63.銀月に舞うアルバローザの妖精姫
カンケルの月(7月)の半ば、いよいよユアン殿下の15歳の誕生パーティーの日がやって来た。
王都は朝からお祝いムードで賑わい、街中が紫一色に染まっている。建物の至る所や、人々の胸元や髪には紫色のリリオンという花が飾られている。
紫は王家の色でもあり、リリオンは王家の紋章である銀月草に似た花であることから、王族の生誕の日には紫のリリオンの花を飾ったり身につけたりする習慣がある。
そして今日から私は社交デビューをする。
ええ、朝から内臓がせり上がってくる感覚がしていますよ、ええ。魔獣を相手にするより貴族を相手にする方が正直怖いです。でも王宮に着いたらヴィエルジュ家の令嬢らしく、しゃんとしなくちゃ。家族に迷惑はかけられないものね。
姿見の前でドレスアップした自分を見つめる。朝からシェリーたちに念入りに磨き上げられて、鏡の中の自分が光り輝いて見える。
なんだこの超絶美少女は……メイクをして益々人外級になっているわ。
自分なんだけど他人を見ているようで不思議な感じだ。
「ディアナ様、ものすごくお綺麗です……」
「これぞ銀月に舞うアルバローザの妖精姫ですわ……」
シェリーや侍女たちがうっとりと私を見る。
私のドレスは青薔薇のアルバローザをモチーフにデザインされている。首からデコルテ部分は上品な白の総レース。胸元の切り替えからウエストは淡い水色。ウエストの切り替え部分にはアルバローザと同じような色の「アウロラ」という名前の宝石がいくつも装飾されている。そしてAラインのドレスのスカート部分はアルバローザを逆さまにしたようなデザインで、まるで花びらを何枚も重ねて纏っているかのよう。ウエストから裾にかけて青が濃くなるようグラデーションになっている。首と耳にはアウロラの装飾品、銀月に輝く波打つ長い髪はラ◯ン◯ェルのように片側に大きな三つ編みにし、いくつものアルバローザと真珠で飾り付けられている。
髪につけたアルバローザで精製された香油により香りまでアルバローザで、侍女が言ったように本当にアルバの妖精姫みたいだ。
ちなみにこの香油はお母様が作っており、貴族向けに販売されている。アルバローザという品種を作ったのはお父様のお祖母様――先々代の国王の妹君――なんだけど、調合スキルを持つお母様がアルバローザを使った化粧品事業を20歳の時に始めたらしい。今やヴィエルジュ家の一大事業にまで発展している。
それはさておき。
青と白銀なんて、ファザコンを全身で表現しているみたいだわ。まぁでも青と白銀は今の自分の色でもあるから何の問題もないけども。
デコルテ部分とお揃いの柄のレースの手袋をはめ、シェリーからドレスと同じ色の扇を受け取ったところで部屋の扉がノックされた。侍女の一人が対応に行くと、お兄様が迎えに来たようだ。
「ディアナ、迎えに来たよ。そろそろ行こ、う……」
お兄様が立ち止まり、ぽかんとして私の全身を眺めた。お兄様もおめかししていつもの甘いマスクに凛々しさがプラスされ、ペールグリーンの礼服にタイやカフス、ピアスなどはお兄様の瞳と同じ翡翠色で統一されている。
この状況、前にもあったわね。洗礼式の時だったかしら。
シェリーたちが微笑ましい光景に笑みを浮かべている。
「どうですか……?」
お兄様が自身の額を片手で抑え、悩ましげに呟いた。
「……いや、うん、すごく、すごく綺麗なんだけど……どうしよう、すごく心配になってきた……今更だけどこれって人前に出して大丈夫かな……まぁ僕が何があっても守れば良いんだけど」
「武力ならありますからそんなに心配しなくても」
「そういうことじゃないんだよ……」
お兄様がため息をついた。
「良い? ディアナは今日が社交デビューでしょ? 殿下の誕生パーティーだけど正直貴族たちはディアナへの注目が高い。『中々姿を見せない銀月の君の愛娘』がいよいよ公に出るからね。姿を見た途端皆絶句するよ、アルバの妖精姫が現実にいたんだって。絶対に僕から離れたら駄目だよ? 前にアンリ以外とも踊ったらって言ったけどあれは撤回する。僕がどうかしてた。エスコート役の僕と殿下とアンリ以外とは踊っては駄目だ。わかった?」
お兄様の心配の洪水に呑まれそうになりながら私はコクコクと頷いた。シェリーと侍女たちも御尤もですと頷いている。
「もし僕がどうしても離れないといけなくなった時は、リリア嬢かアンリと一緒にいてね。父上と母上はそれぞれ社交があってずっと側にいるわけじゃないから。絶対に一人にならないこと。約束して」
「わかりました。約束します」
私はこわごわと頷いて、再び緊張で冷たくなった手で扇を握り締めた。
私はお兄様にエスコートされながら玄関に行くとお父様とお母様も玄関に来たところだった。
うわ、眩しい……! 2人の周囲にまばゆい光のオーラが見えるわ。
お父様は正装である黒の軍服に領地カラーの紺青のマントを肩にかけている。軍服には金の装飾が所々に施され黒色なのに煌びやかだ。両耳にはいつもの青い宝石ではなくお母様の瞳の色の翡翠色の宝石のピアスをつけている。そして普段はおろしている前髪が軽くあげられているためか格好良さが爆発している。会場の令嬢や婦人、夫人たちを悩殺してしまう勢いだ。いやこれは男でも惚れてしまうかもしれない。
余談だけど、お父様の軍服の黒には最強という意味がある。この国では黒竜の色である黒は「最も強い者」とか「最も恐れる者」という意味があって、お父様の軍服以外にも魔法師団長のローブやSランク冒険者のギルドカードも黒色だ。実力主義の風潮があるこの国らしい。でもお父様はあまり気にしないのかヴィエルジュ騎士団の騎士服も黒に定めているんだけど、うちの騎士団は最強と言われているので特に批判はなかったそうだ。
私は心のなかで悶えながらお父様を賛美した。
そしてお母様は神話に出てくるどの女神様も嫉妬するような美しさだ。光輝く金色の長い髪をアップにしてお父様の瞳のような夜明け色の青いアウロラの宝石がついた髪飾りをつけている。ピアスや首飾りや指輪もその宝石で、控えめなAラインの紺色のドレスには銀色の小さな宝石が散りばめられている。あまりの美しさに私の青い瞳が輝く。
「お母様、とってもお綺麗です……」
「まぁ、ふふ、ありがとう。ディアナもアルバの妖精姫が実在したかのように綺麗よ。ノア、しっかり守りなさいね」
「わかっています、母上」
「ディアナ、決して一人にならないように」
お父様にも言われた。
私は苦笑いを浮かべながら「わかっています」と言い、皆で馬車に乗り王宮へと向かった。
誤字を修正致しました。
ご報告ありがとうございます(^^)
次回は12/13(金)に投稿致します。




