4.ディアナ・ヴィエルジュ
――という夢を見て、私はベッドから飛び起きた。
しばらく呆然とする。
さっきまで見ていた夢はとてもリアルで、長い夢から醒めたような感覚だった。
と同時に、自分が今いる場所に困惑する。
閉じられたカーテンの隙間から白い光が入り込み、広い部屋を薄暗く照らしている。
質の良さそうな家具はどれも西洋風で、自分が座っている天蓋付きベッドもあと二人くらい寝れるんじゃないかってくらい広い。
え、あれ?……え?ちょっと待って……そう、ここは私の部屋で、私は……
頭の整理にとても時間がかかった。
前世の記憶が夢の形で突然蘇ったようだ。
前世の記憶と今生の記憶が混ざり合っていく。
そうか、私、転生したんだ……
ディアナ・ヴィエルジュ。
ルナヴィア王国の最北に位置するヴィエルジュ領を治める、ヴィエルジュ辺境伯家に生まれた貴族令嬢。
年齢は4歳。
まさかの貴族に転生とか……しかも辺境伯家って。
あれ、貴族って、冒険者になれるのかしら……
頭を抱えようとして、自分の手に違和感をもった。
両手を顔の前にもっていく。小さくて幼い手だった。
そしてその両手で顔を触る。
何この肌触り。子供の肌ってこんなにツルスベでモチモチなの!?
何で今まで気づかなかったのかしら!
はっ!鏡!
私はベッドから降りて、鏡台の前に立った。
「……」
驚きすぎて何も言葉が出なかった。
鏡の中の私は、さっきの夢で出てきた女神様のようだった。
カーテンの隙間から注ぐ白い陽光に照らされて、波打つ銀月色の髪がキラキラと輝いている。
もんのすごい美少女だ。
瞬きの音が聞こえるんじゃないかっていうくらいの長い白銀色の睫毛が満月のような金色の大きな瞳を囲んでいる。透明感のある白い肌、赤みのさした頬、薔薇の花びらのように色づいた唇。
……これはいくらなんでもやり過ぎじゃない?
鏡の中の私は苦笑いを浮かべている。
思い出す前からずっとこの顔だったけど、改めて認識すると度肝を抜かれるわ。
美月だったときは外見は普通の部類だったから余計にそう思うのかもしれないけど。
街に出たら誘拐されそうね。……ん? そういえば一度も門の外には行ったことがないわね。
やっぱりこんな見た目だから家族が外に出さないようにしているのかな。気にしたことなかったけど。
そう、家族!今の私には両親がいるのだ。しかも2つ上の兄までいる。それが何よりも嬉しかった。
もしかして私の願いを聞いてくれたのかな。
私の家族も皆桁外れの美形だ。特にお父様がもう、ね。
屋敷のギャラリーに歴代のヴィエルジュ家の当主の肖像画が飾ってあるんだけど、とにかく美形揃い。
でも当代のヴィエルジュ家当主、つまり私のお父様が過去一で美形だ。
いや、美形で片付けて良いものじゃない。人外級に容姿端麗で、顔面偏差値が限界突破しているのだ。
そして鏡を見る限り、私はそのお父様に似ている。こんなんで冒険者できるのかしら。
――コンコン
ノックの音で私は状況の整理から我に返った。
「ディアナ様、シェリーです。入ってもよろしいですか?」
「どうぞ」
失礼致します、と言って部屋に入って来たのは侍女のシェリー・エヴァレットだ。
彼女は亜麻色の髪に茶褐色の瞳をした30代後半のベテラン侍女である。
長い髪を一つにまとめて、お仕着せもピシッと整えている。
「おはようございます。今カーテンを開けますね」
シェリーが青いカーテンを開けていく。朝日が部屋全体を照らした。
私は改めて自分の部屋を眺めた。
真珠のような白い壁、海の色のふかふかの絨毯、座り心地の良い白いソファ、白いテーブル。全体を青と白で統一した爽やかで落ち着いた感じの部屋だ。
白いレースカーテンが、初秋の心地よい風に揺れている。
「ディアナ様、お支度を終えましたら食堂にて朝食をとのことです。昨夜から当主様がお帰りになられておりますので」
それを聞いて私は顔を輝かせた。
「お父様が? 大変! シェリー、早く支度を!」
お父様が3ヶ月ぶりに王都から帰ってきた!
