祈ってたら絶望した兵士が乱入してきて話しかけられたけど、どう考えても解決策がない件
Shokuzai to wa, tsumi o tsumugi, kiyomeru koto o imi shimasu. Shukyoteki na gainen to shite wa, kami ya koji no sonzai ni taishite tsumi o mitome, sono daisho o harau koto de yurushi o eru koto o sashimasu.
教会の鐘が鳴っていた。それは誰かが意図して鳴らしたものではなく、砲撃によって崩れかけた鐘楼が、吹き込む風に揺られ、ひとりでに音を奏でているのだった。鐘の音は、まるでかつてこの地にあったものの名残のように響いた。あるいは、死者たちの魂が震わせる最後の声なのかもしれない。
街は焼かれていた。家々は崩れ、広場には砕けた石畳が散らばっている。道端には動かぬ者たちが横たわり、その誰もが何かを訴えるような表情を浮かべていた。戦争はここにもやってきた。そして、すべてを奪った。
その街の片隅に、まだ崩れきっていない教会があった。とはいえ、かつての荘厳な姿はそこにはない。祭壇は壊れ、聖母像は顔を失い、壁には爆撃の衝撃で生じた亀裂が走っている。天井の一部は崩れ落ち、瓦礫の隙間から、鈍色の空が覗いていた。
その教会の中央に、ひとりの乙女がいた。痩せ細った身体を覆う衣は汚れ、肌は煤にまみれている。彼女は膝をつき、手を組み、祈っていた。だが、それは神へと向けたものだったのか、それとも、ただ何かに縋りつくような行為にすぎなかったのか──もはや、彼女自身にも分からなかった。ただ、祈ることしかできなかった。
かつてこの教会には、人々の祈りの声が満ちていた。日曜日には讃美歌が響き、神父は祝福の言葉を与え、幼子たちは天使のように微笑んでいた。しかし、戦争がすべてを変えた。最初の砲撃が街を襲ったとき、信徒たちは逃げ惑い、ある者は倒れ、ある者は命を失った。神父は教会に留まり、最後まで人々を導こうとしたが、その遺体はとうに埋もれ、今や誰もその名を口にする者はいない。
乙女は、それでもここにいた。なぜか。行くあてがなかったからか。神を信じていたからか。それともただ、祈ることしかできなかったからか。もはや、祈ることに意味があるのかどうかさえ分からない。それでも、彼女は手を組み続けた。
やがて、教会の扉が軋みを立てて開いた。
そこに立っていたのは、一人の兵士だった。異国の軍服に身を包み、銃を肩に掛けている。彼はこの街を焼き、蹂躙し、占領するためにやってきた者たちのひとりだった。
兵士はしばらく乙女を見下ろしていた。祈る姿を眺めながら、何かを考えているようだった。やがて、静かに口を開いた。
「こんな状況でも、まだ祈っているのか?」
乙女は答えなかった。ただ、その問いの意味を測るように、ゆっくりと目を開けた。
兵士は続ける。「何のために?」
乙女は、唇を開きかけた。しかし、何も言わなかった。彼女自身、その問いに答えられなかった。
兵士は嘲るように笑った。「お前の神は、とうにこの地を見捨てたのではないか」
乙女は、それでも手を組んだままだった。
「俺たちは贖われるのか?」兵士は、ふと呟いた。それは乙女に向けた問いではなかった。それは、彼自身への問いだった。
兵士は戦争の中で多くのものを見てきた。焼かれる村、叫ぶ女、死にゆく子供、冷たく横たわる仲間たち。最初に命を奪ったとき、彼は震えていた。それが義務だと知っていても、手が震え、吐き気をこらえきれなかった。だが、いまは違う。殺すことに、もはや何の感情も抱かなくなっていた。
それでも彼は、時折思うことがあった。
──俺たちは、何をしているのか?
それを考え始めると、戦えなくなるから、仲間たちは皆、その問いを封じ込めた。だが、この廃墟の中で、祈る乙女を目の前にしたとき、兵士はその疑問を押し込めることができなかった。
「お前は……俺たちを赦せるのか?」
兵士は、思わず問うた。
乙女は、ただ静かに首を振った。
「そうか……」
兵士は目を伏せた。彼は手を伸ばし、銃を握り直した。引き金を引けば、一瞬で終わる。そうすれば、この女の祈りも、苦しみも、すべて無に帰す。
だが、兵士は撃たなかった。
彼は、そっと銃を下ろした。
「……行け」
兵士は言った。乙女は動かなかった。
「ここはもうすぐ崩れる。お前も死ぬぞ」
それでも、乙女は祈る手を解かなかった。彼女は、どこへも行くつもりがなかった。
兵士はそれを見て、何も言わずに踵を返した。
彼が教会の扉を押し開き、そこから出ようとしたとき、背後で乙女の囁くような声が聞こえた。
「……あなたも、贖われることはない」
兵士は立ち止まった。しかし、それ以上何も言わなかった。ただ、静かに歩き去った。
教会の鐘は、まだ鳴っていた。まるで世界の終焉を告げるかのように、風に揺られ、ひとりでに響いていた。
そしてやがて、その音も消えた。
鐘が鳴る!
砲火の風が揺らし、響き渡る空。
それは祈りか?それとも叫びか?
街が燃える!
崩れた家々、沈黙する道端の影。
この炎は罪を焼き尽くせるのか?
兵士は問う!
「お前はまだ祈るのか?」
乙女はただ、手を組み、目を閉じる!
赦しはあるか!
神は応えるのか。鐘の音は、ただ、果てなき沈黙に溶ける!
そして、鐘は消えた!
祈りは残り、戦火は続く。贖罪なき世界で……