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69.聞かなかったことにします

ああ、びっくりした……


「一目惚れした」だなんてそんな甘いセリフ言えるの、さすが王子様だわ。


「ディアナさま」


殿下にあんな砂糖を吐くようなことを言うイメージがなかった。しかもあんな言葉を前世含め初めて言われて二重の驚きと戸惑いで終始呆然としちゃったけど、大丈夫かな。なんか最後殿下に、ふ、って笑われたような気がしたんだけど。


「ディアナさま?」


でも私が知らなかっただけで、もしかしたら呼吸をするように甘い言葉を吐く人なのかもしれない。ならあれはただの殿下のリップサービスに過ぎないわ。そのまま鵜呑みにしてはダメね。きっと候補者全員に言っているに違いないもの。何しろ公平に5人とダンスを踊ろうとするくらいだから。


「ディアナさまー?」


可愛らしい声にはっと我に返ると、アンリの横にリリアがいた。


「あ、リリア……様」


気まずさがわずかに心の中に現れる。彼女は殿下の婚約者候補第1位で、たぶん、きっと、殿下のことを想っている。殿下と踊るリリアの表情から察することができた。あんな言葉、今すぐ忘れなければ。あら、私扇をどこにやったかしら。


「ふふ、ディアナに『様』って言われると少し違和感があるわね。それより、先程からぼうっとしてどうしたの? あ、さては殿下に何か言われたのかしら」


「え」


まずい……


目が泳がないように瞳をリリアに固定する。


あれ、待てよ。リリアがそう言うということは、やっぱり殿下はリリアたちにも砂糖菓子のようなセリフを常日頃から言っているんじゃない? ほら、やっぱり鵜呑みにしちゃいけないわ。


「あ、その顔。ふふ、やっぱりそうなのね。ねぇ、何て言われたの? ほら、お兄さまも気になるでしょ?」


わずかに揺らいだ桃色の瞳で私に言った後、取り澄ました顔のアンリに顔を向けた。


リリアったら嫉妬とかしないのかしら。殿下が好きなら、殿下が他の女性に甘い言葉を吐いたとわかったら、普通モヤモヤすると思うんだけど。


でも嫉妬を隠しているっていうのもあり得るわね。貴族は感情があまり(おもて)に出ないように教育されているから、公爵令嬢のリリアなら尚更そうだ。ならリリアの心の平穏のためにここは正直に言わない方が良いわね。


「大した事ありませんわ。ただ個別で殿下とお茶会をするために王宮でお会いすることになったので、少し驚いただけです」


そうなったタイミングは違うけど、嘘は言っていない。横にいるお兄様には違うとバレているけど。


「まぁ、そうなのね。確かにディアナさまは殿下と全くお会いしていなかったものね。公平ならそうなさるのも当然だわ」


リリアがクスクスと笑う。誤魔化せたかしら。


気まずさを紛らわせたくて私はふと踊っている人たちに目を向けた。すると、見覚えのある方がローラ王女殿下と踊っていた。


あの人って、もしかしてエルンスト·シュタインボック小公爵? 銀髪ってお父様と私以外だとシュタインボック家くらいだからきっとそうよね。長身痩躯で顔つきはキリッとしたクールイケメン。ちょっと髪型がお父様に似ている。


王妃様のお茶会以来だわ。あの時は確か、初対面なのに嫉妬のような目付きて睨まれた記憶があるわね。王女殿下と踊っているということは、シュタインボック家は今度は王女殿下に近づくつもりなのかしら。お父様が私と小公爵との婚姻を断ったし。


でももし王女殿下と小公爵が婚約して、ユアン殿下もシュツェ侯爵令嬢と婚約したら、王家は黒竜侵略派と関係を結ぶということになる。王家は中立派からユアン殿下の相手を選ぶという噂があるからそうなる可能性は低いけど、侵略派から黒竜討伐依頼がディーノさんに出された今、侵略派の思惑を阻止するためにも何としてもリリアにはユアン殿下の婚約者になってもらわないと。


よし、殿下のあの一言は聞かなかったことにしよう。


そう心に決めながらホールの中央を見る。でもユアン殿下が次の候補者と踊っていると思ったのにいなかった。


「あら? 殿下がいませんね」


「少し休憩するって言ってディアナを僕達の所に連れた後に退出したよ。聞いてなかったの?」


お兄様の言葉にぽかんとする。お兄様は扇で私の顔を半分隠した。あ、私の扇。お兄様に預けたんだった。


ていうか全然聞いてなかったわ。私ったら、甘い言葉攻撃の余波から中々抜け出せなかったようね。


「次はおそらくレリアさまでしょうけど、今頃きっと悔しさに歯噛みして顔が歪んでいるでしょうね、ふふふ」


ざまぁ顔で笑うリリアを見ながら、「腹黒でも良いから王子妃になって」と心の中で願った。

次回は12/31(火)に投稿致します。

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