第1話:公爵令嬢と開かずの間
「ヘレン、ただ今をもって、君との婚約を破棄する!」
「「「――!!」」」
王家が主催する夜会の最中。
私の婚約者であり、我が国の王太子殿下でもあらせられるサイラス様が、突如そう宣言した。
そ、そんな――!
「……恐れながらサイラス様、理由をお聞かせいただけますでしょうか」
「フン、理由など言わなくともわかるだろうッ! 君の周りを飛んでいる、ソイツらだよッ!」
あ、あぁ……。
『クハハハハ! よかったではないかヘレン! これでやっと、子守から解放されるな』
『オレたちのお陰ケル!』
『感謝してもいいベロ~』
『スッスッス!』
私の周りにふよふよと浮かんでいる四つの人魂から、陽気な声が響く。
どうしてこうなってしまったのかしら……。
――話は二週間ほど前に遡る。
「サイラス様! 危険です! 引き返しましょう!」
「まあまあ、どうせ迷信に決まってるって。黙って僕について来いよ」
サイラス様に半ば強引に手を引かれ、王城の奥深くにある、『開かずの間』の前まで来た私。
ここには数百年前、この世界を震撼させた『魔神ヴァルダート』が封印されているという言い伝えがあるので、絶対に近付いてはならないと厳命されているのだ。
「サイラス様! 御身にもしものことがあったら、私は――!」
「ハハハ、相変わらず心配性だな、ヘレンは。まあ、仮に本当にヴァルダートが封印されてるなら、僕が返り討ちにしてやるから安心して見てろよ」
ドヤ顔でそう言うなりサイラス様は、コッソリ盗んできた鍵で開かずの間の扉を開けてしまった。
嗚呼――!
「ゲホッゲホッ! 大分埃が溜まってるな。――ん?」
重苦しい空気が充満している薄暗い部屋の中心には、私の腰くらいの高さの、小さな石碑が鎮座していた。
あ、あの石碑から溢れ出ている禍々しい波動――!
やはりあの中には――!
「何だこの石碑は? この中にヴァルダートが封印されてるのか?」
サイラス様は無警戒に、石碑にずんずん近付いていく。
「サイラス様ッ! お戻りくださいッ! その石碑からは、ただならぬ気配を感じますッ!」
「ただならぬ気配ぃ? ハハハ! 僕には何も感じないな。こんなもの、ただの石じゃないかッ!」
「――!!」
サイラス様は石碑に思い切り蹴りを入れた。
すると古びた石碑は、あっけなく真っ二つに割れてしまったのだった――。
そ、そんな――!!
『クハハハハ!!! やった!! やったぞ!! この日を、どれだけ待ちわびたことかッ!!』
『やったケル!』
『ヴァルダート様、おめでとうだベロ~』
『スッスッス!』
「――なっ!?」
すると割れた石碑の中から、言葉を話す四つの人魂が出現したのである――!
『クハハハハ! 貴様が今の、この国の王子か? よくぞ吾輩の封印を解いてくれた。褒めてつかわす』
「ヒッ!?」
四つの中で一際大きい人魂から、低音で圧の強い男性の声がする。
あれがヴァルダート……!?
でもこの声、どこかで聞いたことがあるような……?
『さて、たっぷりと礼はせねばなぁ!』
『するケル!』
『するベロ~』
『スッスッス!』
「ヒイイイイイイイイ!?!?」
四つの人魂がサイラス様を襲う。
――クッ!
「サイラス様!」
「ヘレン!?」
私はサイラス様を庇うように、両手を広げてサイラス様の前に立った。
すると――。
『クハハハハハハハハ!!!!!!』
「ああっ!?」
「ヘ、ヘレエエエン!!!!」
四つの人魂が、私の身体に入ってきた――。
「う、うぅ……!」
「ヘレン!? 大丈夫かヘレン!?」
『クハハ! 安心しろ。吾輩はこの女には、危害は加えん』
「なっ!?」
だがすぐに四つの人魂は私の身体から出てきて、私の周りをふよふよと浮遊し始めたのである。
確かに、特に身体に変化はないみたいだ。
「ヒ、ヒイイイ!?!? よ、寄るな、化け物おおおおおお!!!!」
「サイラス様ッ!?」
サイラス様は涙と鼻水を垂れ流しながら、開かずの間から逃げ出してしまった。
サイラス様……。
『クハハハハ! ヘレンといったな? これからよろしくな』
『よろしくケル!』
『よろしくベロ~』
『スッスッス!』
「……」
こうして私は、伝説の魔神に呪われてしまったのであった――。