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37.冒険者ミヅキ

「魔塔に()もって10年も経てば魔法師団長に干渉する者も徐々に減っていったが、黒竜が現れた今、彼を崇める熱が再燃している。だからディアナもその色のまま外を出歩けば、擁護派の貴族に連れ去られるぞ」


「ひぃっ!! 変えます!!」


鋭い視線で淡々と脅すお父様に、私はそうなる未来を想像して勢い込んで言った。


くっ……この色に懐かしさを感じていたのに擁護派のせいで!


ふと私は魔法師団長も髪色や瞳の色を変えれば良いのでは? と思った。そういう魔法薬もあるし。(わずら)わしくて魔塔に籠もる程だし。そう思ってお父様に聞いてみた。


「ああ、変えている。この前見た時は青髪に金のメッシュだったな。前回は金髪に緑のメッシュだった」


私は頬がひきつった。


「き、奇抜な髪にしてますね、メッシュって……」


「以前はずっと一色を色々変えていたんだが、もう飽きたんだそうだ」


「……」


ちょっと変わった人みたいね。前世の私と似た境遇から想像していた人物像と全然違うようだわ。


「それで、何色に変える?」


お父様に促され、気を取り直して改めて何色にするか考える。でも何色が無難なのかな。


「持ってはいけない色って黒の他に何色がありますか?」


お父様はソファの肘掛けを支えに頬杖をついた。


「そうだな。まずは王家の色である紫は駄目だ。あとは『女神の化身』の元の瞳の色も。ベリエ家は桃色、シュツェ家は蜂蜜色だ。あと除外なのは、魔獣の瞳の色である赤だ。長い間魔獣に悩まされているこの国では、赤いものは忌避の対象なため食材以外はこの国では流通していない」


あ、だからか! 昔お忍びで街に買い物に出掛けたとき、赤い宝石とか衣類とか小物とか全然見かけなかったから不思議に思ってたのよ。赤って忌避される色なのかぁ。確かに、魔獣のあの赤い目って恐ろしさがあるもんね。でも黒竜も同じ赤だったのに、あの時見た赤い瞳には恐ろしさとか何も感じなかったな。ただ、なんというか、綺麗なんだけど、翳りがあるというか、空虚というか。うーん、うまく言えないな。


でも今は色のことだ。ダメな色は黒色、紫色、桃色、蜂蜜色、赤色。ならもう、黒の次に慣れ親しんでいる青色かな。7年くらいずっと金瞳じゃなくて青だし。


うん、決まった。


「お父様、決めました」


お父様は頷いて、目で促した。


再び金色の光に包まれる。今度は髪色と瞳だけなので、頭だけが光に包まれている状態だ。端から見れば結構シュールなんだけど、お父様が今どんな表情をしているのかが見られないのが残念だ。


光が収まって目を開ける。鏡がないのですぐには変わったとはわからないけど、お父様の反応を見るに、これで大丈夫そうだ。


「黒は入れたいのか」


青みがかった黒髪を見てお父様が尋ねる。


「この色ならこの国には割りといるみたいですし、あと個人的には私は黒竜擁護派なんです。女神様の弟ですからね」


「そうか」


「それに瞳は普段の夜明け色の青より明るめにしましたから、この組み合わせなら特に珍しくもないですよね?」


「まあ、そうだな」


決まりね! 青みがかった黒髪に蒼穹の瞳の冒険者、ここに誕生よ!


「旦那様、口を挟む無礼をお許しください」


「どうした」


今まで空気に徹していたアーヴィングが何やら戸惑った様子だ。


「失礼ながらディアナ様、その顔かたちは旦那様のお若い頃に(いささ)か似ておいでかと」


アーヴィングに言われてお父様は私の顔を凝視する。


「……そうか? あまり己の容姿など気にした事がないからよくわからないが、こんな顔だったか?」


アーヴィングと私は揃って苦笑いを浮かべた。


無関心だとは思っていたけどやっぱりそうだったわ。でも周りはそうじゃないから気をつけた方が良いわね。


でもせっかく変身するならイケメンが良いからこの顔が良いんだけど、アーヴィングに納得してもらうには……


「大丈夫よ。世の中には自分とそっくりの人間があと2人いるらしいと、王立図書館の書物に書いてあったから。……タイトルは忘れたけど」


「はあ、左様でございますか」


アーヴィングはそんなこと初めて聞いたみたいな顔をした。まぁ嘘だからね。前世の世界ではよく言われていたことなのよ。


「それに、冒険者の身分ならそうそう貴族に会うことはないもの。大丈夫ですよね? お父様」


「大丈夫とまでは言えない。一般人は王都では私の若い頃など知らないだろうが、貴族には覚えている者もいるだろう。特に今は王国騎士団と魔法師団が低ランク冒険者の護衛をして依頼をサポートしている状況だ。気を付けておくように」


そうだった。騎士団もほぼ貴族だったわ。


「わかりました! 気を付けます」


お父様は頷いて次に話を振った。


「ところで名はどうする? 登録には名が必要だ。その姿では『ディアナ』とは名乗れないぞ」


そうだ名前! 何にしよう……ディアナだから、ディーン? ダイアン?  ……ダメだ、全然この顔っぽくないししっくり来ない。月に(ちな)んだ名前だから……あ! 前世の名前が確か美月だったわ。ミツキだと女子っぽいからミヅキにしよう!


「この冒険者の名前は『ミヅキ』にします!」


「『ミヅキ』か。聞き慣れない音だが、不思議と合っているな。ではミヅキ。冒険者の姿のときは、私とは、この家とは他人だ。それを肝に銘じて行動するように」


「うっ……他人……」


それもそうだ。冒険者は一般庶民の職業だからこの姿の私は貴族ではなく一般庶民になる。庶民は普通に生活していて貴族と関わることはほとんどない。わかっていても、お父様の口から言われるのはちょっとショックだった。


お父様はソファから立ち上がって私の前に立ち、ぽんと私の頭に手を置いた。俯いていた顔を上げると、変身して背が高くなっても、まだお父様の方が見上げる程高かった。


「……そんな悲しい顔をするな。こういうことはきちんと線引きしないと、後々ぼろが出る。今騎士と魔法師も冒険者ギルドに出入りしているのだ。用心するに越したことはない」


子どもに言い聞かせるような声音と仕草に、少し心が落ち着いた。バレたらこの家の迷惑になる。寂しいけど自分が決めたことなんだから、甘えていてはダメよね。


「……わかりました。寂しいですけど、ミヅキがこの家の者だとバレないために、頑張って他人を演じます」


頷きながら目に力を込めて言うと、お父様が「私も頑張って演じる」と口元を和らげて言った。


「あとミヅキは男の振る舞いもな」


「あ」


確かに、と思った。

アーヴィングのセリフを修正しました。

ご指摘ありがとうございました!

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男に化けるのは当然として、それなら美少年にする必然性もありません。 15歳に化ける必然性もありませんから、もっと舐められない姿に化けるべきでしょう、本来は。 あえて美少年に化ける理由が何か必要では。 …
[気になる点] 今まで空気に徹していたアーヴィングが何やら戸惑った様子だ。 「失礼ながら、ディアナ様、いえ、ミヅキ殿のその顔かたちは旦那様のお若い頃に些いささか似ておいでかと」 冒険者としての名…
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