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「本を買ったんですね?」


私が紙袋から本を取り出すと、目の前にいた悪魔が言ってきた。興味があるらしい。6畳の狭い部屋に2人だと何だかキツキツで、圧迫感がある。


「そうだよ。珍しく恋愛小説を買ったんだ。私も瑞々しい気持ちになりたくてね」


ほとんど恋愛小説を敬遠してきたと言っていい。有名作品は全部読んでないし、私が最後まで恋愛小説を読めた例は一度たりともなかった。

職場の先輩に、恋愛ドラマを見たほうがいいと言われるレベルな私は容姿の整った異性と接するたびに何とも言えぬ気まずさを感じ、それから逃れるために距離をとることを進んでやってきた。そのせいか出会いは皆無だったのだ。


悪魔はキラキラと目を輝かせて、「いい兆候ですね!」と威勢のいい声でいう。悪魔にも恋愛をすることはいいことだという思考があるらしい。


「この調子で新しい出会いを見つけるために、なにか始めては?」


「それはこの小説を読んでからにするよ」


「素晴らしいです。人間の人生は楽しむためにあるのですよ」



10分後〜



「だめだ…、共感できない…

あまりにも私と違いすぎて、話が入ってこない…」


私には恋愛小説を読む段になると必ず壁になる、人と自分を比べてしまうという最大の欠点があった。この恋愛小説の会社員は、パンプスなぞを履いていて、受付嬢として働いている。女性性を存分に発揮した女性ならば誰でも憧れる存在ではないか!

それがどうだ?風俗をやって、病気になったぼろぼろの私が手が届くはずもない。この落差!体を張って仕事を継続しようとした私は何だったのだ…。私の努力をするすると凌駕する恋愛小説の主人公の存在。

これは完敗だった。スムーズに進む男性との会話も違和感なく読めたのだが、それを読んだあとに襲う我が身の惨めさが心を抉るほどだった。これは容姿が整っているからこそ成り立つ物語なのだ。私のような泥臭い女にこんなおしゃれな出会いを起こす確率は1%もなかった。


「どうしたのですか?」


悪魔が体育座りして聞いてきた。この悪魔も律儀に私の話を聞いてくれるなんてなんていいやつなんだろう。


「私こんな恋愛したことない…。これからこんなことが起こるなんて思えない。私の人生に希望を生み出さないでほしい」


「これは作り物だからこそ面白いのですよ。

読みやすく、共感しやすいように作者が作ったから娯楽なんですよ」


「そんなのわかってるよ…。娯楽だから読ませて楽しませることを目的にしてるけど、私が読んでいいやつじゃなかったんだ…」


なぜこんなにも読んでいるとざわざわするのだろう。ある人にとってはこの物語は、自分の物語といえるほどに身近なものなのではないかと思えてくる。私の生き方が淡々としすぎていたから、何もないのだろうか。


「私がやったのは死ぬつもりだったからあんな事やったんだよ。死に近づくとそういう真っ当な仕事ではないことをしてしまうんだよ」


「どんどん悪事にはまっていく。まあ、真実ではありますね」


「ある小説で言ってた。自分がいい人と知っている人間は悪いことをしないって。つまり私はいい人間だと思ってなかったから、悪いことをしてしまったということ」


「人間はある境界線を越えると善悪を超越した新たな段階に踏み込むんです。そこは常識が通用しない世界。何でもありな混沌とした世界です。殺人を犯した人間が罪を悔やむのは、その混沌の世界に耐えられないからです。人間ではないもの、獣とも違う存在に耐えられないから。許されないのに祈るのは、許してもらいたいという願望があるから。そこにあるのも優越なんですよ。私だけが許されるかもしれないという希望が行為者を行動させる」


「もうそんなことはしないって思って祈るんじゃない の」


「そういう人間もいますが、少ないでしょうね。彼らは自分が不幸だからそうしたと思っている。自分が幸福であったらこんなことはしていないというでしょうね」


「不幸だからって何でもしていいの?」


「ある人間が上司に怒られた腹いせに、自分の部下に八つ当たりした。子供でもいいでしょう。人間は自分が不幸な時に、幸福そうな顔をしている人間が疎ましくてしょうがないんですよ」


「そうなの?」


「それじゃあ、もうちょっと詳しくいいましょう。

あなたがこうやって不幸な状態に陥ってるとして、そこに昔の友達が連絡をしてきた。彼女は結婚するという連絡をわざわざしてきた。今、彼氏と別れて、風俗もできなかった惨めなあなたは友達を祝福できるでしょうか」


「我慢すればできるんじゃない?」


「我慢すれば、どこかに無理が生じるでしょう。あなたはこう思うはず。なぜ、こんなタイミングに友達が結婚の知らせをしてくるんだ。運が悪いにもほどがある。私は何も失ったのに、どうして彼女は手に入れられるんだと」


「努力してきたからじゃない」


「まあ、その場合もありえる。不公平なのをわかってる人間は利口ですよ。でもわからない人間もいるんです。不公平なのはおかしいって腹を立てる人間もいるってことなんですよ」


「だからって殺すとこまでいくのかな?」


「その時の本人の感情次第ですかね。ここまでやったのに、こう終わらせてたまるかって思ったり、復讐するために殺したり、発見されない自信があるから殺す場合もあるでしょうし」


「殺したらすっきりするのかな」


「一瞬だけだと思いますけどね。後片付けをしなければいけないし、自分が犯人じゃないという証拠固めをしないといけないし、やることだらけです。面倒くさがりにはできないでしょうね」


「私は社会に出たら殺されそうだよ…」


「その時はその不運を呪いましょう」



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