58.Sランク魔獣
鼓動が大きく聞こえる。
私は他の魔獣になるべく遭遇しないよう探知魔法を駆使して黒い点滅地に近づいていった。走りながらMPポーションとHPポーションを飲んで回復をはかる。
魔力の圧がすごい……今まで倒してきたAランク魔獣がかわいく思えてくる。まさか、Sランク魔獣がこんな所に現れるなんて……!
向かっている方向から草木がなぎ倒される音や魔獣の咆哮が聞こえる。Sランク魔獣の種類は色々いるけど、ドラゴンはラヴァナの森にしかいないからドラゴンではないはず。
でもなんで急に現れたのかしら。こんな強い魔力が奥から出てきたら魔力感知ができる人は森に入った瞬間にわかるはず。Sランク魔獣も魔力の遮断ができるということ? それか今向かっている先にいる魔獣にそういう特性があるなら、そのSランク魔獣はおそらく……ああ、3属性で登録しなかったのが悔やまれる! もう周りに誰もいなかったら全属性使っちゃう? ディアナじゃなくてミヅキが全属性って知られても庶民だからただ有名になるだけで王家とか貴族とかとの結婚はないはず……いや3人目の「女神の化身」のように養子にされる可能性があったわ。早まっちゃダメよ。
Sランク魔獣に挑戦するのはもう少し先のつもりだったけど、こんな低ランク区域まで出てこられたらSランクの私が対応しないとだから先送りになんてできない。ああ、もう! 覚悟を決めろ! 震えるな、私! ていうかもう一人のSランクのディーノさんは!? 近くにいたりしない!?
目的地に近づいたので探知魔法を消し、魔力を遮断した。そして深く呼吸をして、私はようやく腹をくくった。
冒険者たちの逃げ惑う声が聞こえてきた。魔獣の咆哮と戦闘の音も聞こえる。
私は逃げる冒険者たちとすれ違いながら何度か不自然に欠けて穴が空いた木々を抜け倒木を越え、ようやくその場所に着いた。
そして瞠目した。
やっぱり……ブラックフェンリル!!
ブラックフェンリルは全身が漆黒の体毛で覆われ闇属性魔法を使う唯一の魔獣で、あのお父様ですら「できればあまり遭遇したくはない」と言うくらい討伐が難しいとされている。ドラゴンよりだいぶ小型なのに闇属性というだけでSランクなのだ。
低ランク冒険者たちを逃がそうとそれぞれ護衛に付いていた騎士5人と魔法師3人、居合わせたAランクっぽいパーティーがなんとか対応している。地面には何人か血を流して倒れているのが見え、私は歯噛みした。
参戦しようとした時、ブラックフェンリルが獰猛な口を開けてAランクパーティーに襲いかかるのが見えた。
危ない……!
私は空間からギルマスにもらった黒い球を取り出し、攻撃寸前のブラックフェンリルの足元の地面めがけて投げつけた。
すると球から黒い煙が勢いよく出てブラックフェンリルの視界を塞ぎ、曇天の空を突き抜けるよう高く吹き上がった。
「今のうちに早く逃げて!」
私はブラックフェンリルの前に出て戦っていた人たちに叫んだ。
「君はSランク魔法使いの……!」
「合図を上げた。ここは俺に任せてまだ逃げ切れていない冒険者たちのことを頼――」
殺気を感じた瞬間、咄嗟に空間から抜き身の剣を取り出し、黒煙の中から現れたブラックフェンリルの突進を身体強化をした状態で剣で防ぐ。
ぐっ、重い……!
獰猛な赤い目と鋭く尖った牙が間近に迫る。
「っ、早く行って!」
「……わ、わかった」
冒険者パーティーはこの場を離れたけど、騎士と魔法師たちがまだ残っている。
「あなた方も!」
注意を逸らした瞬間、ブラックフェンリルの太い右前足が私の横っ腹を殴り、私はその勢いで吹っ飛び木の幹に激突した。
いっ……たぁ……
防御魔法が付与された水竜のマントのおかげで体は痛くないけど頭をぶつけた。顔を上げると、騎士5人がブラックフェンリルに斬り掛かっていた。
私はすぐに回復薬を飲んで頭の傷を癒やし、立ち上がってブラックフェンリルに右手をかざした。
「離れて!」
私の大声を聞いた5人がブラックフェンリルから離れた瞬間、私は魔法を放った。
『地獄炎』
広範囲の灼熱の赤と橙の炎がブラックフェンリルを呑み込む。
その間に私はまた魔法師たちの前に戻った。騎士全員が冒険者の私の言う事を聞いてくれたことに少し感動を覚えたけど今はそんなことはどうでも良いわね。
「早く退いてください」
私は騎士と魔法師たちに言った。
「この国の騎士として尻尾を巻いて逃げれば一生の恥だ!」
「僕たちも援護をするよ」
残るんかい! 闇属性相手に2属性ぽっちでやれってか! それに守りながらとか私には無理そうなんだけど!
もがくような咆哮が聞こえたのは一瞬で、すぐに闇色の魔法が波のようにこちらに迫ってきた。
あれに触れたらやばい気がする! でも他の人たちが! っ、仕方ない……!
『大地の目覚め』
自分の足元と騎士と魔法師数人の足元の地面が8m程隆起し、闇色の波を回避する。前後から驚きの声が響いた。
地獄炎があまり効いていないってことはそれよりも上の魔法じゃないとダメージを与えられないってこと? ひゃぁ、しんど!
足元がぐらついた。
うわっ!
闇色の波と3つの隆起した地が衝突した瞬間、土が抉られたように闇に呑み込まれている。
なにそれ! 闇属性やばっ!
そして隆起した地がだるま落としのように落下する。
わわっ!
落下の衝撃で足が痺れた。前後にいる騎士と魔法師たちは地面に片足を着きながら何が起こったのかわからない顔をしていた。
地面の高さが1mくらい減った。それでもブラックフェンリルを見下ろす形になっている。
ブラックフェンリルは今度は闇色の球を数個自身の周囲に展開させ、こちらに向かっていっぺんに放った。
あれも絶対やばい!
『大地の欠片』
岩の塊を数個闇の球にぶつける。もう自分が土属性を使ってしまったことに焦っている暇はない。
「騎士の皆さんは後ろにいる魔法師たちのところに」
「だが……」
闇の球はさっきのように岩の塊も呑み込み、そして闇の球も一緒に消失した。
何でも呑み込んじゃうのかしら。でも呑み込んだら闇は消えるのね。いつの間にか闇の波もなくなっているし。そういえばここに来る時に見た不自然に欠けた木があったわね。それもきっとこの魔法のせいかも。
ブラックフェンリルが闇の球を今度はさっきの倍くらいの数を放ってきた。
「あれに当たれば死ぬ! 早く!」
叫びながら闇の球を一つも取りこぼさないように岩の塊をぶつけていく。騎士たちが皆後ろに下がった。
私は岩の塊をぶつけながらブラックフェンリルを観察した。
……闇魔法を使っている間は無防備になるようね。
私はもう片方の手で魔法を放った。
『氷柱』
ブラックフェンリルの真上から鋭く尖った氷の柱が勢いよく落ち、ブラックフェンリルに突き刺さる。
途端、地響きにも似た叫び声を上げながら吐血し、闇の球が全て消えた。
……やったかしら?
と思っていた束の間、ブラックフェンリルの全身から闇が溢れ出てきた。




