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65.ルナヴィア王家

パーティーに招待された全ての貴族がこの大ホールに集まり、しばらくして演奏が変わった。


いよいよ王家の入場だ。


ホールにいる皆がお喋りを止め、最上級の礼をして王家が現れるのを待つ。


そしてホール正面の階段上にある王族専用の両扉が2人の近衛騎士によって開け放たれ、華やかな衣装を纏った国王陛下と王妃殿下、そして主役のユアン王子と姉のローラ王女が威厳と畏怖をもって階段を降りていく。


濃紺のカーペットの上を優雅に進む。ホールを見渡せる踊り場の位置に王家の4人が立つと演奏が止まり、ホール内はしんと静寂に包まれた。


「面を上げよ」


陛下の低いけどよく通る美声を合図に、皆が礼を解いた。


目線だけ少し上げて見ると、陛下の畏怖を感じさせるような雰囲気の中の男の色気に目を惹きつけられた。お父様が「銀月の君」と呼ばれているなら陛下は「太陽の君」とも呼ばれていそうな華やかさのある美貌をもっている。でも王の証である紫の瞳は何でも見透かすような怖さをはらんでいるように感じた。


ちらっと見ただけだったのに、何故か陛下と目が合ったような気がして私は目を伏せた。


さっきの魔法師団長に対しても焦ったけど、魔獣を観察する癖でつい人をじっと見てしまうわ。人に対しては自重しなくては。


「……我が息子、ユアンの15歳の誕生パーティーに、多くの者が祝いに訪れてくれたこと、王として感謝する。今宵は存分に楽しんでいってくれ」


陛下の挨拶に拍手が起こる。そして主役であるユアン殿下が挨拶のため少し前に出た。


「ユアン・ドュ・ルナヴィアだ。今日は私のために集まってくれて嬉しく思う。この国のただ一人の王子としての自覚を常に持ち、国の発展のため力を発揮できるよう邁進していく所存だ」


自信に満ち溢れた凛とした出で立ちで、陛下のようによく通る美声をホール中に響かせる。白い衣装のせいか、この前「冒険者ミヅキ」として出くわした時に比べて輝いて見える。でも衣装よりもプラチナブロンドの髪よりも一際輝いて見えるのは、美術品のように整った顔の紫の瞳だ。今日の方がまさに「王子」って感じがする。


「では、パーティーを楽しんでくれ」


それを合図に優雅な音楽が流れた。


陛下は肩にかかった紫のマントを翻して王妃と共に階段を降り玉座に向かい、そして腰を下ろした。


ユアン殿下とローラ王女殿下はホールに通じる階段を降りる。ユアン殿下の婚約者はまだ決まっていないため、殿下はファーストダンスにローラ王女殿下と踊るのだ。


ローラ王女殿下はユアン殿下の2つ上の姉だ。瞳と同じエメラルドグリーンのように輝く濃い緑色のドレスと腰まである王妃様に似た亜麻色の髪をホールの中心でなびかせながら、息の合ったダンスで観客を魅了した。


2人のダンスが終わると、皆それぞれパートナーとダンスを始める。


そして公爵家から順に王家への拝謁が始まった。


「さぁ、記念すべきディアナの社交デビューだ。僕らも踊ろう」


お兄様が右手を差し出してくる。私はそれに緊張しながら左手を乗せた。


「顔が強張っているよ。笑顔笑顔。あ、程々のね」


私はそれにクスリと笑った。洗礼式の時、私が満面の笑顔を見せたらピシッと固まってしまった領民の光景が思い浮かんだ。ここでそこまで笑えないわ。


それに、こういう日のために日頃からダンスの練習をしてきたのだ。大丈夫。まぁ冒険者をやり始めてからはほとんど2号が練習していたけど。


曲目が終わり次の曲に移った時、ダンスホールのなるべく端の方にお兄様にエスコートされる。大勢の注目があまり集まらないように配慮してくれた。


でもそれも虚しく、踊っているとやっぱり多くの視線が突き刺さった。


「……お兄様、モテモテですわね」


「ディアナこそ」


「今日はクラスの方たちも何人かいらっしゃっているのでしょう?」


「そうだね。でも僕は踊らないよ。今日はディアナのナイトだからね」


……お兄様ファンの令嬢たちから恨まれそうだわ。


ダンスを終えホールの端に寄る。ユーリお従兄様たちもダンスを終えて戻ってきた。


すると、美しく着飾った令嬢たちがお兄様に近づき、「ノア様、ごきげんよう」と声をかけてきた。学院の人たちかしら。


そしてお兄様の横にいる私には、ぽーっと一瞬惚けた後値踏みするような目を向ける。そしてまたお兄様に視線を移し、「次は私をダンスに誘って」というような熱のこもった眼差しでお兄様を見つめた。


「今日は誰とも踊らないんだ。ごめんね」


お兄様の優しい笑顔に、断られているのに令嬢たちは残念がるどころか皆うっとりとした表情を浮かべている。


あれね、お兄様の甘やか天使スマイルにやられて何も言えなくなるというやつね。


「そろそろ拝謁の順が来たかな。ではまた学院で」


令嬢たちにそう告げた後、お兄様は「従兄上、レティシア嬢、僕たちはこれで」と言って、人の輪から私を連れ出てお父様とお母様がいる所へ向かった。



「私達はエスコルピオ侯爵家の後だ」


拝謁する場所に近い所にいたお父様が教えてくれた。


「2人のダンスに皆釘付けだったわよ」


柔らかく微笑むお母様に言われ私は、はは、と苦笑いを浮かべた。


「ノアもそろそろ婚約者を決めないと、色々大変でしょう? 縁談は数え切れないほどあるのだけど」


「相手はもう決めている」


「えっ」


お父様の衝撃的な発言に私はお兄様とお母様よりも早く反応してしまった。だってお兄様の婚約相手よ?


「誰なのですか?」


私はお兄様を差し置いて尋ねた。


「それはこの場で話すことではない。ほら、次だ。行くぞ」


えーっ、めっちゃ気になるんですけど! 


私はお父様たちの後に続きながら、「お兄様はもうご存知なのですか」と声を落として尋ねた。


「知らないよ」


「えっ、なら気になりますよね?」


「まぁだいたいの目星はつくし、父上が決めた相手なら特に何も心配していないよ」


心配とかそういうあれじゃなくて……


「お兄様って、好きな人とかいないのですか?」


この際聞くと、きょとんとした顔をされた。


「考えたことなかったな。こう見えて自分のことに精一杯だからね。ディアナは?」


「私だっていませんよ」


恋愛どころじゃないし。恋愛的に好きになるっていう感情がよくわからないし。


とりあえずお兄様の婚姻相手は誰なのか、頭の中に貴族名鑑を掘り出した。

次回は12/18(水)に投稿致します。

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