bury bloom me
深桜様との、月に一度のテーマ小説。
今回は、『卒業』です。
言葉の魔術師のような沙羅と、秀逸で雄渾な頼もしいお兄さんと。
東京のとある桜と梅の木の下での2人のお喋り卒業物語☆
「お兄さん、お名前は?」
「言いたくねぇ。お前が先に名乗りなさい」
「沙羅だよ」
「もしかしてお前には双樹という名前の姉がいないか?」
「残念、病弱だけども、兄でした」
「微妙に嬉しい!」
日曜の昼下がりだった。
俺は、梅の花がもう少しで満開になりそうな、そんな大きな木の下で1人の少女と意味不な会話から談話を始めようとしていた。
「お兄さんもしかして、優柔不断でお人好し、意志薄弱、石部金吉、短慮軽率で猪突猛進などっかの主人公みたいな性格ですか?」
「待て待て、お兄さんはお兄さんでも見た目は大人、頭脳は中2だから」
「素晴らしいと思います!」
「ありがとう」
「明朗快活無欲恬淡、春風駘蕩寛仁大度、天衣無縫気宇壮大、温厚篤実エキセントリックな私は感激ですっ」
「漢検上級レベルの四字熟語を2つ続けて並べるな、そして最後をどこかの歌の歌詞みたいにするんじゃない! どこぞの闇医者でもそんな使い方はしねぇよ!」
「ところでお兄さん、私には悩みがあるんです」
「ほほう」
「青春時代だからということで、私、家族の中で一番はだがぷるぷるしてないんです、末っ子なのに」
「ほほう。皮膚の炎症性疾患のことか」
「はい、挫創とも呼ばれます」
あ、アクネともいいますね。
沙羅は付け足す。
凄いこと知ってんな。
口には出さない、それが俺。
彼女はさらに挫創について語り始めた。
「ほほう、それで?」
「お兄ちゃんもお父さんもお姉ちゃんもみんな肌が綺麗です。お父さんがかなりすべすべなんですよー」
「素晴らしい血筋だな。沙羅もそんなに荒れてない気がするが。ん、母はどうした」
「あぁ、いませんよ。会いたくないけど声は聴いてみたいですね。今頃どこにいるんでしょう。そういえば離婚しても生死って私問えますかね」
「サラッと面白い冗談を言うな」
「いえ、私はいつでもお兄さんには本気です」
「ついさっき出会ったばかりだが。で、お姉さんの名前は何というよ」
「菩提樹です」
「惚れた!」
「すみません、冗談です。なんせ、私の家は仏教徒なもので」
「俺にはいつも本気じゃなかったのか……?」
「家族の名はやはり私的領域に関わることだと思いまして」
「双樹君は可哀相だ……」
「お兄さんはどこぞの鬼のお兄ちゃんみたいな反応で面白いです」
笑い合いながら、沙羅の、短くお洒落に切りそろえられた黒髪が春風によって揺れる。
春という季節になったとはいえ、言葉だけでまだ冷える。
あぁ、春と秋しかない世界に飛びたい。
「ところで、お兄さんはどうしてこんなところにいるんですか?」
「友人からの使い」
即答。
「小学生からの付き合いでな、美しく言えば幼馴染みだ」
「騎竹の友ですね」
「ちなみに東大生だった」
「『東』とは東海のことですか? それとも東高西低のことですか?」
「なんだそれ」
「簡単に言えば、東日本は晴れ、西日本は雨、という時のことです」
「お前は何でも知ってるなぁ」
「何でもじゃありませんよ……授業で習ったんです」
「一瞬辛かったが良くやった」
「ありがとうございます。それで、その東大生のお友達とは?」
「仮に桜君としよう」
「そういう名前の可哀相な主人公たくさんいますよね」
もうこのまま会話文以外の文章は出てこないんじゃないかと恐ろしくなり、俺は淡々と盛大に語り始めることにした。
「その桜君とは、まぁ幼馴染みだから幼稚園から高校まで一緒だったわけよ。で、お兄さんはいつも成績が優秀だったのだよ」
「さすが、頭脳は中2ですね」
「俺は周りから東大に行けと言われた。無理だと思ったけどノリで承諾した」
「いいですねー」
「で」
「はい」
「やっぱ1人は心細いわけよー」
「わかります」
「だから容姿端麗な桜君を道連れにして中学の時からめちゃくちゃ勉強させました」
「わぁ……」
「ちなみに桜君はギャルゲーが大好きだったけど、ほぼ俺が秘密のアジトに隠して、それはもう彼にとってかなりの日々だったわけよ」
