64.ユアン殿下の誕生パーティー
王宮に到着し、家名が呼ばれるまで別室でしばらく待機した後、私たちはパーティーが行われる大ホールに向かった。
私は王宮に到着してからは貴族令嬢の仮面をきちんとかぶり、内心の緊張も隠しながら堂々と大ホールに続く道を歩いた。
進むにつれ、人々の話し声や弦楽器の演奏が大きくなっていく。
そして大ホールに到着した。
私の初めての社交がこれから始まると思うと、心臓が飛び出そうになる。でも避けては通れないなら、もうやるしかない。
私は一つ深呼吸をした。
「ヴィエルジュ辺境伯家の皆様!」
衛兵の合図で開け放たれた扉から煌びやかな会場に入る。すると、ホールの話し声が突然電源を落としたかのように静まった。
うわ、すごい注目……
私はお兄様の右腕に添えた手に力を入れ、お父様とお母様を先頭に、煌びやかな空間へ優雅な音楽が流れる中入場した。
そして火をつけたようにホール内がざわめき出す。
「ヴィエルジュ辺境伯様よ! ああ、言葉にできない程麗しいわ……!」
「あら、あのご婦人、辺境伯様を見て今にも倒れそうよ」
「辺境伯夫人も相変わらずお美しい……お二人が並ぶとここは神々の楽園かと見紛う程だ」
「「「きゃあっ、ノア様ー!」」」
「ねぇ、あのご令嬢ってもしかして、例の……?」
「あのご令嬢が銀月姫……」
「詩人の詠った通りの、いやそれ以上の美しさではないか……!」
「辺境伯様が溺愛なさるのも頷ける」
「お近づきになりたいものだ」
「素敵なお召し物ですわ。まさにアルバローザの妖精姫が舞い降りたかのよう」
「噂には聞いておりましたが、銀月姫は辺境伯様に似ていらして秀麗なお顔立ちですこと」
「雰囲気もどこか月のように冴え冴えとしていますものね」
好奇な視線をチクチクと感じながらお兄様にエスコートされるがままホール内を進んでいると、お母様の実家であるヴァーゲ侯爵家の皆さんが声をかけてきた。
「登場から魅せられるね、ジュード殿」
「ウィリアム殿」
お母様と同じ白金の髪をオールバックにした髪型にやや濃いめの翡翠の瞳をもつ、ヴァーゲ侯爵家当主であるウィリアム・ヴァーゲ。私とお兄様の伯父にあたる。40代前半の涼し気な雰囲気のあるイケオジだ。当主の証である領地カラーの水色のマントを肩にかけている。
「息災か、エレアーナ」
「ええ、お兄様。お久しぶりですわ。ジュリア夫人はこの間ぶりですわね」
「ふふ、またお誘いするわね」
伯父の妻であるジュリア・ヴァーゲ侯爵夫人は金茶色の髪に浅葱色の瞳をもつ華やかさのある美女だ。お母様より3つ年上でもうすぐ40歳になるというのにいつ見ても若々しい。
当主と夫人同士で会話が始まった。
ジュリア伯母様の横にはユーリお従兄様と、その隣には婚約者がいた。名前は確かレティシア・リデル伯爵令嬢。ユーリお従兄様に婚約者ができたことは知っていたけど、会うのは今日が初めてだ。リデル伯爵家はヴァーゲ領の南にあるブラキウムという街を治めている貴族で、古くからヴァーゲ家に仕えている家だ。
「やあ、ノア。王宮に通っていた時はちょくちょく会っていたのに学院が始まった途端全然会えなくなっちゃったね。学院はどう? モテモテなんでしょ?」
「楽しくやっていますよ」
からかい口調のユーリお従兄様にノアお兄様は苦笑して返す。従兄弟なのに兄弟みたいに雰囲気が似ている2人だ。
「ノアの学院生活はレティシアから聞いているよ。僕はもう卒業したからね。あ、ディアナは初めて会うだろうから紹介するね。僕の婚約者のレティシア・リデル伯爵令嬢だ」
「お初にお目にかかります。レティシア・リデルと申します。仲良くして頂けると嬉しいです」
美しくカーテシーをする彼女に私も名乗り、挨拶をした。
