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幕間(7)

穏やかな春風が吹く午後。


王宮にある騎士団訓練場では、2日後の魔獣討伐に向けて近衛騎士7名と王国騎士10名、上級魔法師6名が王国第1騎士団長ファビウス・リドゲートの指導の元、合同で訓練をしている。その中に息子のノアとユアン殿下、ベリエ小公爵、レーヴェ侯爵子息も混じり共に汗を流している。


その様子を私はヴェルソー魔法師団長と見ていた。


「総長、俺の代わりに銀月草を採りに行ってくださると聞きました。お忙しいのにありがとうございます」


「いや、君の方が忙しいだろう。気にしなくて良い」


彼の目の下にはうっすらと隈ができ、疲れた様子だ。結界の解析に加え、瘴気の研究、魔道具の開発、回復薬の精製など、彼が行っていることは多岐にわたる。他のことに手が回らないので書類仕事や部下の育成などは副団長に任せている。


「それにこれはマントの礼も兼ねている」


魔法師団長は表情を和らげた。


「魔法付与くらいどうってことないですよ。きちんとお礼も頂きましたし。御子息へのプレゼントでしたよね? 明後日の討伐にちょうど良かったですね」


「ああ」


「それにしても3枚も御子息に贈られるなんて、太っ腹ですね。あ、これは比喩ですよ。しかも素材は水竜と風竜ですし。加えて俺の魔法付与がかかってますから安全ですね」


「そうだな、感謝している」


3枚ともノアにではなく、1枚はディアナ扮する冒険者ミヅキに既に渡し、もう1枚は家紋入りのものをディアナにいつか渡す予定である。ディアナが冒険者になりたいと私に言ってきたあの日からドラゴンのマントはなにかと必要だと思い、ノアの分も一緒に用意していた。防御魔法の付与はこの前直接魔塔へ行き彼に施してもらった。彼の魔法付与スキルは称賛に値するため、何かと頼ってしまっている。


「でも御子息が高ランク魔獣の討伐に行かれるなんて。総長の指示ですか?」


私はノアと殿下の剣戟に目を向けた。


「いや、あれが自分から言ってきた。騎士団を率いる経験を積ませるには少し早い気もしたが許可をした。護衛の選別など準備を進めていたところを陛下に聞きつけられ、ユアン殿下も行くことになってしまったが」


ノアが自分から討伐に行きたいと申し出たのは、おそらく私とディアナの模擬戦を見て感化されたからだろう。そしてディアナに抱いている感情も影響している。


「ヴィエルジュ辺境伯、ヴェルソー小公爵」


聞き慣れた声がして振り向くと、陛下がこちらに向かって歩いて来ていた。後ろにはレーヴェ近衛騎士団長が控えている。


「陛下」


私は頭を下げた。魔法師団長も突然の陛下の登場に(おのの)きつつも丁寧に礼をした。訓練中の者達も一時中断して揃って頭を下げるが、陛下の「よい、続けていて構わない」との言葉でまた訓練を再開した。


「執務室から2人の話し声が()()()()な。休憩がてらここに来た」


陛下の執務室から騎士団の訓練場は建物一つ分離れている。


ああ、なるほど。


私は納得したが、魔法師団長は少し怪訝な顔をしている。


「珍しいな、小公爵が外に出ているとは」


陛下が目線の下にいる、陽光に照らされた魔法師団長の茶褐色の髪に橙のメッシュが入った髪を見て言った。彼の髪色は会う度変化している。


魔法師団長は恐縮した。


「うちから上級魔法師も参加しますので、副団長の人選を私も確認しようと思いまして」


「そなたが行ってくれたら百人力なのだがな」


「陛下。それだと若いのが育ちません」


陛下が肩をすくめる。


「わかっている。言ってみただけだ。討伐は2日後だったか?」


「ええ。殿下たちがローレンの森に行くことはシュツェ侯爵を通じて既にギルドに伝えております」


念の為ディアナにもノアや殿下たちがローレンの森に行くことを伝えておこう。伝えておけばその日は森には行かないはずだ。……いや、ディアナのことだ、行く可能性もあるな。


