75.お兄様VSリリア
「ディアナ!」
「お兄様」
令嬢たちの囲いからちょうど出たお兄様が心配そうな表情で私のところに来た。
「大丈夫? 何もされてない?……って、腕が赤くなっているじゃないか」
「大丈夫ですわ、このくらいすぐ治りますから」
「帰ったらすぐポーション飲んでよ。とにかく無事で良かった。アンリ殿、妹を助けて頂きありがとうございます」
「かっこよかったですわ、お兄さま」
「大したことじゃない」
「大したことですよ。良かった、ディアナが何かしでかす前に助けに入って頂けて」
「ちょ、お兄様」
なんで私が何かしでかすって思うのかしら。まぁ、確かに扇で攻撃しようとはしましたけど。
「……そういえば扇を剣のように構えていたな。昔から剣を嗜んでいることは知っていたが、まさか攻撃しようとしていたとは」
アンリが思い出したように言うと、お兄様が「ディアナ」と咎めるような口調で私をジト目で睨んだ。
「だってそれしか対処が思いつかなかったんですもの」
「母上にあしらい方を習ったんじゃなかったの」
「掴まれた場合は習っていませんよ」
「だからって……はぁ、とんだお転婆銀月姫だよ。そもそも何故僕から離れたんだ。あれだけ事前に離れるなって言っていたのに」
「えっ、えっと……」
学院のアイドルの並びを正面から見たかったなんて言ったら、絶対呆れられるわ。
「殿下とルカさまとリュシアンさまがいらしたら、最上級に美麗な殿方5人を少し離れて眺めてみたくなるものですわ。そうですわよね、ディアナさま」
リリアにバラされた。リリアも昔「聖域」って言っていたくせに。
「そんな理由で離れるな」
アンリに静かに怒られる。
「まぁ、僕も目の届く範囲内なら大丈夫かなって思ったけどね。でもまさかご令嬢の波に引き離されるとは思わなかったよ」
私も思わなかった。アグレッシブな令嬢が多すぎる。
「大丈夫だったか?」
声の方を向くと、ユアン殿下が幾分疲れた表情でこちらに近づいてきた。後ろにエスコルピオ侯爵子息とレーヴェ侯爵子息もいる。
「殿下、大変でしたわね」
リリアが労う。
「私よりディアナ嬢の方が大変だったろう。私も見ていたから助けに行きたかったが対応に苦労してな。くく、でもアンリ殿が令嬢のことはお構い無しにもの凄い速さで出ていったのには驚いたぞ。焦った顔も珍しかったな」
そんな急いで来てくれたんだ。
アンリを見上げると、目が合った瞬間プイっとそっぽを向かれた。よく見たら、耳が赤くなっている。リリアやセシリア嬢、お兄様たちL4とレーヴェ侯爵子息も信じられないものを見たような顔をしている。
あら、また照れているわ。今日のアンリは普段は滅多に見られない顔を見せてくれるわね。でも顔がよく見えないな。
そう思ってそっぽを向いたアンリの顔を覗き込むようにして近づくと、それに気づいたアンリが手で自身の顔を隠した。
「……そこ、いちゃいちゃしない」
「……っ、してない!」
アンリは殿下に指摘されて、ぱっと居直った。私もはっとして覗き込もうとしたのを止めた。
「……」
何このむず痒い感じ。ちょっと距離感間違えたかしら……でもどこからどこまでが「友達」の距離なんだろう。
ふとアンリの横にいるリリアに目が入る。扇で顔を半分隠しているけど、目はニヤニヤの目の形になっていた。
そうだった。リリアは私とアンリをくっつけようとしていたんだったわ。
「え、お二人ってそういう感じなんですか?」
エスコルピオ侯爵子息がヘーゼル色の目を丸くして言った。
「残念ながらまだですわ」
「そうなのか。でも時間の問題でしょうね」
エスコルピオ侯爵子息は肩をすくめた。何が時間の問題なのだろうか。
「それよりディアナはいつまでアンリ殿の腕を掴んでいるの」
