74.アンリは友達
そろそろお兄様と合流しないと。この令息達の人垣とお兄様たちに群がる令嬢たちをかき分ける必要があるけど。
「リリア様、セシリア様。少し大変ですが、あちらにいるお兄様たちのところに行きましょう」
私が促すと、さっと目の前に誰かが立ち塞がる。
「銀月姫、よろしければ僕と一緒に庭園へ行きませんか?」
「おい、抜け駆けをするな。銀月姫、私とあちらでお話しましょう」
「……申し訳ありませんが、そこを通してください」
私より2,3個年上の男性2人に突然話しかけられたことに少し驚くも、毅然と対応する。
「そう言わずに。少しお話をするだけですよ。私はあなたのその美しいアルバの瞳に映りたいのです」
ゾクゾクと鳥肌が立った。一見甘そうなセリフでも、見知らぬ人から言われたら拒否反応が出る。
「お話でしたら今この場でどうぞ」
「そういうことではないと、わかっているでしょう。あなたと2人が良いのです」
私は内心でため息をついた。
こういう自分勝手な人は相手にせず逃げるに限るわ。
「失礼致します。リリア様、セシリア様、行きましょう」
「っ、待ってください!」
彼らの横を通ろうとした瞬間、ガシッと腕を掴まれた。
「……っ!」
「ディアナ!」
「ディアナ様!」
後ろからリリアとセシリア嬢の焦った声が聞こえる。
まさかそこまでする!? ちょっ、ひょろっとしているくせに、力強いわね……!
「あなた、伯爵家の分際で無礼ですわよ。その手を離しなさい!」
リリアが咎める。私と同じように不愉快な表情だ。
「私はただ銀月姫とお話をしたいだけですよ」
「おい、触れるのはまずいって」
もう一人私に声をかけてきた男性が、さすがに良くないと思ったのか注意をした。
「うるさいな。さ、銀月姫。2人きりで話せるところに行きましょう」
掴まれた腕が引っ張られる。
こうなったら実力行使よ。骨に当たれば結構痛いはず。
私は掴まれていない方の手でさっと扇を閉じ、まるで愛用の剣のように相手の手を薙ぎ払おうとした時、私の腕を掴んでいた男性の手が突然誰かに掴み落とされた。
「……ディアナに触れるな」
聞き馴染みのある声なのにいつもより低い。相手を今にも地の底に叩き落とすような恐ろしさを含んでいる。
はっと見上げると、アンリが今まで見たこともない形相で伯爵子息を睨みつけていた。
その伯爵子息は公爵家のアンリを相手に震え上がり、「……も、申し訳ありませんでした」と悲惨な声で謝罪し、この場を逃げるように去っていった。
もう一人の男性も慌てて頭を下げ、アンリと目を合わせないようにそそくさと離れた。
「……」
「……」
あ、お礼を言わないと! 私ったら何ぼうっとしているの。
「……ありがとうございます、アンリ様。とても助かりました」
でもアンリは顔を背けたままだ。
「……腕は大丈夫か」
「はい」
ちょっと赤くなっているけど、すぐ消えるかな。なかなか消えなかったら後で治そう。
アンリが片手で自身の両目を覆う。5秒くらいそうした後手を離し、私に顔を向けた。いつもの取り澄ました顔だ。
「ノアのところまで俺が連れていこう。リリアも来い。セシリア嬢も」
そうリリアたちに言った後、アンリは私の肩に腕を回そうとして途中で止め、右腕を私に差し出した。
「俺の腕掴んで」
パチ、と私は瞬きをした。
どうやらお兄様のところまでエスコートしてくれるらしい。私は「ありがとうございます」と言って、おずおずとアンリの腕に手を添えた。ふと周りを見ると令息の人垣がいつの間にか無くなっていた。
そっとアンリを見上げる。
まさか助けに来てくれるなんて……どうやってあの令嬢の壁を超えてきたのかしら。魔王降臨みたいな形相になってたのはちょっと意外だったけど、颯爽と助けてくれたことにかっこいいって思ってしまったわ。ベタな少女漫画だとときめく場面ね。
でもアンリとは友達として接しないと。
私はお兄様のところに向かいながら、「アンリは友達」と心の中で何度も言い聞かせた。
2話続けて投稿致します。




