第4話:公爵令嬢と結界
「ヘレン様、申し訳ございません! 我々はここで引き返すように命じられておりまして……」
「本当はもっと安全な場所までお送りしたいところなのですが……」
国境まで私を送り届けてくれた二人の護衛の方が、奥歯を噛みしめながら俯く。
このお二人は、以前理不尽な人事で護衛の仕事をクビになりかけていたところを、私がお助けして以来、何かと私のことを気に掛けてくれているのだ。
今日も魔神に呪われて追放された女を国外まで移送するという、厄介極まりない仕事を、率先して引き受けてくれた。
こんな真面目な人たちがいるなら、まだまだ我が国も捨てたものではないわね。
……まあ、今日で私はもうこの国の人間ではなくなったのだけれど。
「ありがとうございます。そのお気持ち、とても嬉しいです。ですが、お二人が命令違反をして職を失ってしまうのは、私の本意ではありません。どうかお二人はこれからも、ご自分の役目をしっかりと果たしてくださいませ」
「ヘ、ヘレン様……!」
「くっ、あの日助けていただいた御恩は、一生忘れません……!」
お二人は涙を必死に堪えながら私に背を向け、持ち場に帰って行った。
――さて、と。
私は国境に張られている、半透明な結界をじっと見つめる。
この結界は数百年前に我が国が建国された際、伝説の聖女様が張られたものらしい。
凶悪な魔物を退ける力があるらしく、この結界のお陰で、我が国は長年平和を維持できているのだ。
だが、この結界から一歩でも出ると、そこは弱肉強食の死と隣り合わせの世界。
ハッキリ言って、命の保証はないだろう……。
でも、かといって今更引き返すわけにもいかない。
ここで私が戻ったら、今度こそあの護衛のお二人はクビになってしまうでしょうから。
私はフウと軽く息を吐いてから、結界の外に足を踏み出した――。
――すると。
「ク、クハハハハ!!!! ハーッハッハッハッハッハッハッハッハ!!!!」
「っ!?」
ヴァルダートの人魂が見る見るうちに人の形になり、それは頭に禍々しい二本の角が生え、背中には三対のコウモリの羽のようなものが生えた、黒髪の美丈夫の姿になったのである。
えーーー!?!?!?
「も、もしかしてあなたが、ヴァルダート……?」
「クハハ! その通りだヘレンよ。どうだ? 吾輩はなかなかにイケメンだろう?」
「――!」
ヴァルダートが鼻と鼻がつきそうなくらいの距離まで、顔を寄せてくる。
なっ!?
「きゅ、急に近寄らないでよ!?」
私は慌ててヴァルダートから離れる。
絵画でしか見たことがないような、芸術的な美顔をあんな至近距離で見せられ、男性にあまり免疫がない私の心臓がドクドクと早鐘を打っている。
「クハハ! いいリアクションをするではないか!」
「……面白がってるでしょ、あなた」
やっぱりコイツは、凶悪な魔神だわ。
「うおおお!! やっと自由になれたケル!!」
「久しぶりのシャバだベロ~」
「スッスッス!」
「――!」
今度はケルルとベロロとスススの人魂が、背中に小さなコウモリの羽のようなものが生えた、三匹の黒い子犬に変化した。
三匹はその小さな羽で、パタパタと私の周りを飛んでいる。
か、可愛い……!
「あなたたちが、ケルルとベロロとスススなのね!」
「そうだケル! オレがケルルだケル!」
「ボクがベロロだベロ~」
「スッスッス!」
「嗚呼――!」
大の犬好きな私は、思わず三匹を纏めてギュッと抱きしめる。
「アハハ! ヘレン、くすぐったいケル!」
「でもヘレンの匂い、落ち着くベロ~」
「スッスッス!」
嗚呼、私も幸せよッ!
「……オイ、ヘレン、あまりソヤツらにくっつくでない」
「っ!」
ヴァルダートが三匹から私を引き剝がし、私のことをギュッと抱きしめてきた。
ふおっ!?
「アハハ! ヴァルダート様、ヤキモチ焼いてるケル!」
「男の嫉妬は見苦しいベロ~」
「スッスッス!」
ヤ、ヤキモチ!?
ヴァルダートが、私に??
「……フン、まあいい。久しぶりに自由になったのだ。まずは軽く、空の散歩といこうではないか」
「え? キャッ!?」
その時だった。
ヴァルダートはおもむろに私をお姫様抱っこすると、そのまま三対の羽を羽ばたかせ、空へと飛び立ったのである。
えーーー!?!?!?