幕間(11)ー3
「ほら、お兄さま」
リリアにせっつかれ、俺はディアナに右腕を差し出した。動きが固いのが自分でもわかる。
だがディアナは一瞬躊躇いを見せた。
「……ディアナ?」
ユアンに見せたディアナのあの赤い顔が脳裏に蘇る。胸に重苦しいものが広がった。
だがディアナはすぐいつもの笑みに戻り、「何でもありませんわ」と言って俺の腕に手を添えた。
手袋越しでもディアナの手から温もりが伝わってくる。
心にあった黒い靄が、ディアナが俺に触れただけで緩やかに消えていくのを感じた。
単純だな、俺は。
演奏に合わせて丁寧にリードをしながら、デートに誘うタイミングをはかる。
だが途中でこんなに考え込んでいたらディアナは楽しめないかもしれないと、はっとディアナに目を向けた。
瞬間、自分の鼓動が全身に響き渡った気がした。
ディアナが笑っている。貼り付けたような笑みではない、自然な笑み。
シャンデリアの光のせいで濡れたように映る夜明けの空のような青い瞳。笑って少し下がった形の良い眉。口角の上がった桃色の唇……その表情一つで俺の心が揺さぶられた。
俺はその感情のまま、口を開いた。
「……ディアナ」
「? はい」
「……少し先にはなるが、今度の月祭、一緒に行かないか」
声が震えないように腹に力を入れる。
「ええ、久しぶりに行きましょう。お兄様にもお伝えしておきますね」
ディアナが笑みを浮かべて快諾してくれた。
良かった……いや待て。ノアにも伝えるとはどういうことだ? 俺はデートに誘ったつもりなんだが……
俺は自分が言った言葉を反芻した。そして言葉が足らなかったことに気づく。
「……言い方を間違えた。俺は、ディアナと2人で行きたい」
「え……?」
ディアナが虚を突かれたような顔で俺を見上げる。やはり以前のように4人でと勘違いさせていたようだ。
「あの、それは2人で行っても大丈夫なのでしょうか。私は一応ですが殿下の婚約者候補ですし……」
ディアナならそう言うだろうと思った。
「候補なだけで婚約者ではないから問題ない。満月の日はディアナの誕生パーティーがあるだろう? だから初日か最終日にしようかと思っているんだが、どうだろうか……」
期待と不安を抱えながら、どうか受けてほしくてディアナをじっと見つめた。
「ふふ、では変装して行かないとですね」
俺はほっと胸を撫で下ろした。
良かった。受けてくれた。ディアナと2人きり……
「ありがとう。楽しみにしている」
自然と頬が緩んだ。
ダンスを終えてノアとリリアの所に戻る。その時、またリリアにディアナたちとは少し離れた場所に連れ出された。
「なんだ」
「ちゃんとデートに誘えまして?」
「ああ」
「良かったですわ。で、それはいつですの?」
「月祭だ」
「遠っ! あら失礼。結構先のことで驚いてしまいましたわ」
「行事なら誘いやすいし受けてもらいやすいと思ったんだ」
「成功したようで何よりですわ。わたくしも殿下を誘ってみようかしら」
「ああ、頑張れ」
「もう、自分が成功したからってよそ事のように言わないでください」
確かにリリアには色々と忠告をもらっている。
「……殿下を誘うときは王妃様と一緒にいるときにすれば良いんじゃないか?」
リリアは納得したのか何度も頷いた。
「そう致しますわ。お兄さまも、ディアナに意識してもらえるようぐいぐい行ってくださいね。恋愛事には鈍そうですから少し強引に迫る方がディアナには効果的かと思いますよ。何しろ好きなタイプが父親ですからね。そういう方はだいたい初心だと決まっていますもの」
「……そうなのか?」
確かに鈍そうだが、どこ情報だそれは。
「ええ、一般庶民に人気の恋愛小説に書いてありましたわ。あれは色々と参考になります」
「何故そんなものを」
「あら、王子妃を目指しているのですもの。一般人の暮らしを学ぶのは当然ですわ」
以前は王子妃の勉強を疎かにしていたくせに、すごい変わりようだ。
「ディアナとは争いたくないの。だからお兄さま、頑張ってディアナの心を射止めてくださいね」
それまでの明るい口調ではなく、不安の滲んだ真剣な調子だった。
あの強引な殿下が何か行動に移す前に今すぐ自分の気持を伝えてしまいたいが、ディアナとの婚約を断られている状況でそれをするとディアナを困らせてしまう。
ならば俺は、ディアナに気持ちが伝わるように態度で示さなければと思った。
次回は1/17(金)に投稿致します。




