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なんのために生きてるのかわからない。
社会不適合で仕事が続かない。
夜のお仕事もしたけど、病気になってそれも辞めちゃった。
もう私にできることってないのかな…。
「落ち込んでますねー。大丈夫?」
6畳半のアパートのベットで大の字に寝ていると耳元から男の声が聞こえた。明るい調子の声で、前に付き合っていた男とは違う快活な声だった。
「かわいそうに…、風俗もうまくいかなくて、普通の仕事もできず、何をやってもうまくいかない。もう人生が真っ暗みたいだ」
その通りだった。もうあらかた自分ができそうな仕事はやったつもりだったが、全く続かない。色々なことに不満を抱いてしまい、辞めることの繰り返しだ。自分が我慢強くないのは実感してる。世の中でそんないい仕事はないってことなのかもしれない。
「挑戦者ではあるけど、継続的に続ける力がないんだなあ。まあ、飽きやすいんでしょう」
男がズケズケと痛いところを突いてくる。もうやめてと言おうとしたとき、手に肌の感触があった。
もみもみと指を揉み込んでいる。なんなんだ、この男。
「もう傷つかなくていいようにしたいけれど、このまま死なせるのもかわいそうだ。僕が手を貸しましょう」
「あんた、だれ」
「僕は悪魔です。人と契約をして、永遠の命と引き換えに願いをかなえてあげることができますが、あなたを見ていると可哀想で惨めにしか見えないので、なんだか契約する気になれないのですよね」
「かわいそうに見える?」
「とても…。元彼氏にも言われたんでしょう?
ボーナスでオッパブとキャバクラに夜行ってくるから気にしないでねと…」
「なんで知ってるのよ…」
恥ずかしい過去だ。付き合っていた男が風俗やキャバクラ通いをしていたのだ。あいつ、貯めたお金は二人のお金だと始終言ってたくせに。
男がするりと私の左手を2つの手で握った。とても冷たい手だった。
「あまりにもかわいそうで、この僕も同情しちゃいましたよ。あなたのような行動家を僕は見殺す事ができない。あなたが願う限り、僕が一緒にいてあげましょう!」
「あんた、馬鹿にしてるでしょう」
「滅相もない。僕はあなたのようにいろいろな壁にぶつかりながら進むことをやめない人間が大好きだ。それが破滅に向かっていようが、あきらめないその心が僕を奮い立たせてくれる!いや、破滅に向かうから僕は好きなのか…」
「もう死にたいよ…」
「人生はつらいものです。弱者にはなおさら…。
私が守護悪魔としてあなたをお守りしましょう。あなたの今の寂しさもとろけさせるような満足に変えてみせます!」
「悪魔ついてたら、ますます厄がありそう」
「そんなことはありません!あの悪魔つきだって幸せだったことでしょう?」
「見えないよ。気持ち悪くなって、化け物みたいな声で叫んでるだけじゃん。あと、体を蜘蛛みたいにさせて走り回ったり」
「あれは、ご本人が望んだことです…。」
「あれ絶対悪魔が乗っとってやったんだと思ったよ」
エヘンと大きな咳払いをした悪魔は、私がうつ伏せになっているベットの下に寄りかかるように座っていた。悪魔というからには、コウモリの翼や長いしっぽがあると思っていたが、何もついていなかった。
黒のスーツ姿をしている。
「人生はつらいものです。それを少しでも僕と話すことで和らげばいいのですが」
「悪魔はいつも何してるの」
「私たちはいつも契約できそうな相手を探しています。永遠の命と引き換えに一つの願いを叶えてあげるんです。契約完了後に僕たちは契約者の人生全てを頂きます」
「私も悪魔みたいな仕事がしたかった」
「僕たちも大変なんですよ、人選を間違うと契約が成り立ちませんからね」
再び悪魔は私の指を両手で握るとぷにぷにとマッサージを始めた。
「こうやるだけで気分が安らぎますでしょう?」
「ちょっとね」
「もう今はなにも考えなくてもいいんですよ」
「どうしてこんなにうまくいかないのかな」
「焦っているからでは?」
「焦っている自覚はないんだけどな」
「物事は一つ一つ処理するのが一番の近道です」
「わかってるんだけどね」
悪魔に手をマッサージされていたら、いつの間にか寝てしまっていた。