67.ヴェルソー魔法師団長
「ヴェルソー小公爵」
「いつも通り『魔法師団長』で良いですよ。当主なんてなりたくないんで」
お父様が黙る。
当主になりたくないなんて。わざわざヴェルソー公爵が才能を見込んで養子にしたのに?
「そちらのお二人は初めましてですね。ハルト・ヴェルソーです。総長のお子さんに会えるなんて嬉しいな。いやぁ、総長に似て美男美女ですね」
にこっと微笑む魔法師団長に私とお兄様も名乗って挨拶をした。
想像していたよりも朗らかな人で、私の魔法師団長像が早くも崩れた。
それより、私は名前の音を聞いて疑念が確信の方へと一歩近づいた。近くで見ると顔立ちもあまりルナヴィアの人っぽくないような気もする。そして馴染み深い黒い瞳……
「公爵の所にいなくて良いのか?」
「擁護派に囲まれるのは疲れますので。拝謁も終わりましたし、総長にご挨拶をしたらもう帰ろうかと。やることも山積みですしね」
上司の前でも眠そうな顔が隠しきれていないところを見ると、すごく忙しいのがわかる。あ、そういえば、ランデル山脈の謎の結界の解析、ちゃんとフリをしてくれているのかな。
「そうか……忙しいところ悪いが、頼んでいたことは」
「ふふ、心配なさらないでください。大丈夫ですよ」
「助かる」
お父様が聞いてくれた。ありがとうございます。
「総長の頼みですから。そうだ、今更ですけど、頼まれついでに俺の頼みも一つよろしいですか?」
「何だ」
「Sランク魔法使いのことです」
え、な、何……?
「……それがどうかしたのか」
「彼、3属性で無詠唱だそうですね。部下から聞きました。彼を魔塔に誘いたいのですが、可能ですか?」
魔塔? 今魔塔って言った!?
扇で顔を半分隠しているけど、動揺が顔に出ないよう必死に堪えた。お兄様はさすがというか、何も悟らせないような貴族の笑みを浮かべている。お父様もいつも通りの真顔だ。
部下から聞いたって、ニールさんていうあの上級魔法師の人から聞いたのかしら。
心臓が早鐘をうつ。扇を持つ手にも力が入る。お父様断って!
「彼は冒険者だ。魔塔に誘うのは無理がある。そもそも王立学院の卒業資格がないと入れない」
それを聞いて私は密かにほっとした。
「臨時で雇うのも難しいですか? ほら、依頼という形で」
魔法師団長の粘りに、私は内心ヒヤヒヤした。「依頼」とかいうパワーワードやめてー!
「何故そこまで?」
「いやちょっと魔法師の育成に人手が欲しいと思ったので」
「リード副団長がいる」
「そうなんですけど、俺無詠唱なんでたまに魔法師の戦闘訓練で魔獣役をやるんですよ。でも最近ホント寝る暇ないくらい忙しくて」
魔獣役て……それを私にやらせようとしているのか。
「……なるほど。なら私が代わりにやろう」
「え、本当ですか? でも皆総長に魔法を当てられるかな……」
「当てないと訓練にならない」
「ちょっと意味が違うんですけど……でも総長もお忙しいですよね?」
「毎日は無理だが、たまになら問題ない。私にも部下はいるしな」
魔法師団長はしばらく逡巡する。
「……わかりました! 総長が訓練を見てくださるなんてとても貴重ですからね。ではお言葉に甘えて、よろしくお願い致します」
そして「ありがとうございます!」と頭を下げた後、魔法師団長が向日葵のような眩しい笑顔をお父様に向けた。
なんだかお父様に対して年下ワンコ感が……でもとりあえず難は逃れた。代わりに副官のベッセマーさんの書類仕事が増え、お父様が魔獣役をやることになったけど。
「では総長、俺はこれで失礼しますね。ノア殿、ディアナ嬢もまた」
去り際にヴェルソー魔法師団長は私に黒い瞳を向け、そして扉の方へ向かった。
「……お父様、ありがとうございます」
「ああ」
「……思っていた印象とは違うね」
魔法師団長の背を見送りながらお兄様が呟く。
「どう思っていたのですか?」
「引きこもりで魔法研究に熱心な擁護派の象徴的存在」
「……」
明るい人で良かった、と思った。
魔法師団長は孤児だと聞いていた。幼い頃に神殿にいたところをヴェルソー公爵家傘下のロイスナー伯爵家に保護され、その後ヴェルソー公爵家の養子になり、以降擁護派に祀り上げられる存在になった。
以前その話をお父様から聞いたとき、両親がおらず引き取られたという点で私の前世と境遇が似ているなって勝手に親近感を覚えたけど、 あの明るい笑顔を見ると前世の私よりずっと強い心を持っているのだろうと思った。
とりあえず、魔塔行きが回避できて安心した。でも少しモヤモヤ感もまだ残っている。
あの懐かしさを感じる瞳……間近で魔法師団長を見てからある疑いがどんどん深まる。本人に直接確かめたいけど、そんな手段なんてない。身分が格上だし、確かめられたとして、じゃあ私は? ってことになる。相手のことを暴いて自分のことは話さないなんてそんなずるいことはできないわ。
気になるけど、今はまだ私の胸の内にしまっておこう。




