブソリュートヘルフレイムドラゴンはその巨大な口を開くと、そこから灼熱の炎を吹き付けてきた。
嗚呼――!!
「クハハ! 案ずるなヘレン」
「っ!!?」
が、ヴァルダートは左腕だけで私を抱き直すと、右の手のひらを前方に突き出した。
すると――。
「ゴガアァ!?!?」
「なっ!?!?」
それだけで炎は跡形もなく消え去ってしまったのである――。
す、凄い……。
これが、ヴァルダートの力――。
「フン、伝説の魔獣とはいえ、所詮はこの程度か。――どれ、吾輩が真の炎というものを見せてやろう」
「――!」
ヴァルダートが右の手のひらを上空に向けると、そこに禍々しい魔力が集約していく――。
これは――!
「愚かな羊は歩みをやめ
天に吠え 地を穢した
神は怒り 目を閉じると
裁きの火が百二十日降り注いだ
――獄炎魔法【断罪の火球】」
「ゴガアアアアアアアアアアアアアアア!?!?」
「――!?!?」
天から降り注いできたアブソリュートヘルフレイムドラゴンの体積の数倍はある火球が、アブソリュートヘルフレイムドラゴンに直撃した。
火球は瞬く間にアブソリュートヘルフレイムドラゴンの全身を焼き尽くし、後には塵一つ残ってはいなかった――。
「クハハ、大分なまっているようだな。まあ、久しぶりならこんなものか」
「ヴァルダート様、カッケェケル!」
「やっぱヴァルダート様が世界一だベロ~」
「スッスッス!」
「どうだヘレン、吾輩といれば安全だと言っただろう?」
「――!」
またしても鼻と鼻がつきそうなくらいの距離まで、美顔を寄せてくるヴァルダート。
はわわわわわわ……!?
「そ、そうね……! まあ、実力は認めてあげてもいいわ」
「クハハハハ!! 素直ではないなぁ」
う、うるさいわね!
ああもう、なんで私こんなに、胸が高鳴ってるのかしら……。