「え?」
片眉を跳ね上げたお兄様に言われて初めて、まだアンリの腕に手を添えたままだったことに気づいた。
急に恥ずかしくなり、私はぱっと手を離した。
「あら、せっかく良い雰囲気でしたのに……そうだわ! ノアさま、ディアナさまのエスコート役はこれからはお兄さまに任せてはいかがですか?」
リリアの突然の申し出に、お兄様が一瞬眉根を寄せた。
「いえ、それには及びません。ディアナはあなたと同じ、殿下の婚約者候補の1人ですから。殿下のお相手が決まるまでは僕がディアナをエスコートしますよ」
私と貴族との婚姻を避けたいお兄様と、私とアンリを婚姻させたいリリアの意見がぶつかる。
リリアが頬に手を添える。
「まあ、でしたらノアさまに婚約者が決まったらどうされますの? 当然その方を今後はエスコートなさいますわよね」
その時セシリア嬢がわずかな反応を見せた。
「……その時はディアナのエスコートは他の身内の方に頼みますよ」
「では殿下のお相手が決まれば、ディアナさまのパートナーはわたくしのお兄さま、ということでよろしいかしら?」
「……」
「……」
お兄様とリリアが笑顔で静かに睨み合う。
この場に殿下もいるのに、自分が殿下の婚約者に決まるって暗に言うのは凄い。間接的な駆け引きよね。
殿下をちらっと見やると、腕を組んで静かな笑みを浮かべてやりとりを見ていた。
「リリア」
アンリが咎めるように呼ぶと、リリアが「失礼致しましたわ」と殿下とお兄様に謝罪をした。
「……なるほど。面白いことになっているな」
「ユアン殿下。確かに面白いですが、そういうのはあまり口にしてはいけませんよ」
口元を緩めた殿下にエスコルピオ侯爵子息も笑いを堪えて言った。
「お前もな」
そして殿下は笑みを浮かべたまま、「だが自分のために少し動いたことが、さらに複雑にさせてしまうかもしれないな」と言った。
殿下の意味深な発言に誰もが首を傾げたとき、お兄様が「父上」と言った。
振り向くと、お父様がこちらに向かってくるところだった。まるでモーゼの海割のように周りの人が恍惚とした目を向けながらお父様に道を開けている。
その時殿下の方から、ふ、と唇から漏れた笑いが聞こえた。
お父様が殿下に頭を下げた後、私に「ディアナ、エレアーナが呼んでいるから来なさい」と言った。
お母様が?
「わかりました」
「ノアも私と来なさい。アンリ殿。先程は娘を助けてくれて助かった。今度何か礼をさせて頂く」
「いえ、お気になさらず。俺も側を離れてしまったことをお詫び致します」
アンリがお父様の目を見て応えた。お父様はしばらく見つめ返し、そして私とお兄様に「行くぞ」と促した。
「では殿下、皆様、僕達はこれで失礼致します。殿下、改めてお誕生日おめでとうございます」
お兄様に続いて私も「おめでとうございます。では皆様、失礼致します」とカーテシーをして、お父様の後に続いた。
「ディアナ嬢、また王宮で」
殿下の横を通り過ぎる際、優しく綻んだ麗しい顔でそう言われ、殿下とのダンス中に殿下に言われた言葉が蘇った。
――君に一目惚れをしてしまったようだ。
私はそれを振り払い、貴族の笑みで「はい、楽しみにしています」と無難に応え、お父様に連れられて夫人たちに囲まれれているお母様のところへ行くと、お父様とお兄様はそのまま別の貴族のところへ向かった。
お母様にお友達を次々と紹介され、夫人たちから色々と話を振られたりしたけど、お母様のフォローのおかげもあってなんとかなった。お茶会の招待も次々にされ、今まで蔑ろにしてきたツケが回ってきたことに内心苦笑いを浮かべた。
なんだかんだあったけど、私の初めての社交はこうして幕を閉じた。
次回は1/14(火)に投稿致します。




