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41.ギルマスの講習

私は今ギルドの2階にある応接室のソファに、ギルドマスターと向かい合って座っている。


中は思ったよりきちんとしていて清潔感もある。テーブルとソファと棚くらいしか家具はないけど、貴族を招いても失礼にはあたらないくらい質の良い家具だ。あれかな、貴族からの依頼の相談とかで使ったりする部屋なのかな。


ところでなんでこうなったかというと、冒険者登録をした後は、1週間以内に必ず冒険者のルールについて学ぶ講習を受けなければならないみたいなんだけど、普段はギルドの職員が登録した冒険者をギルドの講堂でまとめて説明するところを、私はギルドマスター直々に、それも一対一で講習を受けるということになったのだ。全部このギルドマスターが強引に進めたことだけど。


「改めて、俺はこの王都セレーネギルドのギルドマスターをやってるランバートだ。俺のことはギルマスでもマスターでもランバートでも好きに呼んでくれ」


「……ミヅキ、です。よろしくお願いします」


私は軽く頭を下げた。年上だし上司だから一応敬語にした。


「冒険者なら敬語はいらん。たとえ相手が年上でもランクが上でも上司でも、敬語を使うと魔獣に指揮系統がバレるからな。高ランクの魔獣には知能があるやつが多い」


「なるほど。わかった」


ガラが悪くて強引なだけかと思ったら、そこはギルドのマスター、しっかりしているわね。


「早速ルールを説明していくが、ざっくりでいいだろ。S ランクだしな」


前言撤回しよう。ルールなんだからそこはちゃんと教えるべきでしょ!


「重要なのは、そうだなぁ……あ、依頼に失敗すると報酬はもらえないからな」


「……」


この人、私をからかっているのだろうか。


「顔が怖いぞ。当たり前だと思っているだろうがこれは重要なことだ。冒険者で生計を立てている者たちにとって、依頼の失敗は生活に支障が出る。失敗はできないからこそよく準備をし、慎重に行動をする。たとえSランクであったとしてもだ。わかったか?」


私ははっとした。


私は今庶民としてここにいるけど、実際は貴族令嬢だ。生活が保障され、好きなことをやらせてもらえ、家族も使用人も護衛もいて何不自由なく暮らせている。だから依頼の失敗は無報酬なのは当然と軽く受け止めた。生活が保障されているから失敗しても何の心配もないから。でも冒険者で生計を立てている人たちは、そんなわけにはいかない。生活がかかっているから私と違って重く受け止める。私は今改めて、庶民と貴族の認識の違いを思い知らされた。そのことが少なからずショックだった。前世で庶民だったから余計に。


私が冒険者になりたかったのは、漫画やアニメでの憧れの他に、魔獣を討伐していけば目標の15万魔力値に到達できる可能性があるからだ。そして活発化した魔獣に対応している冒険者の力になりたいと思ったからだ。私にはやるべきことがあるのに、登録を終えて晴れて冒険者になれたことでどこか浮かれていたのかもしれない。


私は自分の心に叱咤した。女神様との約束のため、そして自分のために――


「お、顔つきが変わったな。じゃあ次だ」


いくつか、本当にざっくりだったけど真面目に説明された。ギルドカードを見せるだけで国内の検問を通れるだったり、宿泊施設がランクによって割引があるだったり、犯罪を犯すとギルドカードが失効し、二度と冒険者登録ができなくなるだったり、魔獣の森に入れる時間帯は明け方から日没までだったり、依頼を受ける際は各ポーションを必ず携帯するだったり。ポーションはお金はかかるけど「命あっての物種だ」ということで、ギルドの隣にある薬屋で必ず買えと言われた。


「あとこれはお前には関係ないが一応教えておく。冒険者のランクは最高がSで次がA。最低がEだ。登録時のランクからスタートして、依頼数と達成率によってランクが上がっていく仕組みだ。だがどんなに頑張ってもA止まりが多い。それほどAとSの差は大きいんだ。だからSランクの冒険者はもの凄く貴重だ。そのため周りからチヤホヤされると次第に己の力に過信し傲慢になっていく。かつて俺もそうだったが、上には上がいるとわかったときに自分の愚かさに気づいたんだ。これはお前にも関係あるからよく覚えておけよ」


びしっと強い目で言われ、私はもちろんだと頷いた。


つまり、最高ランクだからといってそれに過信せず(おご)ったりもするな、ということね。お父様がいるからそんな気も起きないから安心してほしい。あ、ギルマスの言った「上には上がいる」って、もしかしてお父様のことだったりして。


「わからないことがあれば、職員でも取っ捕まえて聞いてくれ。俺がギルドにいる時は俺でもいい。まあ最近じゃ留守がちだがな。ああ、Sランクが現れて助かったぜ。これでお前に任せられる」


ギルマスが肩のコリをほぐす動作をする。


「どういうことだ?」


「俺はもう一人のSランクのディーノの代わりにローレンの森でAランク魔獣の討伐をやってるんだが、ギルドマスターだから執務もあるんだ。めんどくせぇがやることが山積みでよ。執務と討伐に忙殺されている時にお前が現れたってわけだ。きっと月の女神が俺を可哀想だと思ってお前を遣わせてくれたんだろう。なんてな! ガハハハハ!」


真面目とそうじゃない時の振り幅がすごくてついて行けないわ! リアクションがわからない。もうスルーで良いかしら。


「ぽかんとするな。お前に任せたいことがあると言っているだろ」


だからそれは何なのよ!


ニヤつきながら前のめりになったギルマスに、私は身構えた。


「ローレンの森へ行ってAランクの魔獣を討伐してきてくれ。報酬は1体につき1金貨だ。活発化して低ランク区域に現れる今は上乗せしているからな。やってくれるか?」


「やる」


そのために冒険者になったんだから、やるに決まってるわ。


「おし! あーお前もディーノみたいに断られたらどうしようかと思ったが良かったぜ!」


そう言いながらソファの背もたれに倒れ込む。


「その人は何故断ったんだ? 上司の命令だろう」


SランクならAランク魔獣の討伐なんて余裕でしょ。金貨ももらえるし。


「命令はするが冒険者は最終的に自分で選べる。命にかかわることだからな。あいつは一度土竜を自力で倒してからぱったりと依頼を受けなくなったんだ。まあ土竜を討伐した報酬のおかげで依頼を受けなくても生活には困ってなさそうだがな」


土竜を倒せる程強いのか、そのディーノって人。なんで依頼を受けないんだろう。ギルドにとっては困るわよね。


「あとは自分がAランクを倒しちまえば、他の冒険者が金に困るだろうとか言ってたな。わからなくもないが、今の状況だとそんなことを言っている場合ではないだろ? Aランクのやつらの負傷者が後を絶たないってのに。それでもやるかやらないか自分で選ぶ権利があるから、やらないって選択したあいつの代わりに俺がやってたってわけだ」


そういうことか。でもイマイチよくわからない。ドラゴンを倒して満足しちゃったとか? まぁ、やるかやらないかその人の自由なら私が気にしてもしょうがないか。その分、私が頑張れば良いし。

一部内容を修正致しました。

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