60.ギルマスからの呼び出し
「では、俺はギルドに寄るのでここで失礼します」
戦いの場にいた上級魔法師たちが他の魔法師たちと話し込んでいる内に、騎士二人に断りを入れて私はその場を離れた。
乗合馬車に乗り込む冒険者たちに紛れ、私も乗合馬車に乗った。ピアスに付与した転移が使えるけど、ここで使うわけにはいかない。今回はしょうがないけど、状態異常の回復薬は常備している。
馬車に上下に激しく揺られながら、ポーションをくれた浅葱色の瞳の男性を思い浮かべた。
あの上級魔法師……私に助けられたのは2度目だって言っていた。私が魔法師を助けたっていう状況になったのは今回と、キメラに襲われそうになった殿下たちを助けたときだけだ。ならば、あの魔法師は殿下たち一団にいたということ。だから2度目ましてだったのね。全然顔も覚えていなかったわ。それどころじゃなかったもの。
あとは超級魔法のことだけど……もし説明しないといけない状況になれば、魔法の威力のせいってことにしよう。ありったけの魔力を込めたのは本当だし。『迦具土神』にちょっと似たような魔法に火属性上級魔法の『焔王の怒り』というのがある。蒼焔と白焔で相手を拘束する魔法だ。それの威力が増したためってことで。
王都のギルドに着き、ブラックフェンリルの討伐を依頼完了受付の女性職員に報告したら、めちゃくちゃお礼を言われ、報酬として6金貨ももらった。冒険者なら装備とかでほとんど消えるかもだけど、一般庶民なら2,3年は遊んで暮らせる程の金額だ。でもブラックフェンリルの素材がないことにあからさまにがっかりされた。8等分の上に焼け焦げちゃったから素材にならないと思って持って帰らなかったのだ。
その女性職員によれば、ヘレネの森に現れたベヒーモスも討伐されたようだ。ディーノさんもギルマスも無事だとか。でも被害に遭った冒険者の数はローレンの森よりも多かったようで、ギルマスは事後処理に忙しいみたい。
ギルマス、私が3属性だと知ったら怒るかしら。でもあの場にいた騎士や魔法師がわざわざギルマスには報告なんてしないわよね。指揮系統が違うし。じゃあ大丈夫か。
転移で屋敷に戻ると、家令のアーヴィングが私にこっそり伝えてきた内容に、私は驚きを隠せないと同時に懸念していたことが当たってしまったと、おさまっていた焦燥感がまた顔を覗いた。
ラヴァナの森の低ランク区域にも火竜と土竜が現れたとのこと。そしてお父様とマクレイアー団長たちヴィエルジュ騎士団が討伐したとのことだ。ドラゴン2体が出たなんて、えげつない。
銀月草を採取し終え、何日か領地に滞在した後王都に戻ろうとした時にミネラウヴァギルドからお父様に知らせがあったらしい。お父様がまだ領地にいたことは不幸中の幸いだ。
お父様は部下に採取した銀月草を魔塔に届けさせ、自身は様子見のためまだしばらく領地にとどまるそうだ。
ふと思ったけど、今日の出来事なのに伝達早すぎない? スマホなんてないから手紙か伝令くらいしか方法はないと思ったんだけど、やっぱり他に連絡手段があるのかしら。そういう魔道具があるとか?
今日を境に今後もSランク魔獣は結界付近に現れると思う。冒険者たちはSランク魔獣に注意しながら依頼をこなさなきゃいけないなんて。生活していくためにはやるしかないと思うけど大変だよね。魔獣の討伐じゃなくて薬草採取とか雑用とかの森に行かなくてもできる依頼を行っている冒険者もいるみたいだけど、稼げる額が魔獣の討伐の方が高いから森に行く冒険者はまだ多いから、Sランク魔獣がまた現れたらすぐ駆けつけるようにしないと。でもまたブラックフェンリルだったら嫌だな。超級魔法で倒せることがわかったから、次は周りに誰もいない状況にもっていって、速やかに討伐しよう。
夕食を摂り、お風呂に入ってしばらく自室でくつろいだ後、今日はとても疲れたのでもう寝ようと寝室に向かった。
でもふと思ってステータスを確認したら、なんと魔力値が11万になっていた。
私は歓喜して寝室のベッドの上でガッツポーズをした。
あと1万で浄化魔法が使える!! いやっほーーーい!!
