59.超級魔法
ブラックフェンリルから溢れ出た闇が地面を伝い、底無しのような真っ暗な闇が広がっていく。
地面に倒れていた冒険者たちがみるみる池に沈んでいった。ブラックフェンリルの背中に刺さっていた氷柱も闇に呑み込まれてしまった。
地面だけでなく上空も闇に覆われ、まるで私たちを黒一色の世界に閉じ込めようとしているかのようだ。
私は呆然として、そして息を呑んだ。
背後から、「なんだ、これは……」と掠れた声が聞こえた。
闇の池がとうとう隆起した地にぶつかり、呑み込むように抉っていく。その影響でまただるま落としのように隆起した地面がドシンっと落下した。
物質とぶつかったことで闇が消えてもまた決壊した川のように闇がこちらまで押し寄せるので、だるま落としの繰り返しだ。
そしてとうとう辺り一帯が闇に包まれた。ドーム型の闇だ。よく見ると、上空の闇がどんどん下に下がって来ていた。隆起したこの場所よりも高い木々がてっぺんから徐々に闇に呑み込まれていった。
やばいやばい……! 上からも闇、下にも闇! これを消すには広範囲の物質魔法をぶつけないと。でもそれで魔力が削られるよりもさっさと本体に攻撃したほうが早い気がする……!
魔法を放とうとブラックフェンリルに向けて右手をかざすも、それよりも早くブラックフェンリルが闇の池の中に沈んでしまった。途端に魔力が感じられなくなる。
うわ、遅かった! これじゃ魔力感知ができない! 仕方ない。広範囲の魔法を闇にぶつけてあぶり出そう。ていうかこの世界には四大属性しかないはずなのに、なんで闇属性の魔獣がいるのかしら!
私はMPポーションを取り出し、一気飲みした。
よし、まずは下から!
『煉獄』
地面に向けて火属性の上級魔法を放つ。溶岩流が手前から奥に向かって闇の池に広がり、闇が溶岩流を呑み込んだところからどんどん闇が消えていく。
いない! なら上か!
『蒼焔』
自分の真上に魔法をぶつける。
私を狙ってくるならここにいるでしょ!
でも闇と蒼い炎が衝突し消えただけで、そこにブラックフェンリルはいなかった。
――しまった!
私は後ろを振り返った。
ブラックフェンリルが騎士と魔法師たちの真上の闇から飛び出て彼らに襲いかかった。
騎士たちは気配を察知していたのか出てきたブラックフェンリルに向けて剣に魔力を纏わせて構え、魔法師たちはそれぞれ詠唱をしていた。
全てがスローモーションに見える中、私は空中のブラックフェンリルに両手を向け、ありったけの魔力を込めた。
『迦具土神』
8つの赤い魔法陣がブラックフェンリルを囲み、魔法陣から蒼と白が混じった灼熱の炎が放たれブラックフェンリルを拘束した。
ブラックフェンリルは断末魔を上げながら落下し、隆起した土に衝突しながら一番下の地面に轟音を立てて落ちた。
私は息切れしながら見下ろし、ブラックフェンリルが炎の刃で焼かれているのを見ていた。騎士や魔法師たちも唖然とした顔を炎で青白く照らされながら見ている。
徐々に周りの闇が消えていった。
そしてブラックフェンリルは炎によって8等分され絶命した。焼け焦げた匂いがここまで漂ってくる。
「……」
……オーバーキルだったかしら……あらかじめ創っておいた超級魔法を咄嗟に使ったんだけど……
私は地面に座り込み、後ろに両手をついた。
てか、つ、疲れた……! MPポーション飲まないと……
息切れしながらマントの中に手を入れた。でもいっこうにポーションが出てこない。
あ、最後の1本さっき飲んじゃったんだ。こりゃまずい……
「良かったらこれ使って」
見上げると、青紫色のローブを纏った茶髪で浅葱色の瞳の若い男性魔法師が、前かがみになって私にMPポーションを差し出していた。周りを見ると、いつの間にか騎士と魔法師たちがこちら側に渡って来ていた。
「……良い、のですか? 俺庶民ですけど」
「そんなの関係ないよ。援護するつもりで残ったけど結局何もできなかったし、これくらいさせて」
おお。青紫のローブってことは上級魔法師ってことよね。庶民に優しいとは。
私はお礼を言ってMPポーションを受け取り、全部飲み干した。ちょっと楽になった。
「それにSランク魔法使いの君に助けられたのはこれで2度目だし。あのブラックフェンリルを一人で倒しちゃうなんて、さすがだね」
「え?」
どこかでお会いしましたっけ?
「ここで長居はできないぞ。もしまた他のブラックフェンリルが来たら厄介だ。先程森の中にいた冒険者たちが皆避難したという合図が上がっていたから、我々も早く撤退しよう」
背の高いいかつい顔の男性騎士が促す。いつの間にそんな合図が。
「倒したブラックフェンリルはどうする?」
「……焼け焦げた残骸なのでそのままで」
柔和そうな上級魔法師にそう応え、騎士の一人が討伐完了の合図の魔道具を打ち上げ、私たちはさっさと森を出た。森を抜ける途中、騎士たちが魔力遮断の魔道具を使っていたので魔獣には遭遇しなかった。
森を出ると、たくさんの冒険者たちと王国騎士と魔法師が入口付近にいた。
私たちが出てきたことに気づくと、途端に冒険者たちから歓声が上がった。その中にはゲイルさんたちもいた。
良かった、皆森の外にいたのね。
騎士の一人が近づいてくる。
「よぉ、アンセル。ブラックフェンリルを倒したなんて凄いじゃないか。第1騎士団に行けるんじゃないか?」
「マイクか。いや俺たちは何もしていない。このSランク魔法使いが一人で倒したんだ」
マイクという緑の短髪の騎士が驚きの顔を私に向けた。
「そうなのか。やっぱ噂通り強いんだな。だが魔法だけでどうやって倒すんだ? 詠唱している間にやられないか?」
「総長と同じ無詠唱だ。魔力量もおそらく半端じゃない。とどめを刺した魔法もすごかったんだぞ」
「えっ、本当かよ。そんなすごいなら一人で倒したってのも納得だな」
ちょっとギリギリだったけどね。あの超級魔法、この騎士の反応を見るに「すごい魔法」くらいにしか思ってなさそうだけど、問題は3人の魔法師たちよ。
「ところでギルドマスターは?」
「あ、そうだった。ヘレネの森にもSランク魔獣が現れたらしい。なんとベヒーモスだ。現れた場所が王都寄りの低ランク区域だからセレーネのギルドマスターがもう一人のSランク冒険者を連れて行ったそうだ」
え、ヘレネの森にも? ていうかディーノさんて依頼を受けない人みたいだったけど、Sランク魔獣にはちゃんと対応するのね。ギルマスもいるならきっと大丈夫か。
「はぁ、総長がいない時にとうとうSランク魔獣が近くに現れるなんてな」
「総長は銀月草を採りにランデル山脈に行かれてるんだろ? 途中のラヴァナの森でもドラゴンが暴れてたりしてな」
「総長なら大丈夫だろう」
「そうだな、総長だもんな」
……お父様への絶対的信頼がすごいな。
でも確かに今日はローレンの森でもヘレネの森でもSランク魔獣が低ランク区域に現れた。もしラヴァナの森でもそうなら、結界の崩壊が確実に近づいて来ているということだ。焦ってはいけないのはわかっているけど、中々焦燥感が拭えなかった。




