61.シュタインボック公爵の依頼
シュタインボック公爵が私に依頼? シュタインボック家といえば黒竜侵略派の筆頭だ。嫌な予感がする。
「それはどのようなご依頼で?」
ギルマスがこう尋ねるということはギルマスも依頼の内容は知らないようだ。
「ギルドマスターは退出願えますか。内密の依頼なので」
ギルマスが虚をつかれた顔をする。内密と聞いて私の不安が益々募った。
「……ですがギルドマスターとして冒険者への依頼内容は把握しておくべきですので」
「それでもです。私が公爵家から来たということはどういう意味か、ギルドマスターでもおわかり頂けるかと」
有無を言わせないような眼差しと怪しい笑みを浮かべながら、退出を促す仕草をする。
「それと、私が出るまで誰もこの部屋に近づけさせないでください」
ギルマスはさっきまで被っていた猫を脱ぎ捨てて、相手に鋭い目つきを向けた。
そして「チッ」と舌打ちをし、「何かあったら呼べ」と執事に聞こえるように私に言うと、背中に不機嫌さを滲ませながら退出した。執事とはいえ貴族に対して大胆な態度なので私は少しハラハラしたけど、幸い執事は肩をすくめただけで特に気にしていないようだった。
「さて、主人からあなたへの依頼についてですが……Sランクのあなたにしかできないことです。引き受けてくだされば10金貨差し上げます。達成すれば1白金貨支払います」
私は愕然とした。
そんな大金を払うほどの依頼……まさか。
「……依頼内容は?」
私は不安を押し殺して冷静に見えるように尋ねた。
執事の茶褐色の瞳が怪しく光る。
「ランデル山脈にいる黒竜を討伐して頂きたい」
「っ……!」
私は言葉を失った。同時に怒りが込み上げてくる。
まさかと思っていたけど、やっぱり……でもそんなことをできるわけがない。
「そんなことできません」
「だから大金を払うのですよ。この国から魔獣の王がいなくなるなら安いものですが」
黒竜は魔獣の王なんかじゃないわ! 月の女神様の弟神なのよ! ああ、この場で言ってしまいたい……!
でも待って。黒竜がいる場所って確か……
「お言葉ですが、ランデル山脈の中腹辺りに謎の結界があると言われています。この国の総長ですら入れないのに俺が入れるわけ――」
「魔塔主が魔獣の森の結界だけでなく山脈の結界の解析も行っているのはご存知ですか? 私どもは彼に山脈の方の結界の解析を急ぐよう頼んでいるのです。それが終わり次第可能になるでしょう」
なんですって? 魔法師団長は結界の解析なんかできるの? でもあんな便利な魔道具を世に出している人なら結界を解くことなんてできてしまうのかもしれない。いつになるかわからないけど、もしそうなったら……
「お断りします」
私はまっすぐ相手の目を見て言った。断固拒否よ。
「白金貨はいらないと?」
「はい」
別にお金に困ってないし。
「では10白金貨払いましょう」
「金額は関係ありません」
「もう一人のSランク冒険者は承諾しましたよ」
えっ……じゃあなんでギルマスは依頼のことを知らないのかしら。最初のあの様子からこの人とギルマスは初対面のようだった。まさかギルマスを通さず何らかの方法でディーノさんに接触し直接依頼をしたということ?
そもそもディーノさんは依頼を受けない人なんじゃなかったの? 金額に目がくらんだのかしら。白金貨なんて一般庶民なら一生遊んで暮らせるもの。
「それでもお断りします。俺に黒竜を討伐する気は露ほどもありません」
「……そうですか。残念です」
口元は笑っているけど目が笑っていない。
「断るということはそれ相応の覚悟もあるということと見て良いですね? では私はこれで。ああ、このことは他言無用ですよ。私は公爵家から来ました。これの意味することの理解は容易いはずです」
「……」
私が何も言わなかったので執事はわずかに眉をピクリと動かし、そして退出した。
誰かに話せば一般庶民のお前など公爵家の力をもってすればどうにでもできるって? 一応Sランクなんだけど完全に舐めているわね。ていうか「冒険者ミヅキ」の素性なんて調査してもわからなかったから鎌を掛けただけでしょ。それならお父様にチクっても何の問題もないわ。
夕方屋敷に戻り、お父様に知らせたいことがあるから時間を作って欲しいことをアーヴィングに頼むと、夕食の前にはアーヴィングから明日の昼頃に王宮のお父様の執務室に来るように伝えられた。ちなみにお父様は3日前に既に領地から王都に戻ってきている。
王宮……5歳のときに王妃様のお茶会で行った以来だわ。最近お父様の帰りは深夜がほとんどだし、忙しいのに時間を作ってくれるんだもの、王宮に行くってだけで少し緊張するけど魔獣討伐で身についた度胸でなんとかなる。
そして翌日のお昼前、私は馬車で王宮に向かった。護衛騎士のハインも一緒だ。
王宮の玄関に着くと私は辺境伯令嬢としての仮面を被り、ハインにエスコートされ馬車から降りた。
玄関には衛兵の他に、王国騎士団の紺色の騎士服を着た見知った顔の男性がいた。私を見た時一瞬目を瞠るもすぐににこやかな笑顔で胸に手を当て軽く頭を下げた。
「お久しぶりです、お嬢様」
「ベッセマーさん、お久しぶりです。わざわざお迎えに来てくださったのですか?」
ジェフリー・ベッセマーさんはお父様の副官をしている人だ。
「ええ、王宮は迷路のようですからね。それに銀月姫がどこかの貴族に攫われないように」
「こ、怖いことを仰らないでください……」
「ベッセマー殿、そのようなことは起こり得ませんのでご安心を」
後ろに控えていたハインが少し咎めるような口調で言った。
「はは、申し訳ない。ギーズベルト殿がいれば心配いりませんね。では総長の執務室へご案内致します」




