幕間(11)ー4
ユアンとルカとリュシアンも合流してきた時に、不意にディアナが俺の隣から離れた。何をするつもりかと様子を見ていたら、令嬢たちの方に移動しただけだった。俺達を見て表情を輝かせているのもよくわからない。
すると、俺達5人を囲むように令嬢たちが突然押し寄せて来た。どうやら痺れを切らしたらしい。ディアナたちとの間のスペースが空いたところを狙ってきた。
ノアとリュシアンがユアンを守るように中心を固めているため、俺はやや外側で令嬢たちをあしらう。
ディアナはどこだ?
見るとディアナたちはシュツェ侯爵令嬢と話していた。リリアの幼い頃のトラウマの元凶がいるから少し心配だが、まあ今のリリアなら上手く撃退するだろう。それよりも、男共がディアナたちを囲んでいるせいで距離が思ったより離れてしまった。
内心で舌打ちをする。
男共がディアナに近づこうと機会を狙っている。俺とノアから離れたせいで牽制が台無しだ。
「おい、ノア。ディアナが男に囲まれている」
「何だって!?」
ノアが焦りの表情を浮かべる。その時、ディアナのいる方向からざわめきが広がった。
目を向けると、ディアナが男に腕を掴まれていた。
「っ!!」
俺は令嬢たちの波を遠慮も何もなく押しのけ、ディアナのところへ向かった。
お前ごときが、ディアナに触れるな……!
どす黒い感情が内側から溢れる。
俺の気迫に慄いた男共が道を開けていく。
「さ、銀月姫。2人きりで話せるところに行きましょう」
俺はディアナを連れて行こうとする男の腕を掴み、ディアナから引き剥がした。
「……ディアナに触れるな」
こんな声が出せるのかと自分でも驚く程の低い声で男を威圧し、目に怒りを込めて怯ませた。
案の定男は震え上がり、悲惨な声で謝罪し逃げていった。
俺は周りを囲む男共一人ひとりに目を向けた。顔を覚えたとばかりに不敵な笑みを浮かべると、皆蒼白な顔で潮が引くように去っていった。
「ありがとうございます、アンリ様。とても助かりました」
俺はその声で我に返った。
真っ暗な夜を照らす月の光のような声だった。
「……腕は大丈夫か」
「はい」
まだ先程のような黒い声が出る。おそらく表情も戻っていないためディアナの方を向けない。怖がらせてしまう。
俺は手を目元にしばらく当て、息を吐いて心を落ち着かせた。ディアナが俺に笑いかけた時の顔を頭に思い浮かべ、男がディアナの腕を掴んでいた光景をなんとか消そうとする。
落ち着いたところで俺はディアナをノアのところへ連れて行こうと、ディアナの肩に手を回そうとした。
そこではっと手を止める。
ディアナが俺に笑いかけた顔を思い出していたらついこんな行動に……いやだが先程俺は気持ちを態度で示すと決めた……いやそれでも他人にディアナに触れるなと凄んどいて、俺まで触れたら先程の奴らと一緒だ。一緒にされるのだけは嫌だ。許可なく俺から触れないように気をつけなくては。
だがもしまた離れられても困るため、俺は腕を出しノアのところまでディアナをエスコートすることにした。
どうにか令嬢達の輪から抜け出したノアにディアナを引き渡した後、ディアナが俺達から離れた理由を聞いて俺は「そんな理由で離れるな」と言った。少し叱るような口調になってしまったのは、それだけ心配になるからだ。
ユアンが疲れた様子で俺達のところに来た。
「私も見ていたから助けに行きたかったが対応に苦労してな。くく、でもアンリ殿が令嬢のことはお構い無しにもの凄い速さで出ていったのには驚いたぞ。焦った顔も珍しかったな」
ユアンも助けに行きたかったと聞いて心にさざ波が立った。
しかも俺のそんなことを暴露するな。ディアナがどう思うか……
視線を動かすと、ディアナと目が合った。
……!
