68.ユアン殿下とダンス
貴族の拝謁の時間が終わり、ユアン殿下がホールに降りてきた。
ユアン殿下がリリアをダンスに誘う。2人がホールの中央に移動し、演奏に合わせて優雅に踊る。
リリアのドレスは自身の瞳と同じ桃色で、宝石のようなシャンデリアの下でドレスが翻る度に、リリアの嬉しそうな顔と相まってその光沢が一層輝きを放っている。この2人が一緒にいることが当たり前のような空気感がどことなく感じられ、他の人のダンスよりも、華やかで美しい2人に自然と視線が集まった。
「婚約者候補たちとのダンスが始まったね」
2人の踊りを見ながらお兄様が言った。
「殿下は全員と踊るのですか?」
「そう仰ってたよ。公平にって」
私はたぶん一番最後ね。可能性が一番低いし。それにしても、リリアが一番最初に踊るということは、婚約者はリリアに確定しているようなものじゃない? でもまだ決まったわけじゃないから5人とも踊らないとだなんて、殿下も大変ね。
あ、そういえば私、アンリにダンスを誘われていたんだったわ。アンリは今どこにいるのかしら。
目を彷徨わせていると、私から10m程右斜め先にある白い柱の側にアンリがいた。途端、パチッと目が合う。
アンリが目をそらし、口元を手の甲で抑える仕草をした。そして少し躊躇した後、俯き気味に人混みをかき分けて私達の方に移動して来た。
そして私の側に来ると、少し言い淀みながら「久しぶり」と言った。
「お久しぶりです。学院はどうですか」
「……まあまあ」
まあまあて……どうせその爆発した色気で女子生徒全員を悩殺しているんでしょう。青藤の瞳と目元のホクロのコラボがそうさせているわ。
「……あのさ、ディアナ」
「何でしょう」
「……殿下とのダンスが終わったら、俺と踊ってほしい」
「? ええ、もちろんです。約束しましたから」
「……覚えているなら良い」
なんか今日のアンリ、いつもと違うような……もしかして緊張してる? 珍しいわね。そして心無しかさっきから周りの視線がすごい。私の左側にはお兄様、右側にはアンリという、爆イケ2人に挟まれているせいで令嬢たちからの羨ま視線が痛いわ。
「ディアナは何番目でしょうね」
「一番最後じゃないか?」
「そうですか……アンリ殿、それまでお暇ですよね。誘い待ちのご令嬢が周りにたくさんおりますよ」
「それはお前もだろう」
お兄様とアンリが私を挟んで会話をする。
殿下とリリアのダンスが終わった。観客から拍手が巻き起こる。
さて、次は誰かしら。リリアがレリア嬢と王子妃の座を争っているって言ってたから次はレリア嬢かな。
レリア嬢はどこにいるのかな、と思ったけど、私レリア嬢の顔を知らないんだった。瞳が3人目の「女神の化身」と同じ蜂蜜色をしているという情報しかない。
よそ見していたら、私の前に誰かが来た気配がした。
ん? と顔を上げると、なんと目の前に綺麗な笑みを浮かべたユアン殿下がいた。
え……
殿下が私にお辞儀をする。
「ディアナ嬢、1曲お相手願えますか」
私は目を見開いた。その時、近くから「そんな……!」という悲痛な女性の声が聞こえた。
えっ、次私なの!? レリア嬢、また欠席? でもそんなわけないわよね。
驚いた上に緊張が波のように一気に押し寄せてきた。
お兄様を伺うと、お兄様も虚をつかれた顔をしていた。
殿下に顔を戻すと、にこりと微笑まれる。考えが読めない顔に私はおずおずと「はい」と返事をした。次が私の番なら私はそれに従うしかない。
殿下に右腕を差し出され、私はそれに平常心を保ちながら左手を添えると、空いている中央にエスコートされた。
演奏が始まり、互いにステップを踏む。踊り慣れているとわかる程、殿下のリードはとても踊りやすい。
でもダンスってこんな顔が近かったっけ? 思えば身内以外の男の人と踊るのは初めてだわ。
「……ディアナ嬢、私を見て」
「……!」
反射的に顔を上げると、アメジストのように輝く瞳が私を真っ直ぐ見ていた。凛々しい顔立ちに艶が足されたような表情を見て、私は思わず感心してしまった。
お父様で麻痺しているせいか、他のイケメン男性を見ても見惚れるとかそういうのはないんだけど、でも殿下はさすがというか……伏し目がちの金色の長い睫毛に縁取られた紫の瞳が特別だからかわからないけど、ずっと見ていられるような造形美があった。
「王子」と踊る機会なんてこの先ないものね。私の色々な事情は脇に置いといて今は楽しもうかな。
すると、観客のあちこちから称賛の声と噂話をする声が聞こえてきた。
「素敵なお二人ですわ」
「ええ、まるで物語のワンシーンを見ているようだわ」
「月夜に舞い降りたアルバローザの妖精姫に王子様が恋に落ちる物語ってところかしら」
「あら、公爵家に睨まれますわよ」
「中立派と連続して踊るということは、殿下の婚約相手は中立派から選ぶというポーズなのか?」
「王家は王妃様に続いてまた中立派から選ぶのか」
「冗談じゃない」
「私はベリエ公爵令嬢かシュツェ侯爵令嬢のどちらかと思っていたが」
「でも銀月姫はベリエ小公爵と仲がよろしいと聞きましたよ」
「確かに銀月姫が唯一交流を深めているのがベリエ公爵家だったな」
「婚姻の噂もあるとか」
「シュタインボック家にもその噂がなかったか?」
……どっちも断っていますよ。はぁ、せっかく楽しもうとしているのに貴族ってどうして他人の噂話が好きなのかしら。
その時、目の前の殿下が、ふ、と微笑んだ。
「ディアナ嬢は私とのダンスは一番最後だと思っていただろう?」
「え……はい」
血縁上、殿下と婚姻を結ぶ可能性は一番低いし、王妃様によく思われていないし。
「先程までは私もそのつもりだった」
「え……?」
「拝謁の場でディアナ嬢を見たとき、気が変わったんだ」
あ、陛下に交流を深めろと言われたから? でもそれだと一番最後にならなかった理由にはならないわね。
「ディアナ嬢と会うのは8年ぶりだな」
あら、話が変わった。でもそうか。私は「ミヅキ」としてこの前会ったから全然久しぶりな気がしなかったわ。
「そうですね。ご無沙汰して申し訳ございません」
「私の婚約者候補なのにあの時から一度も会うことはなかったな。他の候補者たちはよく私に会いに来たんだが」
「も、申し訳ありません……」
まさかダンス中に咎められるとは思わなかった。でも王家との婚姻を全力で避けているのに、わざわざ会いに行くわけないじゃない。
「ふ、まぁ私も自分から誘うことはなかったが、それも少し後悔している」
「……」
「ディアナ嬢は、私がこう言ったら驚くかもしれないが……」
そしてダンスで私と殿下の距離がぐんと近づいた瞬間――
「――君に一目惚れしてしまったようだ」
艶を含んだ口調でそう囁かれ、私はその言葉の意味をやっと理解したときにはもうダンスが終わっていた。
次回は12/27(金)に投稿致します。




