38.お父様からの贈り物
私は「ミヅキ」の姿から「ディアナ」に戻り、お父様と一緒にソファに座った。
「さて、ディアナ一人でギルドまでどうやって行くかだが、もう考えてあるのだろう? まさか転移か?」
「え、どうしてわかったのですか?」
「常識外れのスキルがあれば私なら転移魔法を創る。移動に時間を割くこともない」
「神速のスキルがあるじゃないですか」
あれだって常識外れのスキルだ。目で追えない速さで移動して攻撃できるのだから、相手はどうやって死んだかわからないままよ。
「あれは実際に移動しているから建物などの障害物に一々阻まれると結構面倒なんだ。それで、いつギルドに行くつもりだ?」
「明日にでも登録しに行こうと思います」
早く行きたかったけど、そろそろ日が暮れるから今日はもう無理そうだしね。
お父様が怪訝な顔をする。
「明日は叔父上の授業ではなかったか?」
私はふっふっふとドヤ顔で、創ろうと思っている分身魔法とその性能のことを話した。それを聞いたお父様は呆れた表情で、「やはり常識外れだな」と言った。
「お話中失礼致します。ノア様が旦那様にお会いしたいとのことです。いかがなさいますか?」
アーヴィングが恭しく告げる。
「もう終わるからそのまま通して良い。ディアナ、くれぐれも気をつけて行動しなさい。何かあれば相談するように」
「わかりました。では、私はこれで失礼しますね」
私がソファから立ち上がるのとお兄様が部屋に入ってくるのは同時だった。
「あれ? ディアナ、なんでここに?」
あ、そうか。この部屋って防音の魔道具が作動してあるから外に話し声が聞こえないんだ。
「ちょっとお父様にお話があって。私はもう終わりましたからすぐに出ますね」
「……うん」
お兄様が不自然な感じに目をそらした。
「……お兄様?」
「……なんでもないよ」
すれ違うときにお兄様の翡翠の瞳が少し翳ったような気がしたけど、気のせいかしら。
翌日。
朝の日課の鍛錬を終えお風呂でさっぱりしてから食堂で朝食を食べた後、自室に戻って私はさっそく分身魔法を創った。
目の前に金色の光に包まれた人型が現れ、光が消えると、自分とそっくり、というか全く同じ人間が出てきて驚くと同時にわくわくした。
「では『ディアナ2号』! 頼んだわよ!」
『おっけー!』
2号が笑顔で親指を立てる。分身なので何か言わなくても意思疎通ができる。後のことはこの2号に任せて、私は冒険者ミヅキに変身した。忘れずに帯剣をする。
準備が整って転移しようとした時、扉のノック音が聞こえた。
びくっと心臓が跳ねる。
もしかしてシェリーかしら? だったらまずいわ。だって今ここにはディアナ2号と見ず知らずの少年(私)がいるのよ。
さっさと転移しようとすると、「ディアナ様、おはようございます。アーヴィングです。お渡ししたいものがあるのですが」と扉越しに柔らか低音ボイスが響いた。
なんだアーヴィングか。
ほっと胸を撫で下ろしていると、2号が部屋の扉を開けに行く。
『おはようアーヴィング。渡したいものって?』
アーヴィングが私達を見て一瞬目を丸くしたけどすぐに切り替え、「こちら、旦那様からです」と言って長方形の白い箱を2号に渡した。
「では、お気をつけて行ってらっしゃいませ」
パタリと扉が閉まる。
「お父様からって?」
『そうみたい。何かしら』
2号が白い箱をテーブルの上に置いて蓋を開けた。
二人して中を覗き込む。
紺色の布? いや服かな。
私がそれを箱から出して広げると、フードが付いたマントだった。
すると、白い何かがひらりと床に落ちていった。どうやらマントと一緒に入っていたもののようだ。
2号が拾い上げると、『手紙だわ』と言って読み上げてくれた。
『「冒険者になる時はこれを着て行きなさい。防御魔法が付与されている」だって』
「防御魔法!? うわぁ、お父様ありがとう! ふふ、昔からだけど結構心配性だよね。あ、その手紙一応燃やしといて。お父様からのせっかくの手紙だけど」
『はいはーい』
私は紺色のマントを羽織った。軽いし手触りも良いから絶対高価な素材を使っていることがわかる。サイズもぴったりだ。でもいつの間にこんなもの用意したんだろう。
そんなことを考えてもしょうがないと思えるくらいお父様は常に先を行っているので、私はもうギルドに行くことにした。
「じゃ、行ってくるね」
『いってらっしゃーい』
手を振って見送る2号に私も手を振り返しながら足元に金色の魔法陣を出すと、目の前の2号と自室の景色が消えた。




