第2話:公爵令嬢としりとり
『なあなあヘレン! 今日は吾輩、城の外に出てみたいぞ!』
『オレも出てみたいケル!』
『ボクもベロ~』
『スッスッス!』
「ダメよ。何度も言わせないで。あなたのせいで私は、ほとんど軟禁状態になってるんだから」
私がヴァルダートに呪われてしまってから数日。
ヴァルダートが封印されていた王城の東棟から出ることを許されなくなった私は、今日も東棟の中を、当てもなくぶらぶらと一人で歩いていた。
何気なく窓の外に目を向ける。
すると――。
「あっ、サイラス様」
「ヒッ!?」
偶然窓の下の中庭を歩いていたサイラス様と目が合った。
――が、
「ヒ、ヒイイイイイイイイ!!!!」
サイラス様は私の顔を見るなり、またしても物凄い速さで逃げて行ってしまった。
サイラス様……。
『クハハハハ! あんな腑抜けが婚約者とは、随分難儀だなヘレン? まるで身体だけがデカくなった、ただの子どもではないか』
『オレあいつ嫌いだケル!』
『ボクもベロ~』
『スッスッス!』
「……でも、サイラス様の婚約者であることが、私の役目だから」
『役目、か。そんなもの、投げ出してしまえばよいではないか』
「そういうわけにはいかないわ。――与えられた役目はしっかり果たす。それが、私の矜持だから」
『……フン、そうか』
「?」
ヴァルダートの人魂からほんの少しだけ寂寥感が漂ってきたような気がしたけど、私何か変なこと言ったかしら?
『ヴァルダート様、オレ暇だケル!』
『何かで遊びたいベロ~』
『スッスッス!』
ケルルとベロロとスススが、いつものように騒ぎ出す。
この三匹はヴァルダートの使い魔らしいのだけれど、遣り取りを見ている限り、使い魔というよりはただの友達に近いように感じる。
『クハハ! よおし、では今日も、しりとりで遊ぶとするか!』
『やったケル!』
『しりとり大好きだベロ~』
『スッスッス!』
「ええ、またなの!?」
ヴァルダートは異様にしりとりが好きで、毎日それしかしないのだ。
まあ、封印が解かれたとはいえ、ヴァルダートはまだ完全に復活したわけではないらしく、人魂として私の周りを漂うことしかできないので、しりとりくらいしか遊ぶものはないのだけど……。
『では吾輩からいくぞ。しりとりの『り』だな。『リンゴ』!』
『『ゴリラ』だケル!』
『『ライム』だベロ~』
「え、えーと」
『ム』かぁ。
『ム』で始まるワードといえば――。
あっ、そうだ!
「『ムース』!」
『スッスッス!』
スススは『スッスッス!』としか喋れないので、私はスススに繋げるために、毎回『ス』で終わるワードをチョイスしなければいけないのだ。
このしりとり、私だけ負担大きすぎない?
『クハハ! 次は吾輩だな。『スイカ』!』
とはいえ、ヴァルダートも毎回『ス』から始まるワードしか言えないので、私ほどではないにしろ、負担は相当なものだろう。
だというのに、一度も悩んだことがないので、伊達に長生きはしていないらしい。
『『カラス』だケル!』
『『スライム』だベロ~』
「また『ム』!?」
そんなに『ム』で始まって『ス』で終わるワードなんてないわよ!?
うぅ……!
でもそれじゃしりとりが終わっちゃうし……。
これは私の役目なんだから、絶対に諦めるわけにはいかないわ――!
考えなさい。
考えるのよヘレン。
『ム』で始まり、『ス』で終わるワード――。
――そうだわ!
「む、『無料サービス』!」
『スッスッス!』
『クハハハハ!!! やるではないかヘレン!』
ハァ、疲れた……。
フフ、でも、ちょっとだけ楽しいかも。
こんな感じでヴァルダートたちとの日々は、騒がしくも穏やかに過ぎていった――。