幕間(11)―2
リリアがユアンとのダンスを終えた。ユアンは俺の姿が見つけられなかったのか、リリアを家族のところにエスコートした。
次にユアンと踊るのはおそらくシュツェ侯爵令嬢だろう。父上が言うように「女神の化身」の瞳を持つ者の優先順位が高いならそうだ。侯爵令嬢本人も確信しているのか、顔を輝かせて殿下を待っている。
ディアナが1番最後なら、それまでダンスはお預けだ。早く踊りたいという気持ちが逸る。
だが何故かユアンがこちらに向かって来ている。シュツェ侯爵令嬢は向こう側だろう。何故こっちに来る。
そしてディアナの前で立ち止まった。よそ行きの綺麗な笑みを浮かべてディアナを見つめている。
まさか……
「ディアナ嬢、1曲お相手願えますか」
瞬間、息が詰まった。
予想外なことに俺も含めディアナもノアも言葉を失っていた。ディアナの大きな目が見開かれている。
一国の王子に誘われれば断れないことはわかっているが、それでも俺はどうか受けないでくれと心の中で願った。だがそれも虚しく、ディアナは戸惑いながらも殿下の誘いを受けた。
2人のダンスを見る。見たくないのに見てしまう。周りからの称賛の声が聞きたくないのに耳に入ってくる。
その中で、俺とディアナが仲が良いと宣う者がいた。見ると侵略派の貴族だった。この時ばかりは侵略派の肩を持ちたくなった。
政治的な面から見ても、ディアナは可能性が低いのではなかったのか。でなければリリアの次ということにはならない。まさか俺とリリアが懸念していた通りのことが……
ディアナとユアンが何か話している。2人の距離が近づいた瞬間、ユアンが放った言葉でディアナが驚き、そしてほんのりと頬を赤く染めた。
……っ!
胸が苦しくなった。ディアナにもう一度ダンスに誘った時とはまた違う何かに心臓を縛られる。
一体ユアンに何を言われたんだ……?
「殿下……」
いつの間にかリリアが俺の横に来ていた。声に不安な色が滲み出ている。
普段あまり顔色を変えないディアナがあそこまで表情に出たということは、ユアンが何かディアナの心を揺さぶる言葉を吐いたということか? リリアも含め令嬢には皆平等に接するユアンが?
徐々に焦りが募っていく。
ユアンがディアナに興味を持ってしまったかもしれない……俺はユアンに勝てるのだろうか……ユアンと違って俺には特殊なスキルがない。特別なものを何も持っていない俺に、次期公爵という身分しかない俺に、ディアナは振り向いてくれるだろうか。
ユアンとのダンスが終わっても、ディアナは未だぼうっとしている。リリアの呼びかけにも、心ここにあらずで無反応だ。
そんなにユアンが気になるのかと、胸が痛くなった。
3回目の呼びかけにディアナはようやく我に返った。
「先程からぼうっとしてどうしたの? 珍しいわね。あ、さては殿下に何か言われたのかしら」
リリアが普段の声の調子で尋ねる。内心不安がっているくせに直接聞くなんて度胸があるな。俺は聞きたくても聞けない。
「あ、その顔。ふふ、やっぱりそうなのね。ねぇ、何て言われたの? ほら、お兄さまも気になるでしょ?」
俺はそれには無言で返した。
「大したことありませんわ。ただ個別で殿下とお茶会をするために王宮に招かれることになったので、少し驚いただけです」
あの表情を見るに、きっとそれだけではないはずだ。
「まぁ、そうなのね。確かにディアナさまは殿下と全くお会いしていなかったものね。公平ならそうなさるのも当然だわ」
リリアは笑って言っているが、ディアナとユアンが王宮でとはいえ2人きりで会うということに胸中穏やかではいられないだろう。俺もそうだ。顔は普段通りを装っているが、心は悋気でどうにかなりそうだ。
父上はシュタインボック家に出し抜かれないようにと言っていたが、そのシュタインボック家は王女殿下を取り込もうとしているようだった。ディアナのことは諦めたのか定かではないが、敵が一人減った。だが俺が出し抜かれないようにするべきなのは幼馴染みであるユアンに変わった。
次の曲でディアナと踊ることにしたとき、リリアに「お兄さま、少し良いかしら」と腕をとられディアナたちから少し離れたところに連れ出された。
桃色の扇でさっと口元を隠しながら小声で話す。
「お兄さま、早くディアナがお兄さまに意識が向くようにしてください」
そんなことができたら俺だってとっくにそうしている。
「はぁ、お兄さまが顔に似合わず恋愛下手なのは知っていますわ。でもお兄さまはもっと強引にならないと」
「下手で悪かったな。初めてなんだから仕方ないだろう」
「自覚がおありのようで何よりですわ。ならばデートに誘うなり何なりしてお兄さまの良さをディアナにアピールしませんと。以前からディアナは殿下に興味がなさそうな印象ですけど、殿下とのお茶会で変わってしまったらわたくしが困りますわ」
「……俺の良さ、って何だ?」
「それくらいご自分で考えてください! わたくしは殿下を振り向かせるのに忙しいのですから」
「ユアンに押しの強さは逆効果だぞ」
「そんなことは百も承知ですわ。レリアさまから学んでいますもの。この後、ディアナとのダンスですよね? デートに誘うチャンスですわよ。お兄さまは殿下よりもインパクトを残さないと。きっとディアナが殿下に言われたのはお茶会の招待だけではないと思いますから」
「……わかった」
デート……つまりディアナと2人でどこかに出かけるということか? ディアナと2人……俺の心臓はもつのだろうか。場所はどうする? 俺もディアナも目立つからお忍びの方が良いか? そもそもディアナは俺の誘いを受けてくれるのか……?
喉の渇きを覚えたため、俺は近くを通った給仕からグラスに入ったノンアルコールを取った。
次回は1/16(木)に投稿致します。