「ギルドと言えば、新たにSランクが現れたそうだな? しかも魔法使いのSランクだ。シュツェ侯爵が嬉々として報告しに来たぞ。辺境伯はもう会ったのか?」


陛下が面白がるような笑みを浮かべる。


「いえ、会っていません」


「興味がありますね。なにせ史上初のSランクの魔法使いだとか」


「ほう。魔塔に籠もりきりでも情報はきちんと届くのだな」


「……副団長が情報通なので」


魔法師団長がわずかに引きつった笑みを浮かべた。


「辺境伯は興味が湧かないのか? 貴殿なら実力の程をこの目で確かめに行きそうだが」


「……そうですね。でもそれは彼の討伐結果でわかることなので」


実力などわかっている。Sランクになって目立ってどうすると思ったが登録時のランク判定のことを伝えるのを失念していた。あれは魔力値と体力値を総合して判定される。ディアナのことだから魔力を全開にしたのだろう。


「Sランクともなると単独でAやSランク魔獣を倒せるレベルですよね。詠唱しながらどう戦うのでしょうか。ちょっと見てみたいですね、魔法師たちの参考にもなりますし」


もし彼がミヅキが自分と同じ無詠唱魔法使いだと知ったらどう出るのだろうか。やはり魔塔に引き込むか?


すると、陛下が何か面白いことを思いついた時のような顔をする。嫌な予感がした。


「ならば、王都にある闘技場で剣術と魔法の闘技大会を開催しよう。そこにSランク冒険者も参加させるのはどうだ?」


「は?」


「良いお考えですね陛下」


声が明るくなり、漆黒の瞳が黒曜石のように輝きを放っている。


「いつもの冗談では」


「ない」


陛下がにこりと笑みを浮かべてそう言った後、「そうだな……」と顎に手を添えた。


「大会では剣術枠と魔法枠を設け、それぞれの勝ち抜き戦を行おう。となると2日間の開催になるな。優勝者にはそれなりの褒美を与えればやる気も出よう。王家も観戦することにすれば、優勝者は栄誉ももらえるな。それと一般人も観戦できるようにしよう。大いに盛り上がるに違いない」


「……そこにSランク冒険者の2人を参加させると?」


「ああ。剣士と魔法使いでちょうど良い」


「……彼らに拒否権は」


「ないな」


私は内心ため息をついた。


「良いじゃないか。3年後には結界が崩壊する。たまにはこういう娯楽があってもバチは当たらない」


確かに貴族も含め人々は結界崩壊が迫る緊張の中で日々を過ごしている。ストレスを発散できる場が必要なのは理解できるが……


「開催は早い方が良いな。半年後のリブラの月にしよう。ちょうど建国記念祭で人が集まりやすいしな。では辺境伯、それまでに何人か選抜しておいてくれ。頼んだぞ」


そう言い残して陛下はレーヴェ侯爵と共に執務室に戻って行った。


この国にどれだけ騎士と魔法師がいると思っておられるのか。年齢制限を設けたほうが良いな。ミヅキたちが強制参加ならば15歳以上か。いっそ未来を担う若者による闘技大会ということにしようか。騎士と魔法師だけでなく学院生も出場できるようにすればミヅキたちの特別扱いに不満が出ることはないだろう。


「すみません総長、俺が陛下を持ち上げたばかりに……」


「いや、いつものことだから気にするな」


「ありがとうございます。それにしても、陛下って俺に当たりきつくないですか?」


「……気にするだけ無駄だ」


私の場合、王妃様がそうなのだが、未だに理由が不明だ。


「それより、魔法師の代表選別を頼んだ。出場年齢は15歳から29歳までとする」


「……副団長に丸投げして良いですか?」


「……ああ」


陛下に振り回されるのは慣れているが、色々やることが山積みだ。ディアナに伝えることも増えてしまった。

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