恥ずかしさが一瞬の内で込み上げ、思わず顔を背けてしまった。
だが何故かディアナが俺の顔を覗いてくる。
熱くなった顔を見られまいと手で顔を覆い隠した。
「……そこ、いちゃいちゃしない」
ユアンに呆れたような声音で言われ、俺は反射的に否定してしまった。ここで否定をしてはディアナに気持ちが伝わらないと悟ったがもう遅い。
「それよりディアナはいつまでアンリ殿の腕を掴んでいるの」
そういえば確かに腕に温もりがあった。ノアに言われて初めて気付いた。ディアナがまだ俺の腕を掴んでいることを。
嬉しさと緊張で途端に鼓動が速くなる。だがディアナがぱっと手を離した瞬間、喪失感のようなものを感じた。
「あら、せっかく良い雰囲気でしたのに……そうだわ! ノア様、ディアナ様のエスコート役はこれからはお兄さまに任せてはいかがですか?」
リリアの強引な提案にノアが眉をひそめた。
俺は余計なことをするなとリリアを睨む。
リリアがノアの弁に引き下がらないのは、俺とディアナが一緒になれば自分に得があるからだ。それもわざとユアンの前で言う辺り、ユアンにもディアナにも牽制をかけている。
ユアンは笑みを浮かべているが、何を考えているか読めない。だがよく思っていないのは確かだ。
おい、ユアンに嫌われるぞ、という意味を込めてリリアを咎めると、リリアはユアンとノアに謝罪した。
幸いユアンはいつものようにただ面白がっているだけだった。そうかと思えば、「だが自分のために少し動いたことが、さらに複雑にさせてしまうかもしれないな」と言う。
俺はユアンの言葉に眉をひそめた。
……どういう意味だ?
その時、ヴィエルジュ辺境伯が来た。
男でも見惚れる最上の美貌と、強者にだけ纏うのを許されたような圧倒的な気迫、それでいて冴え冴えとした月のような雰囲気で周りの視線を独り占めする。
ディアナが好きなタイプと言うのも理解できる。そう思うと気分が落ちた。
その辺境伯からディアナを助けてくれた礼をしたいと言われた。
一瞬その礼は俺との婚約にしようかと頭を過ったが、やめた。「ユアンの婚約者候補」がなくならない限り無駄だからだ。むしろディアナの側を離れたことを詫びた。これで辺境伯に俺がディアナに好意を寄せていると気づいてくれただろうか。
ディアナたちがこの場を辞する挨拶をし、そしてディアナがユアンの横を通る時、ユアンがディアナに何かを言った。
俺はそれを見るだけで胸がざわついた。
「殿下はヴィエルジュ家の令嬢のことをどう思っていらっしゃるのですか?」
ルカがヴィエルジュ家の姿が遠のいたのを見てから、俺達兄妹が震撼する一言を放った。
おい、宰相の息子ならもっと空気を読め。場の状況を把握しろ。
「ふむ……どう思うも何も彼女とは8年ぶりに会ったんだ。陛下もこれから交流を深めておけとのことだ。だからまだ何もわからないぞ」
本当なのか?
「俺も8年ぶりに見ましたが、噂以上ですね。男の視線を独り占めでしたよ。大変だな、ノア」
リュシアンが他人事のように言った。
「時折周りの子息たちを目で追い払っていましたもんね。あ、アンリ殿もやってましたね。何故そんなことを?」
お前それわざとか? とルカを睨む。
「別に……ディアナは幼馴染だからな」
「ほう、アンリはディアナ嬢を呼び捨てにしているのか。確かに仲が良さそうだったな。私もそうできるようになろう」
「何も殿下まで……」
リリアが困ったような笑みで言い淀む。
「リリアには名前で呼んでいるではないか。同じようにするだけだ」
平等に接するを盾にするユアンに、俺は恨めしさと焦燥を覚えた。
次回は1/18(土)に投稿致します。




