幕間(13)
いつの頃からかこの国には、領主貴族の当主は必ずその家の長子が継ぐというのではなく、有能な者が継ぐという風潮がある。
そのため、領主貴族家の歴代の当主は敏腕な上に一筋縄ではいかない者が多い。
その中で、王家は代々紫の瞳を持つ者が王の座につく。
不思議なことに、最初に紫の瞳が生まれなかったらその次は必ず紫の瞳の子が生まれるようになっている。そしてそれは性別も関係がなく、時には女王が治めていた時代もあった。
「王」は紫の瞳でなくてはならない。
なぜならルナヴィア王国は月の女神の信仰が厚い国だからだ。それも建国以前から。
そして初代国王は信仰厚い月の女神の力を授かった「女神の化身」で、魔獣の脅威から人々を救った英雄だ。
その英雄の瞳が紫色であったため、英雄の血族であることの証として、月の女神の化身の証として、「王」の瞳は紫色でなくてはならないのだ。
たとえ「王」が統治能力のない無能だとしても。
「王」が無能な場合に備え、王の周りの側近や重役は優秀な人材で固める必要があった。それが今日の実力主義の風潮に繋がっている。
だがやがて、領主貴族家の力が強くなっていった。王家にも勝る発言力、王を蔑ろにするような言動など。
それもそうだ、領主貴族家は有能揃い、方や王家は瞳が紫であれば良い。領主貴族家の権力が増すのは必然だった。
だがそうなってもクーデターが起こらないのは、何度も言うがこの国が月の女神の信仰が厚い国だからだ。「女神の化身」は絶大なのだ。
ベリエ公爵家とシュツェ侯爵家も「女神の化身」の血筋だが、それぞれの化身の瞳が子に現れるのは極稀だ。対して我々王家には必ず一代に一人「女神の化身」の瞳が生まれる。その差は言うまでもない。
そう、我々が「王家」として君臨していられるのは、「女神の化身」の瞳と英雄の末裔という求心力があるから。
それともう一つ、稀に現れる特殊スキルがそれを確固たるものにしている。
父上には何らかの特殊スキルがある。どんなスキルを持っているのかは公に明かしていないが。そして私にも「魔力増幅のスキル」がある。
特殊なスキルは滅多に持てるものではないから特別だ。
だから私の婚姻相手に選ばれる可能性が最も高いのはベリエ公爵家のリリアだ。彼女は2人目の「女神の化身」と同じ桃色の瞳だけでなく、相手の持っているスキルがわかる「見破りのスキル」も持っている。
ちょっと余談だが、リリアが自身の洗礼式を終えた後に私に嬉々として教えてくれた彼女のスキルで、私は父上のスキルが何なのか知ろうとしたことがある。幼い頃の単純な好奇心だ。
だがそれは失敗に終わっている。リリアいわく、スキルが効かなかったというか、弾かれたらしい。
スキルが弾かれるなんてことがあるのか? それはつまり無効にされるということか? まさか父上はそういうスキルの持ち主なのだろうか。スキルを無効化するスキルなんて確かに特殊だが、秘密にする程だろうか。むしろ知られた方が父上に誰もスキルを使わなくなるから都合が良いはずだ。
あの時リリアと一緒に父上にこっ酷く怒られ、父上の側にいたヴィエルジュ殿は私とリリアを神妙な顔で見つめながら、「陛下には二度とスキルを使用しないように」と注意した。
ヴィエルジュ殿からそう忠告を受けて以来私とリリアは父上にそのようなことはしなくなった。
父上のスキルは今も謎のままだ。誰も知らない。母上でさえ知らない。
以前軽く父上のスキルは何か尋ねたことがあった。探るのではなく直接なら問題ないと思って。
父上からは、「良いのか、教えても。聞けばここにはいられなくなるぞ」と、冗談を言うような口調で言われたが、雄々しく美麗な顔はわずかに強張っていた。そして笑い混じりに「私のスキルはジュードしか知らない」と付け足された。何とも言えない複雑な感情が込み上げたのを覚えている。
話を戻そう。私の婚姻相手はリリアになる可能性があることだったな。
婚姻相手は私でもリリアになると思っている。