「かなりの権力をお持ちだったんですねぇ」
「桜君は泣きながらも笑いながら楽しそうについてきたぜ。あの時の奴の成績は下から数えた方が早かったからなぁ」
『双葉ぁ……なぁ、俺まだ勉強するのかよぅ』
『当たり前だよぃ』
「で、俺の住んでた町の中で1番頭の良い高校に僕らは進みました」
「おぉー」
「楽しい学園生活を夢見ていた桜君の野望は、またもや俺が壊しました」
「……ある意味殺戮者ですね」
「もう2人とも頑張ったね。
『双葉ぁ……なぁ、俺まだ勉強するのかよぅ』
『当たり前だよぃ』
この台詞の繰り返しだったぜ……。で、センター受けた。やったぁ桜君合格!」
「その、自分は落ちたみたいな言い方やめてください」
「俺センターで受かったわけじゃないから」
「あぁ……一体何をしたんですか?!」
「まぁまぁまぁ。桜君が受かったのは俺が東大行った2年後だったから」
「感動させてくださいよ?!」
「電話が来てな。
『受かったぜぇ! よぅし、これでお前を落胆させて共に卒業させてやるからな! 畜生! お前を先輩と呼ばなきゃならねぇのか! 腹立つぜ! よぅし、今から飲みに行くぞ! お前を殴りに行ってやる!』
って言われたから、
『おぅ、待ってろ。殴られに行ってやる。お土産にギャルゲーを10本ほど持って行ってやる』
って冗談言って電話切った」
「良くも鮮明に覚えてますね」
「頭良いからお兄さん」
「それで?」
「あ、そうだよ。あいつ最後にさ、『ギャルゲーとか本気か! うわぁ、死にそうだ! 待ってるぜ!』って言ってたんだけど、飲み屋に行ったら本気で死んでた」
「…………ぇ」
「車が突っ込んだらしくてな。もうかれこれ2、3年前の話だよ」
「…………」
「今思えば、桜君は良く俺についてきたなぁって思うよ。しかも東大のために二浪してさぁ。超頑張り屋というか、優しいというか、ただの馬鹿だよなぁ……」
「…………」
「何で死んじゃうかなぁ。楽しいキャンパス生活だけは壊さないように細心の注意を払ってたんだけどな」
「…………」
「まぁ桜君を巻き込んだのは俺の責任なので、お兄さんは今日やっと卒業できます」
サァ……と風がそよぐ。
長いようで短いような時間が、流れていく。
「…………おめでとうございます」
少女は、やっと、それしか口にしなかった。
「桜君が俺を追いかけてきた道を、今度は俺が桜君を追いかけるのだ。うん、長い道のりだ。辛いことあったらちょっと寄り道すればいいし、毒の沼地でも何でも乗り切るぜ」
「…………」
「……沙羅、お前卒業式で泣けよなぁ……まぁ俺はぜってぇー泣かねーけどっ」
くしゃくしゃと少女の頭を撫でる青年。
「……う…………」
「ん?」
「……き、気長に追いついてくださいね……! 絶対ですよ! 桜さん、待っているんですからね!」
「おう。あと80年くらい遅れて殴られにいくわ……とりあえず沙羅、笑えばいいと思うよ」
「…………」
沙羅はスッと顔を上げた。すっきりした顔だった。
「一世紀過ごす気満々じゃないですか!」
「当たり前だ、俺を誰だと思ってる。ところで、お前卒業式いつだよ?」
「丁度明日です」
「大学は? もしかして東大か?」
「あんなとこ行けるわけないでしょう」
「お前ならいけると思ったがなー」
「知識があるのと勉強が出来るのとでは微妙に違うんですよっ」
「そうなのか……まぁいい。俺もそろそろ行くわ、またな」
「はい。貴重なお時間を、ありがとうございました……双葉恋太郎お兄さん」
「残念、太郎は要らないぜ。まだまだだな」
桜の花のつぼみが、まだまだ小さい初春。
少女と青年は卒業し、別々の道へと歩みを進める。
人生という長く大きな一本の道の上で、様々な道を歩み、死を受け止めながらも真実に従って生きていく。
どのような出会いも、誰にとっても不要なものはなく、様々な出会いによって生かされている自分に気づければいい、そう思う今日この頃であったのであった。
この頃マンネリですが頑張ろうと思う春です。
是非、みー様の方もごらんあれ、です。
相変わらず会話文が多い文章であります。
絵馬でした。