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76.ユアン殿下とのお茶会(1)

ユアン殿下の誕生パーティーから1週間も経たない内に殿下からお茶会の招待状が届いた。日程は2週間後のレオの月(8月)の始めで、思っていたよりも早かった。学院が夏季休暇に入るからかしら。


それよりも、パーティーから帰宅後のことだ。


着替える時間もない内にお父様の執務室に私とお兄様が呼び出され、お父様の対面のソファに座ると、開口一番にホールで私にまつわることを話していないか聞かれた。


お兄様と顔を見合わせ、「少し話しました」と正直に話すと、ソファにもたれ腕を組んだお父様の形の良い眉がピクリと動いた。


「何についてだ」


心なしか普段より声が低い気がする。


「……ディアナと結婚すれば、ディアナの能力とうちの軍事力が手に入るため、王家に嫁ぐよりも貴族に嫁ぐほうがまずい、と」


いつもと違って口調に張りのないお兄様の言葉に、お父様は眉根を寄せた。


「……他には?」


「他は……王家に嫁がず、貴族相手も無理となればディアナはどこにも嫁げないとか……あとは自領から婿養子を取るつもりなのか、ですね」


「……」


お父様の沈黙がなんだか怖い。


「で、でも全て小声でしたし、周りは貴族たちの話し声でうるさかったので誰にも聞かれていないですよ」


私がちょっと焦って言うと、お父様がため息をついた。


珍しいお父様の態度に再度お兄様と顔を見合わせる。お兄様の表情が硬くなっていた。きっと私もそうなっていると思う。


「……周りの喧騒で紛れるだろうと判断した僕の落ち度です。軽率でした。申し訳ありません」


「も、申し訳ありません……」


はっとしてお兄様に続いて私も頭を下げた。


扇で口元を隠していたとはいえ、あんな大勢いる場所で話す内容じゃなかった。


誰も聞いていないことを願うように、アルバローザ色のドレスの生地を両手で握りしめた。


「……顔を上げなさい」


言われた通りにすると、お父様はまだ難しい顔をしていた。そして「……私だけでは防ぐのに限界があるな」と息をついた。


何のことかしら。


お父様が長い脚を組み変え、淡々と告げた。


「私には、相手が使用してきたスキルを無効化するスキルがある」


私は驚きで目を見開いた。隣に座るお兄様も知らなかったようで唖然としてる。


そして何故今それを明かしてきたのか疑問に思った。


「ディアナが王宮の私の執務室に来る時はいつもそのスキルを発動していた。外部からのスキル使用を防ぐためにな。この間の殿下の誕生パーティーでもだ」


私はゴクリと唾を飲み込んだ。


「それは私だけでなく私から15m以内の距離にいる者も無効化の対象になる。そのため、パーティーの間お前達から15m以上離れないように気をつけていた。だが運悪く効果範囲外になった時がある。その時が、お前達が先程ディアナに関することを話していた時だ」


私はそれを聞いて背筋が凍った。


「そしてその時と同時にスキル使用を感知した。私は無効化されるが、お前たちは無効化されていない」


「……どんなスキルなんですか?」


お兄様が強張った顔で尋ねると、お父様は夜明け色の瞳を伏せた。


「……スキルを弾くだけでそれがどんなスキルかまではわからない」


「まさか皇国の間者が王宮に……?」


え、皇国の間者!? そんなのがパーティーに紛れていたの!? なら私の秘密を皇国の人に知られて……?


冷や汗がふきでて来た。


「父上?」


お兄様には応えず、お父様は目を閉じ額に手を当てる仕草をする。何か私達には言えないような機密があったりするのかしら。


しばらくすると目を開け、お兄様に射抜くような眼差しを向けた。


「皇国の間者ではないが、他は何も言えない。だがノアはディアナの能力とそれに付随する事柄を王宮では絶対に話さないよう肝に銘じなさい」


「……はい」


お兄様は眉根を寄せながらも、忠告を素直に受け取った。私は皇国の間者ではないことにほっと胸を撫で下ろした。


「ディアナ」


「は、はい」


「あのスキルで私のように相手のスキルを無効化する魔法を創れるか?」


え……




――2週間後のレオの月。


とうとう殿下とのお茶会の日が来てしまった。


侍女のシェリーと護衛騎士のハインと一緒に王宮の侍女に案内された場所は、色とりどりの夏の花が咲き誇った庭園の一角にある東屋だった。昼下がりの夏の陽光を遮って日陰になっており、冷房の魔道具も効いているためか涼しい。


