36.黒髪黒瞳
約束の時間にお父様の執務室に行くと、部屋の中には家令のアーヴィングもいた。アーヴィングは領地の屋敷で家令をしているグラエムの息子だ。
「アーヴィングもディアナの事情を知っている。私が話した。その方が何かと動きやすいからな。なので変身後のディアナの姿も知っておいてもらう必要がある」
戸惑っている私にソファに長い脚を組んで座っているお父様がそう言うと、アーヴィングは恭しく頭を下げた。アーヴィングは厳格なグラエムと違って物腰が柔らかめだ。
お父様、もう私が何の用で来たのかわかっているのね。たまにお父様に色々見透かされているような時があるんだけど、私ってわかりやすいのかしら。
「さっそく見せてくれ」
私は頷いて、ちょっとドキドキしながらお父様の近くに立った。
「ではいきますね」
全身に魔力を込め黒髪黒瞳の15歳の少年を思い浮かべると、足元に金色の魔法陣が現れ、自分の身体が金色の光に包まれた。
そして光が収まると、目線が高くなり、見える景色が変化した。
座っているお父様を思い切り見下ろす形になってなんか不思議な感じ。
ふふ、お父様、綺麗な夜明け色の瞳を見開いて固まっているわ。よっぽど男になったことにびっくりしたのね。アーヴィングも滅多に見ない困惑顔だし、作戦成功ね!
にやにやが顔に出ていたのか、お父様がため息をついた。そして一瞬鋭い視線を別の方向に投げた後、呆れたような青い視線を私に向けた。
「ディアナ。男にしたのは良いが、その色はやめたほうが良い」
「え? どういうことですか?」
黒髪黒瞳はダメってこと? ていうか驚いたところはそこ?
「知らずにその色にしたのか? 純粋な黒を持つ者は、黒竜擁護派に祀り上げられる。ヴェルソー魔法師団長が良い例だ」
「えぇ……」
なんですかそれ。……あ、そういえば前に授業でフェリクス大叔父様が、黒竜擁護派は黒竜の色である黒を神聖な色としてみなしているとか言っていたっけ。その時は、黒竜は女神様の弟だからあながち間違ってはいないな、ぐらいしか思わなかったけど、まさか祀り上げる程とは思わなかった。って、魔法師団長、祀り上げられているの? ということは……
「魔法師団長って、黒髪黒瞳なんですか?」
「ああ、それも純粋な。この国には青みがかった黒髪や赤みがかった黒髪はいるが、魔法師団長のように純粋な黒髪はいない。黒瞳もな。彼は稀有な色を両方持っているのだ」
確かお兄様の侍従のロイドが青みがかった黒髪だったわね。思えばこの世界に転生してから黒髪黒瞳の人を見たことがなかった。
「でもその人って、養子でしたよね? ヴェルソー公爵家はよく見つけましたね」
「ヴェルソー領のロイスナー伯爵家からの養子だ。といってもロイスナー家の実子でもない」
「え、そうなんですか?」
「ああ。彼は12、3歳の頃、ヴェルソー領のアクアリウス神殿にいたところを、その神殿があるシトゥラという街を治めるロイスナー伯爵家に引き取られたんだ。身寄りがなかったらしい。ロイスナー家も擁護派だからその子どもが持つ純粋な黒が目に留まってな。目をかけて面倒を見ていたのだが、彼が洗礼式を受けたことがないと知って受けさせたら、一般人には珍しい3属性持ちと特殊なスキルをいくつか持っていることが発覚したんだ。聞きつけたヴェルソー公爵がその子を次期当主にするべく養子にしたのだ」
「……なるほど」
12、3歳というと今の私と同じ年だわ。その年でもう身寄りがなかっただなんて……前世の私は16歳の時に両親を亡くしたけど、その時の私よりも幼い。引き取り手がいたことに安堵したと同時に、前世で感じていた心に穴が空いたような寂しさがその子にもあったのだろうかと、私はまだ会ったこともない魔法師団長のことが気になり始めた。
「自分を崇める家に身を置けば驕っても不思議ではないが、彼はその逆で自分が特別視されることに辟易して19歳で魔塔主になってからは家にはほとんど帰らずずっと魔塔に引きこもって魔道具を製作している。この国に普及しているほとんどの魔道具は彼が製作した」
お父様は壁際のウォルナットの棚に置いてある白い箱形の魔道具を例として指した。
私はその時あることに気づいた。
「……そういえば冷暖房の魔道具とかお風呂とか髪を乾かす魔道具とかもそうでしたっけ?」
「ああ。あとは厨房にある冷蔵庫といったか、それもだ。他にも挙げたらきりがないくらい彼が製作したものや既存の魔道具をより便利に改良したものがたくさんある。彼のお陰でこの国の生活水準が大幅に上がったのだ」
転生を自覚した頃に、前世で馴染みのあった家電みたいな性能をもつ魔道具があることに不思議に思いながらも、便利なものがこの世界にもあって良かったと漠然と思っていた。そしてその前世の家電のような魔道具を作ったのが、魔塔主で魔法師団長その人。黒髪黒瞳。養子。……はは、まさかね。ラノベの読みすぎだわ。




