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54.私です

ローレンの森からの帰宅後、今日のことをお父様に相談したいと思い、アーヴィングにお父様の都合の良い時間を尋ねようとしたら、「本日の夜9時頃に、旦那様の執務室にお越しください」と言われた。


お兄様、もうお父様に報告しちゃったの? 報連相は大事だけどいくらなんでも早すぎじゃない? 何か私の知らない通信手段でもあるのかしら。


そして約束の夜9時頃、お父様の執務室にて――


アーヴィングがいつものように扉の前に立っている。お父様は帰宅したばかりなのか上着を脱いだだけの服装のまま、ソファに長い脚を組んで座っていた。私も向かいに腰を下ろす。


私が何かを言う前にお父様の口が開く。


「ノアに知られてしまったようだな」


「……そうみたいです……」


淡々と事実を告げるような声音なのに、なんだか怒られているように感じる。


「あの、もうお兄様から聞いたのですか? お兄様は何と?」


私の問いにお父様は応えなかった。


「今日ノアたちが森に行くことは事前に教えていたはずだが、それでも行ったのはあの姿なら万が一遭遇したとしても問題ないだろうと油断していたからか?」


「っ……」


見透かされすぎて言葉に詰まった。


「ディアナ、あまり自分の力を過信するな。どんなに優れた力を持っていようと、扱うのが人間である以上物事は完璧には運ばないこともある」


「はい……以後気を付けます……」


怒った口調じゃないのにグサグサ刺さる。お父様にあらかじめ言われていたのに。


冒険者たちを助けたいというのは建前だ。本音は早く魔力値を15万にしたいから、お兄様たちと森で遭遇する可能性を考えても行く選択をした。ミヅキの姿はディアナとかけ離れているから、たとえ遭遇したとしてもわからないと油断していた……まさか見つけられて、しかも戦闘も見られていたなんて。


お父様は息をついた。


「不測の事態が生じキメラから殿下たちを助けたことで会ってしまったのだから仕方がない。ノアだけで済んで良かったと見るべきだな」


いやもうホントそうです。グッジョブ魔力遮断です。


「まあ、少し好都合な気はするが……ノアがどう転ぶかだな」


ん? なんのこと?


「ノアに気づかれたのなら、そのままにしておくより事情を話しておく方が良いと私は思うがディアナはどうする?」


「そうですね……お兄様は口が堅いとは思いますが、お兄様にはきちんと話した上で秘密にしてもらいたいです」


お兄様の最近の私への態度から協力を得られるかはわからないけど、お兄様の周りは殿下と国の重役を担う領主貴族家の子息ばかり。万が一うっかり話されたら終わりだ。


「では明日のこの時間、ここにノアを呼ぶ。ディアナが話しなさい」


「……わかりました」




そして次の日の夜。


執務室の一人掛けのソファにはお父様が、私はお兄様と向かい合ってソファに座っている。アーヴィングがテーブルにお茶を用意し終えると、扉の前の定位置に立った。お兄様はアーヴィングがこの場にいることに眉をひそめている。


淹れたてのお茶を一口飲み、心を落ち着かせる。


私と同じくお兄様も緊張しているのか、いつもは甘やかな顔が今は固い。


私から話を切り出すべきかしら。でも何から話す? 私の夢の話から? そもそもお兄様はどこまで気づいているのかしら。


ちら、とお父様を窺うも、肘置きを支えに頬杖をついたまま夜明け色の瞳だけをこちらに向け「話さないのか?」みたいな視線を送ってくる。


う、わかってますけど……


私が何故冒険者をやっているのかを話すにはその目的と私の本来の能力も話さないといけない。お兄様はきっと驚かれるだろうな。でも私のことを聞いて今までと同じように接してくれるのかな。なんかここにきて急に不安になってきた。ここ最近妙によそよそしいから尚更……


「話というのは、昨日のことですよね。僕も色々と聞きたいことがあります」


しびれを切らしたのかお兄様から話を促してきた。


「……ならば、まずノアの聞きたいことから聞こう」


一向に話そうとしない私を見てお父様がお兄様に振った。


お兄様が私を見る。翡翠の瞳には真剣な色を帯びていた。


「昨日の魔獣討伐の時、今話題のSランク魔法使いに会ったんだ。でも彼の魔力と魔法と剣での戦い方はディアナのそれと同じだった。しかも滅多にいない無詠唱での魔法……あの少年は、ディアナだよね?」