私のお父様はルナヴィア王国騎士団の総長をしていて、しかも防衛大臣も兼任しているからとても忙しい身だ。普段は王宮で仕事をしている。
王都から最北に位置するここヴィエルジュ領までは馬車で一週間かかるため、領地に帰ってくるのは年に数回しかない。私が浮かれるのも当然なのだ。
ちなみに国の仕事に忙しいお父様に代わってここの領地経営をしているのが、私のお母様と家令のグラエムである。
4歳の私の漠然とした記憶から推測するとたぶんこんな感じだ。
身支度を整え、1階の食堂へ降りていく。
すでに家族皆席についていた。
お父様、お母様、お兄様……
涙が出そうになるのを必死に堪えた。
「おはようございます。遅くなってごめんなさい。お父様、お久しぶりです。お元気そうで何よりです」
私は家族がいる喜びを噛み締めながら、元気に挨拶をした。
ああ、お父様やばい。美形が過ぎて目が殺られそう。
私の挨拶に皆それぞれおはようと返す。
私はお父様の美形光線で殺られた目をしぱしぱさせながら、お兄様の隣に侍従に椅子を引いてもらって座った。
その時、皆が私のことをじっと見ていることに気づいた。
「……? どうしました?」
超絶美形の家族に見つめられると、なんだかドキドキする。
「いや、なんかディアナ、雰囲気変わったと思って」
さらさらの白金の髪に翡翠をはめ込んだような瞳をもつ、お母様そっくりのノアお兄様が私の顔を覗き込んだ。7歳の仕草とは思えないくらい妙な色気がある。
「そうね、どこかしっかりしたような大人びた雰囲気があるわね。いつも甘えたさんなのに。もうすぐ5歳になるからかしら?」
お兄様と同じ色の髪と瞳をもつお母様が、玉を転がすような声でお兄様に同意する。
確かに前世を思い出す前はお母様やお兄様にべったりだったかも。自覚するとちょっと恥ずかしいな。どんだけ家族を求めてたのよ私。
でもこの世界では私は寂しい思いをしなくて良い。
目の前にいるのは正真正銘、私の家族だから。
朝食が運ばれてきた。今日はエッグベネディクトだ。
ちなみにこの国の料理は洋食が主流である。お味噌汁はない。ぐすん……
「雰囲気が変わったと言うが、何かあったのか?」
深みのある低く玲瓏な声でお父様が私を見つめた。
「え、いえ、特に何も……」
「……そうか」
前世の夢を見たなんてそんな突拍子もないこと言えないよ!
ていうか改めてお父様、美形が過ぎる! イケオジ神様の最高傑作ですか!?
絹糸のような白銀の髪と、綺麗に整った鼻筋、切れ長の目元に暁のような青い瞳はとても神秘的だ。
顔立ちは冴え冴えとした月のようで、怜悧で、野性的ではないんだけど男性的な色気はもちろんあって、でも綺麗すぎて表情がないと氷のように冷たい感じ。
こんな美形が私のお父様なんて、イケオジ神様、私をこの家に転生させてくれてありがとう! なんでも頑張れる気がします!
あれ? でも待って。私だけ金瞳? お母様とお兄様は同じ色をもつのに、私はお父様と髪色は同じだけど瞳が違う。私が金瞳なのは女神様の神力を授けられたからだと思うけど、そんなこと知らない両親は私の瞳のことどう捉えているんだろう……
「来月でディアナは5歳になるが、洗礼式の準備は進んでいるか?」
お父様がお母様に尋ねた。
「ええ。ですが、その日は月祭と被っておりますので午前中といえど大勢の領民が街に溢れ出しますわ。ウィルゴ神殿までの道中が少し心配で……」
ん? ウィルゴ神殿? ウィルゴって女神様の眷属神よね。あの神様の神殿があるんだ。そういえばここの領地を守護しているって言ってたっけ。月祭ってワードも気になるけど、ところで私、来月洗礼式があるの? てか洗礼式って何だっけ。
「街の警備は見直す。ディアナの洗礼式のために帰ってきたから私も確認しよう」
「承知しましたわ」
「あの、洗礼式って?」
お母様がきょとんとする。
「あらディアナ。ふふ、忘れちゃった? ノアの時に一緒に神殿に行ったんだけど、その時のディアナったらとても面白かったのよ」
「え?」
「そうそう。いつも大人しいくせに洗礼の間に入った途端『ルナさまー!』って言って女神像に抱きついたり、星の眷属神のウィルゴとレオとリブラの像に『こんにちは』って挨拶したりしてたんだから。ふふ、思い出しただけで笑えてくるよ」
えー! そんなことしたっけ? 全然覚えてないんだけど!
「きっと神話の絵本に出てきた神様が洗礼の間にいたから会えたと思ったのよね。ふふ、微笑ましかったわ」
いえ、実際にお会いしたからです……
「ディアナはどんな魔法属性だろうね。楽しみだね」
お兄様が牛乳を飲みながらにこりと微笑む。
「楽しみ?」
「洗礼式でわかるんだよ。四大属性のうちどれに適性があって、どんなスキルを持っているのか」
「5歳で魔力が安定するようになるから、洗礼式を経るとステータスで属性とスキルがわかるようになるのよ。食事が終わったら、私とノアのステータスを見せてあげるわ。家族のステータスは見ることができるから」
「ありがとうございます、お母様……」
私は自分が持っている月属性って誰でも持っているわけじゃないことはわかっていたけど、洗礼式とやらでそれは露見しても良いものか、不安を覚えた。