44.魔獣の森の結界
王都の西門からローレンの森までは、乗合馬車でおよそ40分。
ローレンの森の入口は3箇所ある。王都側の入口、ヴェルソー領側の入口、シュツェ領側の入口だ。入口に近い方から森の中央にかけて魔獣のランクが上がっていき、中央にはSランク魔獣がいる。
乗合馬車が停留所で停まり、続々と冒険者たちが降りていく。私は降りた後、状態異常の回復薬を飲み馬車酔いを回復させた。乗合馬車を甘くみていたわ。準備していて良かった。ギルマスに感謝ね。
「じゃあなミヅキ、気を付けてな。Sランク様に言ってもあれだけどよ」
灰色髪の剣士が手を上げる。名前は……えっと、ゲイルだったかな。
「ミヅキくん、私たちいつも依頼を終えたらギルドの裏手にある『マンドラゴラの葉』っていう酒場で飲んでるから、良かったら来てね」
魔法使いの女性が熱の籠もった目で言った。私にしなを作っても効かないぞ。それに私は中身12歳なのでお酒はまだ飲めません。
森の入口には王国騎士団の紺色の制服を着た人と魔法師団っぽいローブを羽織った人が何人かいて、いくつかのパーティーに同行して行くのが見えた。ゲイルたち5人のパーティーはランクが高いのか同行する様子がない。
ゲイルたちが結界を抜け、森の中へと入っていく。他の冒険者たちも同様に結界をすり抜ける。
私は改めて森を見上げた。金色に輝く結界がドーム型の膜のように森を覆っている。結界が見えるのは私しかいない。
見た感じ崩壊が迫っているような綻びはなさそうね……思ったんだけど、結界って重ねがけできないのかしら。
私は周りをキョロキョロと見回した。冒険者たちは皆森に入ったようで、馬車も王都に戻ったから今入口には誰もいない。
……ちょっと結界を張ってみるか。
私は金色の結界に右手で触れ、月属性の結界魔法を使った。金色の魔法陣が出る。
そこではっとして、手を引っ込めた。
……ダメだ。前の「女神の化身」の魔力と私の魔力がぶつかっちゃうわ。同じ女神様の神力のはずなのに。違うところがあるとすれば私の魔力は月の女神様の神力そのものだけど、「女神の化身」の魔力は自身の魔力に女神様の神力が纏っているだけ……なら「女神の化身」の元の魔力が加わっている分、全く同じではないということかしら。それならぶつかるのも頷ける。お父様とのテストの時、お互いの魔力がぶつかり合ったことがあるもの。あの時は波紋状に魔力が広がって周りに影響が出た。あのまま結界魔法を使ったらここの結界が崩れるところだったかもしれない。うわー、危ない危ない。やっぱり結界が自然に崩壊するまで待つしかないのかな。
ローレンの森でお父様と初めて魔獣を討伐しに行った時、私は結界について尋ねたことがある。お父様によると、歴代の「女神の化身」たちは一度結界が崩壊してから結界を張り直したらしい。理由は崩壊のタイミングが満月の日だからだそうだ。それも「女神の化身」たちの生まれの大満月の月と同じ月の満月だから、準備万端で結界の張り直しに臨めたんだとか。そう考えると、今回は「女神の化身」はいないわけなのでいつの月の満月の日に結界が崩壊するのかがわからない。
今年のピスケスの月(3月)の新月に黒竜が現れたから、その3年後のピスケスの月の満月に結界が崩壊するのかしら。お父様たち上層部はどう考えているのだろう。
何かわかればお父様が教えてくれるはず。私は私でできることをしなくちゃ。あと5万で目標魔力値がクリアするんだから、Aランク魔獣をじゃんじゃん倒していこう。
そう意気込みながら、私は森の結界の中に足を踏み入れた。
入口に近い低ランク区域はあまり木々が生い茂っておらず、見通しも良い。でも魔獣の森の様相は普通の森と違って少々不気味さがある。
黒に近い緑色の葉が春の微風に揺らされ、さわさわと鳴っている。瘴気の影響なのか葉の色は普通の木と違って変色しているし、木の幹も枝も曲がりくねったものがほとんどだ。おかげで見通しが良いにもかかわらず、暗くて不安を煽られる。
魔獣の森に一人で入るのはこれが初めてだ。程よい緊張感を持ちながら私は奥へ奥へと進んだ。




