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34.念願叶って

私は上空に左手を突き上げた。


大きな緑色の魔法陣がよく晴れた空に浮かぶ。観衆も皆空を見上げた。


天の怒り(カムイ)


お父様の顔色が変わる。


ズドーーーンッッ!!!


青白い稲妻の光が轟音を響かせた。


「はぁ、はぁ、はぁ……くっ……」


体がふらつく。魔力が残り少ない。


体を支えようと、地面に剣をつこうとした時、何の前触れもなくお父様が目の前に現れた。


――!!


向かってくる剣を咄嗟に剣で受け止めるも、踏ん張る力がなく体がよろめき私は地面に尻餅をついた。


そして胸元に剣先が突きつけられる。


私を見下ろす夜明け色の瞳は冴え冴えとしていた。


「……」


再び拍手と歓声の嵐が吹く中、何が起きたのかわからず呆然としていても、この状況ではもうどうすることもできないことはわかった。


「……はは、あぁ、負けてしまいました……」


苦し紛れに笑う。冒険者への道のりはまだまだ遠いみたいだ。


お父様が剣を収めた。


「……この状況はそうだが、条件は『私を一瞬でも本気にさせたら』となっている」


言うやいなやお父様は(ひざまず)き、声を落として私に「合格だ」と言った。


「……え? でも……」


いつ本気になったの……?


戦闘を思い返してみても、終始涼しい顔のお父様しか出てこなかった。


「雷魔法がくるとわかった瞬間、神速のスキルで回避した。そうしないと私でも厳しかったからな。このスキルを使ったのはSランク魔獣以外では初めてだ。魔力消費が高すぎて誰も雷魔法なんて使わないからな」


元の声の大きさで話しながら、私の腕をつかんで立ち上がらせた。


「切り傷ができてしまったな。大丈夫か? 後でポーションを持って来させる」


心配しているのか眉根を寄せて、ふらつく私を腕で支えてくれる。


でも私は傷よりも、お父様が言ったことに驚いていた。


「し、神速……?」


思わず言葉に出てしまう程衝撃だった。


なんですかそのチートスキルは……瞬間移動みたいな? なにそれ、めっちゃ羨ましい。


一緒に歩きながらマクレイアー団長のところまで行くと、団長から「お疲れ様でした」とHPポーションとMPポーションを渡された。


私とお父様はその場で全部飲み干した。


ヨレヨレだった私は、砂漠の中を長時間歩き続けてやっとオアシスにたどり着いた旅人の気持ちで2本のポーションをがぶ飲みした。体力も魔力も徐々に回復して、一人でも立っていられるようになった。切り傷は、魔力が完全に回復してから治癒魔法でこっそり治そう。ポーション使うのもったいないしね。


2つのポーションを一気飲みする私に団長はちょっと呆気にとられていたけど、お父様よりも大分がっしりした肉体と強面の顔に似合わずはにかんで言った。


「いやぁ、ディアナ様、益々お強くなられて私は感激しましたよ! 素晴らしい戦闘能力です。ノア様といい、ディアナ様といい、まだ10代であるのにここまでお強いなんて、ヴィエルジュ家はもう安泰ですな。たとえスタンピードが起こっても大丈夫な気になってしまいますよ」


がはは、と豪快に笑って私を褒める。


「あ、ありがとう」


マクレイアー団長の鍛錬はお父様と同じくらい厳しいから、褒められて素直に嬉しかった。


「それにしても、久々に見ましたな、総長の神速! ここにいるのは私兵ですし新入りは初めて見たでしょうね。目を輝かせている者が何人かいましたよ」


「私兵だとなんで見られないの?」


一緒に訓練しているのに?


「総長は普段はあまりスキルをお使いになりません。身体強化くらいですね。Sランクの魔獣――例えば年に一度のドラゴンの討伐のときはうちではなく王国騎士団と魔法師団を連れて行きますから、彼らは総長の神速は見たことがありますよ」


使うのは身体強化くらい? お父様、スキル何個あるのかしら……そもそも私未だにお父様のステータス知らないのよね。「見せてほしい」ってひと言言えば良いんだけど、見たいような見たくないようなでここまで来てる。


「まあ、たまにうちでもSランク魔獣の討伐訓練がありますけど、今年は魔獣が活発化してますからそちらの対処が優先ですね。ミネラウヴァギルドやザニアギルドの冒険者も苦戦しているようですし」


ミネラウヴァとザニアはヴィエルジュ領にある街の名前だ。ラヴァナの森に近く、そこに冒険者ギルドがある。


「そうだな。むしろドラゴンも活発化している可能性があるから今年はうちも王国騎士団も魔法師団も行かない方が良い」


「団員は、でしょう?」


お父様は、にんまりする団長を見る。


「俺も行きますからね」


「……レイヴン、ドラゴンの討伐には行かないぞ」


「え、そうなんですか? では何しに?」


「銀月草の採取だ。魔法師団長の代わりに私が行くことにした」


銀月草……エリクサーの素材となる薬草だ。わざわざお父様が行くということは、エリクサーが足りていないのかしら。魔獣が活発化して負傷者が多いって言っていたから、銀月草がもっと必要なのかも。


「なるほど。あの人仕事を抱えすぎですからね。でも採取だけだとしても俺も行きますよ。銀月草の群生場所は山脈の中腹でもヴァーゲ領寄りで遠いですから、道中の魔獣討伐は俺にお任せください」


「わかった。途中でもしドラゴンが出ればその対処もせねばな。準備をしておいてくれ」


団長は頷いて、「では私はまだ惚けているあいつらをびしっとさせて来ますんで」と言ってその場を去った。


「お父様と団長だけで行くのですか? 危険では?」


私は去っていく団長の背中を見送りながらお父様に尋ねた。


「昔何度か2人でドラゴンの討伐にランデル山脈に行ったことがあるから大丈夫だ。今回は銀月草の採取のみだからそれほど危険ではない。だがラヴァナの森は先程も言ったがドラゴンも活発化している可能性があるため、冒険者の活動はまずは王都に近い森から始めるように」


それを聞いて私ははっとした。


「それって、冒険者になっても良いということですよね?」


胸が高鳴る。


「ああ、その約束だ。15歳に姿を変える時は一度私に見せなさい。登録はそれからだ」


「わかりました! ありがとうございます、お父様!」


私は念願の冒険者になれることに興奮し喜びが顔いっぱいになった。小躍りしたい衝動をなんとか抑えながら、さっきまでの疲れなんて微塵も感じていないように足取り軽やかに屋敷に戻った。

一部内容を修正しました。

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