77.ユアン殿下とのお茶会(2)
それから殿下は学院でのことや王宮でのお兄様の様子など、他愛もないことを話してくれた。私はそれに相槌を打ったり時折質問したりと、穏やかな時間が過ぎていった。
話が一区切り着いたところで、殿下が人払いをした。
何故急に人払いをさせたのか戸惑いながらも、私はシェリーとハインに目配せをして下がらせた。
「さて……」
さっきまでの和やかさが消えてガラリと雰囲気を変えた殿下に、私は身構えた。
「ダンスの時は驚かせてすまなかった」
ダンスの時……あの一目惚れ発言ね。
私は取り繕うように笑みを浮かべた。
「いえ、私は気にしていませんので、殿下もお気になさらず」
「ふ、気にして欲しくて言ったんだが、ディアナ嬢にはあまり効果がなかったようだな」
「……」
だって誰にでも言っているのだから気にしてもしょうがないわよね。
「もしかして私は誰にでもああいうことを言っていると思っている?」
あら、心当たりがあるのかしら。
「心外だな。私は軽々しくあんな言葉を口にしたりしないぞ」
殿下が肩をすくめた。
「それなら何故……」
思わず口に出た。
「私を意識して欲しいからに決まっている」
「……」
普通異性からこんなことを言われたら赤面ものだと思うけど、私は戸惑いのほうが強かった。にこりと綺麗な笑みを浮かべる殿下からはそれを本心から言っているのか、何か意図があるのかどうかも読み取ることができない。笑顔の仮面が本当に上手だ。
婚姻相手はリリアに決まっているんじゃないの? どうして私にそんなことを言うのかしら。
「どういうつもりで仰っているのかわかりかねます」
「そのままの意味だ。君に好意を寄せているから言っている」
こ、好意って……
「ですが殿下は――」
「陛下は私の婚姻相手を中立派から選ぶと言っているからリリア嬢とまだ決まったわけではない。ああ、王妃のことは気にしなくて良い」
「……」
万が一殿下の、その、好意というのが本当だとして、もし殿下の意思がそのまま反映されたら私は殿下と結婚するということ? やっぱり早めに自領から婿養子を取ったほうが良いかもしれない。候補から降りられるかわからないけど。でも何よりリリアに申し訳がなさすぎる……! ここはきっぱり断っておくしか……
「殿下のお気持ちは有り難く、嬉しく思いますが、私は殿下のお気持ちに応えることはできません……殿下との婚姻も望んではおりません」
毅然とした態度で言った途端、殿下の紫の双眸がすうっと縮まった。私は膝の上で淡いピンク色のドレスを握りしめる。
「君が望む望まないにかかわらず、強制的に持ち込むこともできる」
少し低くなった声で言う言葉に、喉が冷える心地がする。
でも落ち着いて。冷静に。
「……もしそうなされば、他の領主貴族家から我が家は反感を買うことになります。ただでさえこの国の軍事を一手に担っているのにその上外戚になるなど」
殿下が両腕をテーブルに置き、やや前のめりになった。
「私は結界が崩壊した後のことを考えている。『女神の化身』がいない現状、スタンピードは免れない。騎士団も魔法師団も強いし信頼もしているが、3つの森からほぼ同時に攻められれば食い止められるか定かではない。Sランク魔獣を倒せる者などそう何人もいないしな。それに『魔獣の王』と言われる黒竜が今回も何もしてこないとも言い切れない。それらいくつもの懸念から国は存続の危機に陥る可能性が高い」
殿下の真剣な言葉と眼差しを受け、私は内心困惑した。
「国を立て直す際、ヴィエルジュ家の後ろ盾は王家にとって必要なことなんだ。国民に絶大な人気を誇るあの辺境伯が外戚となれば、国がまとまるのも早く、王家の求心も維持できる。君は領主貴族家の反感を買うと言っていたが、彼らはスタンピードで荒廃した自分の領地のことで手一杯だろう……ディアナ嬢、これは政略的な話だ。貴族の家に生まれたのなら、私が言おうとしていることはわかるだろう?」
私は唇を引き結び、殿下からの視線を避けるように瞳を伏せた。
王家を始め、この国の人たちはあと3年もしないうちにスタンピードが起こると考えて対策と行動をとっている。なぜなら今この国には「女神の化身」がいないから。それが起きた後の事を考えて、王家が我が家の後ろ盾を必要とするのは理解できた。
ただ、私にはスタンピードを防ぐ力がある。浄化に成功すればスタンピードは起こらない。起こらなければ国の存続が危ぶまれることもない。なので王家は我が家の後ろ盾が必要ではなくなる。
ならば私の力のことを言えば良いのかといえばそうでもない。もし秘密を明かせば、月属性という唯一無二の属性を王家が取り込まないはずはない。問答無用で殿下との婚姻に持ち込まれる。
秘密を言えば殿下と結婚、言わなくても結婚に持ち込まれる可能性が高い。この逃げ場のない状況に私はただただ混乱した。
次回は1/25(土)に投稿致します。