私は目を見開いた。


ああ、そうだった。魔力だけじゃなかったわね。魔法と剣の両方で戦う人なんてお父様と私しかいなかった。じゃあヴィエルジュ騎士団の皆にも怪しまれたかな。


ほぼ確信めいた問いかけに、話さないといけない雰囲気を察した私は息を吐き出し、そして覚悟を決めた。


「……私です」


お兄様は息を詰めた後、額に手を添え静かに息を吐き出した。


「色々と聞きたいことが尽きないんだけど……」


「まず私の事情からお話します」


お兄様がぱっと私を見る。


「ディアナの事情? 何かあるの?」


私はお兄様にお父様に話したことと同じ夢の話をした。もちろん転生のことは言っていない。


隠していた能力――月属性と全属性、魔法創造スキルのこと。ステータスも元に戻してお兄様に見せた。そして月の女神様からのお願い、黒竜のこと、浄化魔法について、冒険者をやる目的、最後に王家と侵略派貴族との婚姻を避けていることもついでに話した。話している間、お兄様の美麗な顔が驚愕の色で埋め尽くされていたけど、最後まで真剣に聞いてくれた。


話し終えるとお兄様は、「壮大すぎて、まだ理解が追いつかないな」と右手で頭を抱えた。


「でも、そうか……ふふ」


「……お兄様?」


笑ってる……?


お兄様が顔を上げる。


「父上はご存知だったんですよね?」


「ああ。ディアナが5歳になる前から」


「5歳……なんだ、そうか。ふふふ」


「どうしたのですか、お兄様」


話のどこかに笑うようなところがあったかな。


「はは、いや、ごめん……ディアナ。僕はね、ディアナに嫉妬してたんだ」


「え、嫉妬?」


お兄様が私に? なにゆえ?


「父上の前で言うのはちょっと恥ずかしいんだけど、まあいいや。……この前の父上とディアナの模擬戦を見た時、いつの間にかディアナが父上のような戦い方をしていて、父上も僕相手には出したこともない本気を一瞬でもディアナに出していたから、なんていうか、すごくもやもやしていたんだ。もしかしてディアナは次期当主の座でも狙っているのかな、とかね」


「えっ!」


そんな誤解を!? はっ、私によそよそしい態度だったのってもしかしてそのせい!?


「私当主の座なんて狙ってないですよ! そんな器じゃないですし、浄化魔法ができるようになることしか考えてないんですから!」


しかも全部無事に終わったら異世界スローライフを送るつもりなんだから! 私にこの家の当主なんて荷が重すぎる。


「うん。ディアナの事情を聞いて色々と腑に落ちた。信じられないような力を持っている事に正直驚いたけど、ディアナは結界崩壊に向けて自分のやるべきことをやっているだけなんだって。変な態度をとってごめんね」


「お兄様……いえ、こちらこそ、今まで秘密にしていてごめんなさい。そのせいでお兄様にいらぬ誤解を与えてしまって」


「ホントだよ。あんな気持ちを抱いたの初めてだったんだから。正直言うと、昨日の魔獣の討伐もディアナへの嫉妬心から父上にお願いしたんだ」


「えっ、そうだったのですか?」


お父様の方を向くと、お父様は頬杖を解いて腕を組んでいた。


「ノアに限らずとも、12歳で魔法でも剣でも戦えるディアナを見れば、強さを目指す者なら誰もが羨む。騎士も何人か感化されていた。士気が上がるのは良いが、決して焦ってはいけない。焦れば自分自身を見失う」


そこでお兄様ははっとした表情をする。


「もしかして僕に出したあの課題は……」


お父様は、ふ、と口元を緩めた。


「少しは冷静になれたか?」


「……」


お兄様がため息をつき苦笑した。


「僕はまだまだ父上の足元にも及ばないようです」


「言っただろう。焦らなくて良い。一つひとつ己に必要なものを身につけていけば良い」


「……はい、父上」


何の話かわからないけど、お兄様の顔がなんだか晴れやかな感じになっているわ。それに私の事情を知ってもいつものお兄様だ。話して良かったのかもしれない。

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