幕間(11)ー1
公爵家の馬車で王宮に向かう中、沈みかけた夕日を窓から眺めながら俺はいつになく緊張していた。
以前手紙でディアナをダンスに誘ったが、ディアナは覚えているだろうか。覚えていないことを前提にもう一度誘うべきか。でももし本当に覚えていなかったら、相当なダメージを受ける気がする。
一人悶々と考えていると、向かいに座るリリアが首を傾げて「お兄さま、何をそんなに緊張なさっているのですか?」と聞いてきた。日に日に目敏くなってきている。
「あ、もしかして、ディアナのことですか?」
「……」
ユアンを彷彿とさせる面白がるような顔を見て、俺は無視を決め込んだ。
「ふふ、ディアナも今日が社交デビューですからね。噂の銀月姫が公に姿を現すのですもの、皆の注目の的でしょうね。横から誰かに掻っ攫われないように気をつけてくださいね、お兄さま」
「そうだぞ。ディアナ嬢を狙っている貴族は多いんだ。誰もが魅了される類稀な容貌だけでなく、ヴィエルジュ家の軍事力も付いてくるからな。特にシュタインボック家には出し抜かれないようにしなさい」
俺の隣で足を組んで座る父上が、俺と同じ瞳の色を光らせて忠告した。
「……わかっています」
「でもわたくし、少し心配です。誰もが魅了される銀月姫に、殿下までもが魅了されてしまったら……」
リリアの眉尻が下がる。
俺もそれを懸念している。王家はユアンの婚姻相手を中立派から選ぶという噂が以前からささやかれている。噂が本当ならリリアかディアナになる。ヴィエルジュ家は現王家と血縁関係が最も近いが、法律上では何の問題もないから選ばれる可能性は十分ある。もしユアンがディアナを見て惚れてしまったら……俺が7歳の時の王妃様の茶会以来、ディアナはユアンに一度も会っていないらしいからディアナにその気がなくても、あの少々強引なユアンなら……
「心配いりませんよ、リリア。王妃様はあなたのことをとても気に入っていらっしゃるもの。自信をもちなさい」
「ああ、それにお前は『女神の化身』の瞳を持っている。我々領主貴族家の力が大きくなっている今、求心力を高めたい王家としては『女神の化身』の瞳を持つ者を王子妃に迎えたいところだ。シュツェ侯爵令嬢も持っているが、お前はユアン殿下同様特殊スキル持ちでもあるし、中立派から選ばれる可能性がある以上、お前に決まったようなものだろう。幸いディアナ嬢には特別な瞳も特殊スキルはないようだしな。いやあの青い瞳もある意味特別だな」
父上と母上がリリアを宥める。政治的には心配いらないかもしれないが、リリアが欲しいのはユアンの心だろう。前まではトラウマの元凶であるシュツェ侯爵令嬢に対抗するためだったが、近頃リリアのユアンを見る瞳からユアンに恋心を抱いていることがわかった。好いている相手に求めるのは自分と同じ気持ちだと、今の俺にはよく分かる。案の定、リリアは眉尻を下げたまま小さな声で「そうだと良いのですが……」と言う辺り、あまり不安は拭えていないようだ。
王宮に到着し、最後から2番目に大ホールに入場した。
俺に向かう令嬢たちの秋波を気にも止めず、目が無意識にディアナを探す。
……いた。ノアと一緒だ。話している相手は、ヴァーゲ家のユーリ殿か……いや待て、なんだあの姿は。やりすぎじゃないのか。「銀月に舞うアルバローザの妖精姫」まんまだろう。ほら、周りの令息の視線が集まっている。お前ら全員ディアナを視界に入れるな。
俺はパーティー中ずっとこの落ち着かない気持ちでいなくてはいけないことに、内心でため息をついた。
拝謁が終わり、ユアンがリリアをダンスに誘いに来た。内心不安を抱えていたリリアは、候補者の中で自分が1番目ということに思わず顔に出てしまう程に嬉しそうな表情を浮かべる。
俺は近くの柱に寄りかかり、ユアンとリリアのダンスをぼうっと眺めていた。俺の周りにはダンスの誘い待ちの令嬢が囲んでいたが、俺はいつディアナにダンスを誘うか悩んでいた。
ふと視線を感じた。左斜めからだ。どうせどこかの令嬢だろうと思っていたが、ディアナがいる方向からの視線のため、ほんの僅かに期待してそちらを見る。
……!
ディアナだった。目が合ってしまった。本当にディアナだとは思わなくて驚いて逸らしてしまった。
なんだこれ……顔が熱い……
俺は顔と緩んだ口を手で隠した。まだ俺を見ている気がする。
どうする? ディアナのところに行くか? 今がダンスを誘うタイミングか? でも覚えていなかったら……
俺は躊躇いながらも、ディアナのところへ向かった。まだ顔が熱い気がする。早く冷めろ。
綺麗な暁のような瞳で俺を見上げるディアナ。見ていると囚われていまいそうだ。近くで見ると余計に容姿の破壊力がすごいな。決して見た目だけを好いているわけではないが、これは色々心配になるレベルだ。
そこで俺ははっとする。
そうだ、見惚れている場合じゃない。久しぶりに会ったんだ、挨拶くらいしないと。
「……久しぶり」
少し声が上擦った。
「お久しぶりです。学院はどうですか」
「……まあまあ」
せっかくディアナから話題を振られたのに、こんな言葉しか出てこない。実際クラスでも常に殿下たちと一緒にいるから殿下の執務室にいるときとあまり変わらないのだが。強いて言えばエルンスト殿が3年生だから学院では一緒ではないことくらいか。
そんなことよりも。
早く言え、俺。
「……あのさ、ディアナ」
「何でしょう」
「……殿下とのダンスが終わったら、俺と踊ってほしい」
本当はディアナには身内以外との誰とも踊って欲しくはないが、婚約者候補の一人だから仕方ない。俺は処刑を待つような心持ちで構えた。
「ええ、もちろんです。約束しましたから」
俺はそれを聞いた瞬間、心臓を縛っていた何かがみるみる内に解けていくのを感じた。
覚えていてくれた……そうだよな、ディアナはそんな薄情な子ではないな。何をそんな不安がっていたんだか。
「……覚えているなら良い」
思いとは裏腹に、素っ気ない言葉しか出て来ない自分を恨めしく思った。
次回は1/15(水)に投稿致します。