リリアは「女神の化身」の瞳と特殊スキルを持っている。「見破り」は貴族たちへの牽制に大いに役に立つスキルだ。そして私も特殊スキルを持っている。リリアと結婚すれば、スキル内容は遺伝しないが次代も特殊スキル持ちになる可能性は高いため、求心力に関して問題なく、王家は安泰だ。
母上はリリアを気に入っているし、父上は私の相手を中立派から選ぶと言っている。リリアとは幼い頃から一緒に過ごしてきたし、妹のように可愛がっている。天真爛漫な性格も、意外と思慮深いところも、努力家なところも、愛らしい見た目も好ましく思っている。
だがしかし、言わせてくれ。
私の最大の好みは、ディアナ嬢であることを。
「銀月姫」という名に相応しい類稀な美貌、白銀に輝く髪、神秘的な青い瞳、侵しがたい雰囲気……父上がヴィエルジュ殿に執着する理由がわかる程に私も魅了された。私の15歳の誕生パーティーの、拝謁の場で、改めて。
私が7歳の頃の母上主催の茶会で初めてディアナ嬢に会った時も雷に打たれたような衝撃を受けたが、あの頃から漠然と自分の婚姻相手はリリアだろうとわかっていたから何の行動も起こさなかった。
それも今後悔している。
何故8年も放置していた。何故他の候補者たちのように親交しなかった。
気づけばいつの間にかディアナ嬢はアンリとの婚姻の噂まで立ち、現にアンリとディアナ嬢は親密だった。
だがヴィエルジュ家はアンリとの婚姻を断っているとも聞く。それはディアナ嬢が私の婚約者候補だからだろうが、リリアが婚姻相手に決まれば、ディアナ嬢はアンリと結婚するだろう。パーティーで気付いたが、アンリはディアナ嬢に恋心を抱いている。アンリのディアナ嬢を見る目は他の令嬢たちを見る目と温度の差が凄いからな。次期公爵のくせにそんなにわかりやすくてどうすると心配する程だ。
だが私はそこに待ったをかけたい。
父上は私の相手を中立派から選ぶと言っていた。リリアとは明言していない。リリアかディアナ嬢だ。
ヴィエルジュ家の拝謁の時、わざわざあの場で父上がディアナ嬢と私との交流を深めさせたがったのは、何か意図があってのことだ、と思う。
始めは父上がヴィエルジュ殿に執着するあまり、その娘を手元に置きたいのかと思っていたが(それもあながち間違ってなさそうだが)、もしかすると数々のスキルを有していると言われているヴィエルジュ殿の子供なら、特殊スキルが備わっていてもおかしくないからではと思い至った。ノアも特殊までとはいかないが稀に近い物理攻撃耐性スキルを持っているしな。ディアナ嬢も例外ではないはずだ。父上はそれを考えてディアナ嬢を候補に残し、私とディアナ嬢と今更でも交流させようとしているのかもしれない。
だがディアナ嬢は「女神の化身」の瞳ではない。王家の求心力の維持にディアナ嬢では弱いが、父親があのヴィエルジュ殿だ。国民に絶大な人気を誇る王国軍の総長で「銀月の君」と親しまれている。しかもディアナ嬢自身も「銀月姫」と呼ばれ、老若男女問わず魅了している。「女神の化身」の瞳がなくともそれらが代わりになるのではないか。
その考えを裏付けるように、パーティーでヴィエルジュ殿がノアとディアナ嬢を迎えに来たときのあの登場には鳥肌が立った。私の考えは間違っていないと、思わず笑いがこぼれてしまった。
2人きりの茶会で私に意識を向かせるための布石は既に打ってある。ふふ、言われ慣れていないのか、頬を赤らめて呆然としていたな、あの銀月姫が。
アンリとリリアには悪いが、自分の欲のために少しは動いても良いだろう?
だが自分の思いのまま行動するわけではない。そこは一国の王子だ。きちんと政治的な理由もある。
「女神の化身」がいない今の代では魔獣の脅威から逃れられない状況に陥っている。もし国の存続が危ぶまれた場合、ディアナ嬢と婚姻し国民人気の高いヴィエルジュ家が王家の後ろ盾になれば打開も可能になる。そして軍も動かしやすくなる。北のエルヴァーナ皇国も何やらきな臭いしな。
ふふ、ディアナ嬢との茶会が楽しみだ。
長くなりました(^^;
あと遅くなりすみません。
次回は1/22(水)に投稿致します。