殿下との交流のために設けられた場だ。周りに王宮の侍女と護衛の近衛騎士が何人か配置されている。


この間のお父様の話から王宮にいる人が皆怪しく思えてしまう。形だけのお茶会だけど、自分に関することは絶対に何も漏らさないよう気を引き締めなくては。


綺麗な花々の景色を眺めながら待っていると、ユアン殿下が共を連れて現れた。その中にはリュシアン・レーヴェ侯爵子息もいる。


来たわね……


笑みを浮かべながら現れた殿下の白金の髪と紫の瞳が、陽光に照らされて光り輝いていた。


私は立ち上がり挨拶をした。


「本日はお招き頂きありがとうございます」


「こちらこそ、来てくれて嬉しい。座ってくれ」


王宮の侍女たちが紅茶とお茶菓子をテーブルに並べていく。白い丸テーブルが色鮮やかなケーキとクッキーで埋まっていった。


うわぁ、美味しそう。


「ふ、銀月姫も甘いものには目がないようだな。うちのシェフが腕をふるって今日のために作ったものだ。遠慮しなくて良い」


向かいに座る殿下が微笑む。私ったら思わず顔に出してしまったみたいだ。気を引き締めなければいけないのに、お菓子の誘惑が……


シェリーがケーキスタンドから私のお皿にケーキを少しずつ取り分けていく。スポンジがふわふわなのが見てわかる。タルトもさぞサクサクしていることだろう。


殿下がフルーツタルトを食べている。タルトを上品に食べるのは難しいのに、所作も美しく完璧だ。


「食べないのか? 美味いぞ」


では遠慮なく。


「頂きます」


私はフルーツをふんだんに使ったスポンジケーキを食べた。殿下の後にタルトを食べるのはなんだか引けた。


んんー……フルーツの程よい酸味と柔らかなスポンジの甘み、とろけるような生クリームが口の中で絶妙なハーモニーを……って何一人で食リポしてんだ。でもめちゃくちゃ美味しい。さすが王宮。甘いケーキの後に飲む紅茶はスッキリとした味わいで、口の中を程良く中和していく。


「とても美味しいです」


「それは良かった」


殿下は微笑むと、私の顔をまじまじと見る。というか見ているのはこのピアスのようだ。


私は緊張を悟られないように貴族の笑みを浮かべた。


「……その金色のピアス、すごく似合っているな。なんだか満月の光を集めたような宝石でとても綺麗だ」


「ありがとうございます。私も気に入っております」


2週間前、お父様に言われた通りに私は魔法創造スキルで「相手のスキルを無効化する魔法」を創り、付与魔法でお父様が用意した魔石がついたピアスにその魔法を付与した。女性っぽい丸みのあるデザインで、スキルが私に向けて使われれば自動的に無効化される仕組みになっている。


魔法付与スキルなら魔力が溜まった魔石に魔力なしで付与が可能だ。でも私の場合は「魔法付与の魔法」のため、魔力を使う必要がある。そして空の魔石はもちろん、魔力の溜まった魔石でも私の魔力に染まって金色になる。


私は常に家族以外と会う時は魔力遮断をしている。ただちょっとまずいのは、この目の前にいる殿下は「ミヅキ」の魔力を既に知っている。こうしてお茶会をしている時にどこからかスキルを使われたら防御のためにこのピアスが魔力反応を起こしてしまう。そうなったら、殿下は覚えのある魔力に疑念を抱くに違いない。


でもそうなった場合に備え、私はもう一つ魔道具を身に着けている。


「その揃いのネックレスもそうか。どこにでもある金色の宝石でもディアナ嬢が身につけているというだけで価値が上がりそうだな」


「勿体ないお言葉で、恐縮ですわ」


この金色のネックレスも魔石だ。一見宝石に見えるようによく研磨され輝きを放っている。この魔石には、「魔力を隠蔽する魔法」が付与されている。そのおかげで、ピアスに付与された私の魔力もネックレスの魔力も隠蔽されているため、殿下は感知できない。もちろん、発動した時の魔力も隠蔽されるため、あたかもお父様みたいにスキルを無効化するスキルを使ったかのように見える優れものだ。


誰がどんなスキルを使ってきたとしても自動的に無効化されるわ。ふふふ。こんなチートスキルを授けられた時は露見したらどうしようって困ったけど、今は感謝しかない。万能なスキルを授けてくれてとても助かっています、創造神オルベリアン様。

長くなりました(^_^;)


次回は1/23(木)に投稿致します。

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主人公の気さくな性格も好ましく、いつも楽しく読ませて頂いています! ただ今回(っ前話?) こっすい誰か氏の盗み聞きの危険性について…『親父殿、そういう大事な注意は先に言っておけ!』っては思いました、せ…
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