ひとしきり喜んだ後、静かにポーズを解く。
でも喜ぶのはまだ早いわね。目標値まではまだまだだから気を緩ませちゃダメよ。ていうかブラックフェンリルを倒したからか魔力値の伸びがすごいわ。この10日間でAランク魔獣を何体か倒したけどそこまでじゃなかったから、魔力圧縮もやっていかないと伸びていかなかったのよね。
だったらSランク魔獣をあと2体くらい倒したら12万なんてすぐ行くんじゃない? 15万までは単純計算でプラス6体くらい。てことは計8体か……3年以内に8体だから、1年に3体くらい? そう考えるといけなくもない気がするわ。Sランク魔獣が低ランク区域に現れるようになったのなら、討伐頻度は高くなるはず。なんならローレンの森だけじゃなくて領地のラヴァナの森にも行こうかしら。社交シーズンが終わったらお母様と領地に帰ろうかな。
初めてブラックフェンリルを討伐してから数日が経った。
あれからもう一種Sランク魔獣が現れ、討伐をした。ちょうど街でお昼ご飯を食べていたときにローレンの森から黒い煙が上がったのが見えたのだ。
今度はブラックフェンリルじゃなくて、アクラブという赤い甲殻と猛毒をもつ大蠍だった。猛毒が厄介だったけど水竜のマントのおかげと土属性の超級魔法『千引の石』でアクラブを砕いて討伐した。千引の石は、黄泉比良坂にある黄泉の入口を塞いでいる大岩のことで、前世で読んだことがある古事記を参考にして創った。もちろん、完全に避難されている状況で超級魔法を使ったから誰にも見られていない。
私がSランク魔獣を倒せる者ということで王都では話題沸騰だ。おまけに顔が良いのも影響し、貴婦人や令嬢たちの話題にも事欠かないらしい。学院が休みの日に屋敷に帰ってきたお兄様がそう言っていた。
お父様ですら嫌厭するブラックフェンリルを私が倒したことにお兄様は驚き、「ディアナはすごいな」とも言われたけど、もう吹っ切れているのかそこには嫉妬ではなく確かな称賛があった。
タウルスの月(5月)に入り、暖かくて心地の良い風が吹く朝、いつものようにミヅキに変身してギルドに行くと、依頼受付にいる深緑髪の爽やかな男性職員――エリックさんから「ギルドマスターからの言伝です。明日の午後2時頃、ギルドの応接室に来るようにとのことです」と伝えられた。
応接室? なんでまた? 何かあったっけ……はっ、まさか私が3属性だと聞きつけて!?
思い当たることがそれしか浮かばず怒られるかなと内心焦ったけど、隠していたことは正直に謝ろうと意を決した。
そして翌日。
約束の時間の10分前にギルドに着き応接室に案内されると、私はソファに座り用意されたお茶を飲みながらギルマスを待った。
壁の時計が約束の2時を指した時、扉のノック音が聞こえ、「入るぞ」と言いながらギルマスが入ってきた。その後ろからもう一人、品の良い壮年の男性が入室してきた。身なりから貴族の家の使用人ぽい。
「どうぞお掛けください」
ギルマスは普段と全然違って腰が低い。獅子みたいなギルマスが、猫を被って応対している。
男性が私の向かいのソファに座り、ギルマスは私の隣に座った。ギルドの職員が入室してテーブルにお茶を並べようとすると、男性は「すぐお暇するので結構」と言ったので、職員は少々困惑しながらもしずしずと退出した。
あれ、思ってたのと違う……これは一体どういう状況かしら。
男性が咳払いをする。
「私はシュタインボック公爵家の執事を務めております、トーマス・マクフェイルと申します。Sランク冒険者のあなたに主人から依頼があり参った次第です」
私は目を瞠った。
……シュタインボック公爵家ですって?
魔獣の名前を変更しました。




