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幕間(10)

「Sランク魔法使いに断られたそうだな、トーマス」


私は自室のソファでグラスを傾けながら、扉の前で微動だにしない執事トーマスに尋ねた。灯りが少ないせいでトーマスの顔の陰影が濃いためか、顔色がはっきりしない。


「……は、申し訳ございません」


トーマスが深く頭を下げる。


「別に怒っているわけではない。もう一人のSランクの剣士は引き受けたのだろう? やはり庶民は金に目がないな。それで、Sランク魔法使いの素性はわかったのか?」


「……目下調査中でございます。ただ、冒険者たちの間では商家の者ではないかと噂されております」


裏社会では名の知れた組織を雇っているというのに、それだけか。


「強請れる材料はあるに越したことはない。依頼内容を知っている以上……わかっているな?」


「……承知しております」


「なら、もう下がって良い」


トーマスが恭しく頭を下げ、静かに退出した。


グラスの酒を一口飲み、息をつく。


ふん、ヴィエルジュ辺境伯がかの令嬢と私の息子との婚約を承諾しさえすれば、冒険者に依頼などしなかったものを……令嬢が殿下の婚約者候補であるからという理由で公爵家からの打診を断るなど、生意気な。我が派閥のレリア・シュツェ侯爵令嬢が殿下の婚約者になるよう画策をしているがベリエ家がいつも邪魔をする。それならばもはやSランク冒険者に頼んだ方が早い。


酒を全部飲み干した。氷の澄んだ音が鳴る。


だが相手は魔獣の王だ。Sランク剣士だけでは失敗する可能性もある。だがついこの前もう一人Sランク冒険者が現れた。ふ、女神の導きかと思ったな。2人の方が確実性が上がると依頼に持ち込んだが……まさか公爵家の依頼を断るとは。念のためもう一つ保険をかけるとしようか。幸い、ローラ王女殿下にはまだ婚約者がいない。


だが私はまだ諦めるつもりはない。そうだな……Sランク魔法使いに奴らを差し向けるか。Sランクと言えど、街中では魔法は使えまい。少し脅した後は、私直々に伝えるとしよう。陛下のおかげで半年後の闘技大会に出場するようだから、その時に。


開け放った窓の外の、漆黒に染まった夜空を見上げる。


魔獣の王がいなくなればスタンピードは起きず、この国はもう魔獣に脅かされることもなくなるのだ。


私はボトルの酒を再びグラスに注いだ。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



深夜、家族と屋敷の者たちが寝静まった頃。


「ロイ」


小さな明かりが一つ灯った自室で机に寄りかかりながら静かに影の名を呼ぶと、暗がりから背の高い黒ずくめの男が音もなく現れた。姿がわずかに確認できる程の位置に立っている。


「ここに」


「報告を」


「はっ」


ロイは息を吸った。


「Sランク冒険者ディーノは15歳の誕生日であるレオの月26日の翌日に剣士として冒険者になり、最初の登録でSランク判定を受けました。属性は火属性のみ、スキルは魔法攻撃耐性と身体強化、薄い橙色の短髪に茶褐色の瞳、中肉中背、愛用の剣はオリハルコン製、よく利用する酒場は『ヘラクレスの(ひづめ)』です。1年程前にラヴァナの森で土竜を討伐してからは全く依頼を受けなくなりましたが、この前ヘレネの森にSランク魔獣のベヒーモスが現れこれを討伐。その後『ヘラクレスの蹄』にて他の冒険者と酒を飲んだ帰りの路地で1人になった際、シュタインボック公爵家の執事トーマス・マクフェイルから内密に黒竜の討伐を依頼されこれを承諾。レーヴェ領のデネボラの街出身、8年程前に王都の東の外れにある民家に移住しましたが6年前に両親が他界。現在は3人の弟と2人の妹と暮らしております。兄であるディーノと5人の弟妹とは年齢が離れており、すぐ下の弟とは7歳差です。週に2,3回、弟妹たちはルナ神殿の手習い所にて読み書き計算を学んでおります。ちなみに収入源はディーノの冒険者業のみです」


……スラスラと、よく舌が回る。


「……なるほど」


金が必要だったか……いや、それだと黒竜出現前、Aランク魔獣が低ランク区域に現れ始めた頃進んで対応したはずだ。報酬も上げていたのに彼は断り、代わりにセレーネギルドのギルドマスターが対応していた。目的は金ではない可能性がある。


「他には?」


「シュタインボック公爵ですが、諜報員を雇っています。その諜報員は『黒蜘蛛』という裏社会の組織の者で、人数は今わかっている時点で6名です。ですがディアナ様の、『冒険者ミヅキ』の素性は調査が難航している模様です」


やはり諜報員を雇っていたか。しかも――


「『黒蜘蛛』っすか。こりゃまたずいぶんと物騒な組織が登場したっすねぇ」


私は内心でため息をついた。


「……お前を呼んだ覚えはない」


「つれないなぁ主は。あ、ロイさん、おひさー」


「……ひ、ひひ、ひさし、ぶり」


「主に対してだけいつも滑舌が良いの何なんすか」


ヘンデがロイに純粋な疑問として問うが、ロイは自分でもわからないのか首を傾げる。


「ま、それは良いとして、今んとこお嬢の身辺は特に何も起きてないっすよ。転移してるから街中歩くこともあんまないっすからね。警戒するとしたらカフェからギルドまでの間っすね」


「念のためディアナには転移先を頻繁に変えろと伝えてあるから、見失うなよ」


「げっ! あれお嬢の魔力を研ぎ澄まして感知したらすぐお嬢の所に行かないとだから大変なんすよー。カフェで定着してたのに〜。まぁ場所をコロコロ変えるのはお嬢の足取りを掴ませないために賛成っすけど。はぁ〜」


ヘンデは常に文句を言うが、必ず任務を真面目に遂行する奴だ。これで文句が無くなれば良いのだが。


「頑張ってくれとしか言いようがない。ロイ、報告ご苦労だった。引き続き冒険者ディーノの動向を探れ」


「御意」


返事と共にロイは暗闇の中に消えた。


相手は「黒蜘蛛」だが、もしディアナに対し不穏な動きをすれば、ヘンデとジンなら容易く対処する。ふむ、この際一掃しておくか。裏組織同士の抗争ということにしておけば裏社会での問題として片付けられるだろう。我が家の関与も知られることはない。


「主、何か企んでますね。もしかしてあれでしょ」


ヘンデがニヤリとしている。目以外の顔のほとんどが隠れていてもわかった。


「ふ、お前たちはディアナと『ミヅキ』の護衛に今まで通り専念しろ」


「俺もそっち(組織の一掃)やりたかった……」


相変わらず文句ばかりだ。

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