55.「女神の化身」の手記
「話を戻すけどさ、まさかあの黒竜が月の女神の弟神だなんて僕全然知らなかったよ」
「文献にもありませんものね」
「でも確かなんでしょ?」
「女神様が仰ってましたから」
「それなら何故人間界にいるんだろう」
そうなのよね。私も疑問に思ってたわ。
お父様が長い脚を組み直した。
「ルナ神殿の大神官に許可を得て、神殿が管理する書庫でルナヴィアの興国時代を調べても何も出てこなかった」
お父様、わざわざ調べてくれていたのね。
「『女神の化身』の手記か何かがあればとも思い、結界対策の参考にという体で陛下に尋ねてみたが、そんなものはないと言われた。本当かどうかはわからないがな。黒竜が出現した際の緊急会議でもそのような類の物はないと言ってたのは『女神の化身』とは関係のないシュタインボック公だった」
お兄様がお父様を一瞥した。お父様が視線で何かをしたように見えた。
「女神の化身」の手記か……月の女神様の神力を借りて結界を張り直すことは、国を魔獣の脅威から救うということ。その偉業から、その時の状況とかをどこかに記したくなるものよね、普通。王家に手記があるかどうかわからないなら、ベリエ公爵家とシュツェ侯爵家は? アンリとリリアにそれとなく聞いてみようかしら。
「まぁでも一旦それは置いておこう。ディアナ、アンリとリリア嬢に聞いてみようとか考えていると思うけど、こういうのは父上に任せてディアナは自分のことに専念してね」
ぎくっ……
「……はい」
お兄様がため息をついて、「よく今まで秘密にできましたね」と言いながらティーカップに手を伸ばした。お父様が肩をすくめるのを横目に、私も一息入れようと少し温くなったお茶を飲んだ。
その後は冒険者ミヅキについての話になった。
「あの冒険者の姿がスキルで創った変身魔法なんだよね? 魔力値を上げることに専念するために性別を変えて変身したのに、Sランクになって良かったの? 王宮でも話題になる程目立っているよ? それにSランクって王家からの依頼もあるし、有事には必ず招集されるんでしょ?」
え、Sランクって王家からの依頼を受けなきゃいけないの? それと有事の招集? そんなことギルマスはひと言も言ってなかったんだけど! まさか省いた? その説明こそ重要じゃない!?
私が戸惑いを隠せないでいると、お兄様は「知らなかったの?」とちょっと呆れたような顔をした。
「ホントに登録時の自分に戻りたいです……」
魔力を調整してAランクにしとけば良かった。一つ上のランクまで依頼を受けられるし。
「昔は銀月草やオリハルコンといった希少性の高い素材の採取というのが王家の依頼として存在したが、今は年に一度私が騎士団たちを率いてドラゴンの討伐を行っているため王家の依頼はほぼなくなっている。銀月草も私か魔法師団長が採取しに行っているしな……だが陛下は半年後の闘技大会はSランク冒険者への依頼で『ミヅキ』たちを参加させるようだ」
そこで依頼を使うのかい! はぁ、ギルマスは最終判断は冒険者が決めるって言っていたけど、王家の依頼を断れる人っている? いないよね? 実質強制じゃない。優勝は狙わず程々にしようと思っていたけど、でもそれだとSランクって大した事ないみたいに思われるのもなんか嫌だわ。はぁ、どうすれば……もう割り切って優勝狙っちゃう? 観覧席に分身のディアナ2号を置いて魔力遮断しておけば「ミヅキ」が「ディアナ」と同一人物だってわからないし、もはやSランクになって既に目立っているから今更な気もするわ。
「ふ、王家の依頼なら断れませんね。ディアナ、Sランクになったのは誤算かもしれないけど、もう既に『ミヅキ』は目立っているし遠慮する必要はないと思う。それにSランク魔獣が現れたら『ミヅキ』には討伐する権利があるということだよね。もし討伐できたら魔力がぐんと上がって目標値に近づくんじゃない?」
それは確かにそうだけど……
「でもSランク魔獣に挑戦するのは、もう少しAランク魔獣の討伐経験を積んでからが良いかなと思ってまして……」
魔力値を早く上げたいのはもちろんなんだけど、Sランク魔獣に挑む勇気がまだない。そう考えるとお父様ってやっぱすごいわ。ドラゴンを何体も討伐しているもの。
「そっか。Aランクとはわけが違うもんね。焦りは禁物って父上も仰ってるし。僕も協力できることは何でもするから言ってね」
お兄様が微笑む。久々の甘やかイケメンスマイルだ。
「ありがとうございます、お兄様。あ、先程私が話したことは全て秘密でお願いしますね」
「そんなことはわかっているよ。ちなみにディアナのことを知っているのは他に誰かいるの? ここにアーヴィングがいるってことは知ってるってことだと思うけど、母上は?」
「お母様は知りません。他に知っているのはグラエムだけです」
お母様に私のことを秘密にするのは心苦しいけど、話さないつもりだ。心配させたくないもの。
「この場にいる者は知っている」
お兄様が翡翠の視線をお父様に移した。
「……なるほど。わかりました」
ん? だから私たち4人とグラエムよね?
「ノアは来月から王立学院に入学だが、準備は進んでいるか?」
お父様が話を変えた。
「はい。制服も用意できましたし、入寮の手続きも既に終わっています。クラスもSクラスになれました」
「そうか、おめでとう。私は2日後、銀月草を採りにランデル山脈へ向かうため領地に戻る。入学祝いなんだが、まだ出来上がっていないため直接渡せない。アーヴィングから受け取っておくように」
「入学祝い……ありがとうございます、父上」
お兄様が嬉しそうな笑みを浮かべる。
お父様からのプレゼント、何だろう、気になる……! あ、私もお兄様に用意しよっと。
「Sクラスだなんてさすがです、お兄様。私からのプレゼントも楽しみにしていてくださいね」
「ふふ、ありがとう」
入学試験の結果でクラスが決まるのだけど、Sクラスは一番上のクラスで貴族のエリートばかりだ。領主貴族家の子息令嬢はSクラスに入らないと落ちこぼれの烙印を押されてしまう程そのプレッシャーも半端ない。私、入れるのかしら。不安しかないわ。
ちなみに王立学院は全寮制だ。アリエスの月(4月)の入学式まであと1週間と少し。お兄様とは休みの日以外会えなくなるので寂しくなる。
でもそうか、お兄様たち爆イケ4人組が揃って入学するのか。お兄様、ユアン殿下、アンリ、宰相の息子のルカ・エスコルピオ侯爵子息。黄色い声に囲まれている様子が想像できるわ。お兄様、爆モテ学院生活の始まりですね。未だにお兄様にも婚約者がいないから、変な令嬢には気を付けてほしいわ。




