56.異変
アリエスの月、新月――
闇夜に包まれた魔獣の森では、魔獣たちの咆哮がいつになく忙しく響き渡っていた。しかし結界によってその声は外側にいる人間たちには届かない。
そして――
闇の奥深くから、最も獰猛な紅い光がいくつも浮かび上がった。
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アリエスの月の2日。
今日はお兄様の学院の入学式だ。その前日に、私はお兄様に用意していた入学祝いのプレゼントを渡した。
プレゼントしたのはブルーホーンディアの魔石で作ったブレスレットだ。思い立った次の日に、以前「ミヅキ」のピアスと指輪を作ってもらったお店に頼みに行ったのだ。ギリギリ間に合って良かったわ。
バケットカットの青い魔石とお兄様の髪色と同じような白金の台座とチェーンで作られたブレスレットは、お兄様にとてもよく似合った。
青はヴィエルジュ家の色でもあるし、お兄様は水属性を持っているからこの魔石はちょうど良かったわね。包装を開けてさっそく手首に着けてくれたお兄様に天使スマイルでお礼を言われちゃったわ。嬉しくてブルーホーンディアの魔石だって説明したら笑顔のまま固まっていたけど。
その後苦笑いされながら「大事に使うね」と言われた。あと「人にホイホイ魔石をプレゼントしないように」とも注意された。私だってそれくらいわかってますよ。
お兄様は学院と寮生活、お父様は銀月草の採取のため領地に戻ってしまったので、王都の屋敷には家族はお母様だけになった。なので何かあればアーヴィングに言うようにと事前にお父様に言われている。
私はというと、今日も魔獣の討伐にローレンの森に行くつもりだ。
いつものように鍛錬を終え朝食を済ました後、分身の2号を部屋に置いてから冒険者ミヅキになり、いつものカフェの路地に転移をした。
いつも通りギルドでAランク魔獣討伐の依頼受付を済ませ、西門付近にある人気のない路地から身につけている装飾品でローレンの森の中に再び転移をする。
森の入口から100m程北に逸れた場所に転移をすると、既に低ランクの魔獣が数体いた。
おわっ、もういる……! でもいつもより多いような気がするのは気のせい?
私は低ランク魔獣は無視して西の方向に進んだ。少し進むと冒険者たちが戦っているのが見えた。相手はゴブリンやアルミラージの群れのようだった。
邪魔しないようにさっさと離れよう。あ、待って。あそこにカーバンクルがいる! 額に黄色い魔石がついてる栗鼠みたいな魔獣なんだけど、滅多に姿を見せないからレア中のレア魔獣なのよ。あっ、あのパーティーが気づいた。あ、あのパーティーも。こりゃ争奪戦だわ……
魔力遮断をしながらその様子を横目に私はさらに奥へと進んだ。
行く先々で中低ランク魔獣を何体も見かけ、その度に進路を阻まれる。魔力遮断の意味がないくらいに。冒険者たちが近くにいればその人達に討伐を任せ、誰もいなければ魔法で瞬殺をするというのを何度か繰り返した。
なんかいつもと様子が違うわね。
探知魔法の魔獣の分布図を開くと、魔獣の分布が変わっていることに気づいた。
うわ、高ランク魔獣がDランク区域まで押し寄せてる。だからこんなに森の外側付近に中低ランクがいるのね。あれかしら、この前の飛行系魔獣が結界に体当たりして結界が少し緩んだからとか? でも結界を見てもあまり変わらないような前より薄いような微妙なところなのよね。
私はAランク魔獣が多く分布しているところに向かった。
近づくにつれ戦いの音が聞こえてくる。
到着したその場所は、木々がなぎ倒されていて見通しが良くなっていた。そして既に多くの冒険者たちが3体のAランク魔獣と戦っていた。
あれはヒュドラ! それにバシリスクとグリフォンまで! えっ、大丈夫かしら。私も加勢すべき? ていうかどうして本来湿地にいるヒュドラとバシリスクがこんな所に……!
冒険者たちの様子を木陰から見ていると、パーティーは2組だとわかった。
飛んでいるグリフォンに気を取られて地上にいる2体への攻撃が疎かになっているわ。しかもバシリスクは目が合うと石化しちゃうから戦いにくいし、ヒュドラは3つの首を同時に斬らないとまた再生してしまう。しかもヒュドラの血には毒があるんだけど、くらうと並の毒消しでは治らずエリクサーでしか治せない。そしてそのエリクサーは今品薄状態。血を流させないように討伐するしかないのだ。
ここは私が1体引き受けた方が良さそうね。
私は木陰から出て後衛でグリフォンに矢で牽制している女性に声をかけた。
「加勢しよう」
私の声に振り向いた顔に見覚えがあり、お互いあっと声を上げた。
「ミヅキくん!」
なんとミヅキとして初めて依頼を受けた日に声をかけられた弓使いの女性だった。名前は、えっと、イリスさん……だったかな。
「あらぁ、ミヅキくん! 一緒に食事でもと誘いたいところだけど、今それどころじゃなくて〜」
バシリスクの頭部に火魔法を放っていてそれどころじゃないのに色気を振りまく魔法使いのお姉さん、確かメアリーさんも私に気づいた。前衛を見るとゲイルたち剣士と戦士はバシリスクとの戦いに一生懸命で私には気づいていない。
「手伝う。どれをやれば良い?」
「まぁ嬉しい! じゃあグリフォンをお願いしようかしら。あれ邪魔なのよね」
「わかった」
私は氷魔法を飛び回るグリフォンに放ち、翼と胴体と足を凍らせた。飛行能力を失ったグリフォンが地面にドシンッと落下する。他の冒険者たちが突然落ちてきたグリフォンに一瞬驚いた顔をした。
「氷魔法をあんな威力で……え、今無詠唱だった?」
呆気にとられている2人に「とどめは任せた」と言うと、我に返ったイリスさんが「じゃあ私が!」と剣を抜いて倒れているグリフォンに走って行った。剣も使えるのね。
未だ呆然としているメアリーさんだけど、「SランクってやっぱりAとは全然違うのね」と呟いた。
てことはメアリーさんはAランク魔法使いなのか。昔はAランクの魔法使いも珍しかったとギルマスが言っていたからメアリーさんも十分すごいと思う。
「助かったわ、ミヅキくん。あとは私たちでやれるから、ヒュドラの方に行ってあげて」
え、あっちも?
にこっと微笑んだメアリーさんに私は「わかった。気を付けて」と言って、もう一つのパーティーの方へ向かった。
ここでは満月の日を毎月15日と設定しているように、新月の日も毎月1日と設定しています。