レティシア嬢は濃いめの金髪に空色の瞳をもつ知的系美女だ。ドレスもユーリお従兄様の瞳のような緑色のAラインドレスで清楚に着こなしている。ただ、さっきから私と目が合っては逸らされるをもう何度か繰り返しているのがちょっと気になる。
どうしたんだろう。お父様似のこの顔のせいかとも思ったけどそんな照れた感じではないような。ていうかユーリお従兄様ともさっきから目が合わないのよね。
「ふたりともディアナに対して何かソワソワしていますけど、どうしました? レティシア嬢はわかるけど何故従兄上まで?」
お兄様が込み上げた笑いを抑えながら聞いた。
「いや、だって驚くよ。まんまアルバの妖精姫だもの。なんかもう凄すぎて僕あまり見れないよ」
この「アルバの妖精姫ドレス」、うちの専属の仕立て屋さんが頑張っちゃったらしい。「ディアナ」では外出をほぼしないから服装もシンプルな室内着ばかり買っていたんだけど、今回私の社交デビューってことでデザイナーさんやお針子さんたちが「ぜひ私共にお任せください!」って燃えに燃えて張り切った結果がこのドレスだ。仮縫いで試着した時皆滂沱の涙を流していたのを見て、もう少し普段から服装にこだわろうと思った。
「これでまだ12歳なんでしょ? ノア、これじゃ守るの大変だね」
ユーリお従兄様が同情を浮かべた目でお兄様の肩をぽんとする横で、レティシア嬢が何やら衝撃を受けている。
「……え、12歳……?」
「はは、ね、そうなるよね」
一応あと2ヶ月で13歳になるんだけど、そんなこと言っても意味ないか。
「先程からディアナへの男共の視線がうるさいですよ」
見られているのがわかるから親戚を前にしても一切気を抜けないわ。まぁもう見られるのには慣れたけども。
「ところで従兄上たちはいつ頃ご結婚されるのですか?」
「レティシアが来年学院を卒業して18歳になったらだよ。まぁでも、森の結界の状況によるかもしれないけどね」
ユーリお従兄様とレティシア嬢の婚姻は政略的なものと聞いているけど、仲が良さそうに見える。お父様とお母様も政略結婚だけどお互い尊重し合っていて良好な関係だ。政略結婚って愛とか情がない印象が強いけど案外そうでもないのかな。でも人によるのかも。
その時、ホール内が一瞬どよめいた。
お兄様が視線を入場口の方に向け、声を落として言った。
「ヴェルソー公爵家だ」
「何故こんなにざわついているのですか?」
「……たぶんだけど、ヴェルソー小公爵がいるからじゃない?」
「え?」
ヴェルソー小公爵って魔法師団長のことよね。別にこの場にいておかしくないと思うけど。
「夜会やパーティーに滅多に顔を出さないことで有名だからね。でもさすがに王家主催のものは出るか」
「そうなんですね」
入場したヴェルソー家を遠目で見ると、緑色のマントを身に着けているヴェルソー公爵の後ろに、それらしき男性を見つけた。
あれが魔法師団長……便利で画期的な魔道具をいくつも生み出しているという……
紺色を基調にした落ち着いた礼服に、男性にしては長めの黒髪に金メッシュ。目にかかるくらいの前髪から覗く瞳はここでは珍しいとされる漆黒。背はそれほど高くなく、顔立ちはあっさりとした感じで、未だに婚約者がいないのが不思議に思われる程のイケメン具合だ。魔塔に引きこもっていることから根暗な印象があるけど、見た目からはそんな陰気な雰囲気は感じられない。
度々お父様との話に上がるから魔法師団長のことは以前から気になっていた。その人が今同じ空間にいる。話してみたい気持ちがあるけど、相手は公爵家の人間だ。こちらからは話しかけることは出来ない。
じっと観察していると、魔法師団長の欠伸を噛み殺して涙目になった黒瞳が私に向いた。




